皇子の花嫁は?
ジークは少しだけ心が軽くなっていた。子供の頃以来、久し振りに泣いたせいかもしれない。泣きはらした顔はいつもより優しい母の手で化粧をしてもらいドレスを着た。もちろんそれは女護衛官用の制服として新しく作られたもので例の商人の娘が手がけたものだ。女性らしさは損なわず動きやすく実用的だった。夜会服では無いので袖は有り例の腕飾りを付ける必要は無かった。
(あっ・・・皇子に聞くのを忘れていた・・・)
テーブルの上に置かれた腕飾りをジークは見つめた。今度はいつ会えるかも分からない・・・それが悲しいような・・・ほっとするような感じだ。
(しっかりしろ!ジーク!こんな気持ちでは任務が疎かになる!感情を殺すんだ!)
何度か大きく息を吸ってはいたジークは息を整えると迷いを抑え込んでいた。そしてあの夕暮れ以来皇子と会うことも無く毎日が過ぎて行った・・・・・・それは特別に避けられているのでは無かった。四季で言うなら春―――
雪解けと共にある百年に一度の大きな儀式の為の潔斎に皇子は入っていたのだ。虚無の王の封印は闇の聖剣を使う。その力を最大限に引出す為に大神殿で特別に行なわれる鍛錬のようなものだ。そして雪解けを待たずに沈黙の地へと出立する。帝国の冬は厳しく完全な雪解けを待てば儀式に遅れてしまうからだ。だから皇子達は雪解けと共に帰って来るだろう。
同行者はライナーを中心とする近衛隊の主力。そしてその土地、土地に配した軍隊が守護する。アルベルトももちろん皇子と同行だ。出立の朝、ジークはアルベルトを訪れた。
「アルベルト、気をつけて」
「ああ、ありがとう」
「私も行きたかった・・・」
「そうだよなぁ~封印の儀式なんて普通見られるもんじゃ無いし俺も段々高揚して来てさ、昨日は眠れなかった」
「封印の儀式が無事に終れば妖魔達が大人しくなるから国が安定する・・・大変な役目だ」
「そうそう、あの皇子が一切文句言わず淡々と真面目にしていたから俺らも身が引き締まった感じだったよ」
ジークは皇子と聞いて、ドキリと胸が高鳴った。アルベルトへの激励もだが皇子の様子も知りたかったのが本音だ。
「・・・皇子は・・・その・・・お変わりないか?」
「はははっ、言っただろう。変わったも、変わったよ。大真面目さ!これもジークの皇子教育のおかげだろうって皆言っている」
ジークはまた、ドキリとした。
「私は何も・・・そうだ、アルベルトにこれを」
「何?」
「お護りだ」
「へぇ~もしかして手作り?」
ジークの出したものは皮紐の先にランセル家の紋章を模ったビーズ細工が付いていた。
「お護りとして流行っているそうだ。グレーテ様から教えて頂いた」
「ジークが作ったのか?」
「そんなにじっくり見るな!」
「上手だよ」
「・・・殆ど皇女がしてくれたから・・・すまん」
アルベルトはやれやれと微笑んだ。
(意味分かってないんだろうな・・・これは好きな男に作ってやるものだって聞いたことあるけど・・・)
皇女の意味深な視線を思い出した。きっと自分とジークの仲を誤解しているのだろう。
(そして彼女にこれを教えてやったという具合かな・・・参ったな・・・)
「そんなことないよ。ジーク嬉しいよ。でもこれは大事な人にやるものだよ」
「知っている。アルベルトは大事な友だろう」
「えっと・・・そうじゃなくて。これは好きな男にやるのが流行りなんだよ」
「えっ!そ、そうなのか!知らなかった・・・」
ジークは困ってしまった。そんないわれがあるとは知らずに実は皇子の分も作っていたのだ。アルベルトに渡してもらおうと思っていた。それは自分で全部仕上げたものだ。そんな意味があるのなら出せなかった。そしてアルベルトには返してと言うべきなのだろうかと悩んだ。
アルベルトは悩んでいるジークの肩を、ぽんと叩いた。
「これは皇女とジークの共同制作だし友人として貰っておくよ」
「すまん・・・気を遣わせた」
「いやいや、凄いご利益がありそうだよ」
そう言って腰に付けた。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて」
皇子を宜しくとジークは心の中で言ってアルベルトを見送った。手に残ったのは星の刻印を模した手作りのお護り―――皇子にはガラスのピーズでは無く宝石のビーズを使った。何と無くグレーテには内緒で何度も何度もやり直してやっと出来上がったものだ。
「無駄になったな・・・」
しかしそれに祈りを込めた。皇子が無事に戻って来ますようにと―――
それから日にちをかけた行程の後、皇子達一行は無事に沈黙の地に到着した。百年に一度行なわれる最も重要な儀式―――この為に天と冥の神々は盟約を結び花嫁を人界に送り出しているようなものだ。神々との混血が巨大な敵〝虚無の王〟と対抗出来る唯一の手段だからだ。
「ベルツ隊長、皇子は大丈夫でしょうか?」
アルベルトがライナーに小さな声で尋ねた。封印の儀式を終えたローラントがその場で昏倒してしまい今は帰途の馬車の中で眠っている。
「あれだけ力を使ったのだから暫くはお目覚めにならないだろう。こうなるだろうと大神官から聞いている」
「そうですか・・・あれには驚きました。沈黙の地を中心にデュルラー全て聖剣の力が覆ったかのようでしたから・・・」
「その通りだろう。あれで地上に出没していた妖魔は根こそぎ吹き飛んだ筈だ」
「そ、そうなんですか?」
「皇子は素晴らしかった。大きな声で言えないがオラールの継承者とは比べ物にならない程な。冥の花嫁の御子とは言っても良くご自分を磨かれた・・・血統だけではそうならない。今回ばかりは誰もが皇子を認めるだろう」
ライナーの賛辞を受けたローラントは昏々と眠り続けた。時折目覚めても水と食料を少し口にするだけで再び眠る。その間に帝都へと道は続いていた。うつらうつらする中で夢に見るのはジークだけだった。今回の大任を終え、もっともっと立場を固め再び求婚する日を夢に描いていた。ゴトゴトと言う馬車の音にアルベルト達の話し声が混じる。
「おい、アルベルト。その腰に付けているのはあれか?」
「え?そんなんじゃないよ。ジークから貰ったんだし」
「ジーク?おいおい、お前達やっぱりそう言う仲だったんだな」
「だから違うって!」
「それって今流行りの〝私の心を連れて行って〟っていうやつだろう?」
「え?そんな意味もあるのか?」
「そうさ、しかも手作りなら願掛けのお護りみたいなもんだし。だから好きな男にやるんだよ。白状しろ!ジークと何処までやった?」
「だから違うって―――」
アルベルトはからかう仲間に文句を言おうとしたが、ぎょっとして言葉を呑み込んでしまった。皇子が馬車の窓から顔を出してアルベルトを冷やかに睨んでいたのだ。無言の威圧にアルベルトは唾を飲み込んだ。
(ジークがアルベルトに作ってやっただと?好きな男に贈るというものを?)
ローラントはアルベルトの腰に下げているそれを確認すると窓から顔を離した。むかむかして気分は最悪だった。たったそれだけなのに嫉妬でどうかなりそうだ。
「皇子、どうされたのかな?」
「煩かったんだよ。誤解が無いように言うけどこれはグレーテ皇女も一緒に作ってくれて他意は無い只のお護りなんだ」
「え?じゃあ、お前、皇女殿下から想われているってことか?」
「だから違うって!もう知らん!」
アルベルトは話が噛み合わず頭を抱えた。しかし馬車の中でその続きを聞いたローラントは少し気分が晴れて再び眠りに着いたのだった。そして目覚めると帝都の入り口付近だった。都中が祝賀ムードで盛り上がっていた。封印の儀式の祝賀だろうと気に留めていなかったローラントだったが皇子一行と知った民からの飛び交う歓喜の声は何故か祝福の言葉だった。
〝おめでとうございます!〟
〝おめでとうございます!皇子万歳!〟
〝おめでとうございます!お幸せに!〟
「何がめでたい?」
ローラントは怪訝な顔をして馬車の窓から外を見ていた。そしてそれが激昂へと変わって行った。
「アルベルト!騎乗する!馬を持って来い!」
「は、はい!直ちに!」
アルベルトも驚いて町並みを見渡していた所だ。家々に下げられている祝福の飾りは婚礼の祝いだった。それはもちろんローラントの婚礼を指していた。
「謀られた!留守を良いことに準備したな!ダマーめ!」
ローラントは馬に飛び乗り一目散に皇城に向って駆け出した。それを護衛の者達が追いかける形となった。そして皇城の正門を潜ったローラントは制止する者達に目もくれず城内にある大神殿に騎乗したまま乗り込んだ。
「ダマー!ダマー!出て来い!」
「おお、皇子。お帰りでございましたか。皇子のおかげを持ちまして百年の安寧を帝国にもたらして頂けました。心より御礼申し上げます」
「そんなことはどうでもいい!私の婚礼とはどういうことだ!」
ローラントが馬から飛び降りて怒鳴った。
「ご覧いただけましたか?民も二重の喜びに大変浮かれておりましたでしょう?本日執り行うように手配しております」
「冗談じゃない!誰が決めた!私は承知していない!」
「何度も申し上げた筈でございます。皇子の結婚を決めるのは神殿。それを了承するのは皇帝陛下でございます」
「くっ―――」
ローラントは唇を噛み締めた。実力行使をされれば逆らう事が出来ないものだった。自分の非力さを改めて実感してしまう。
「皇子、花嫁の仕度が出来上がっております。お式の前にお目通り下さい」
「いい!」
ローラントは目を硬く瞑って横を向いた。爆発しそうな怒りが肩を震わした。
「そうおっしゃらずに・・・あっ、これ、これ、花嫁がそんなに歩き回っては駄目であろう」
衣擦れの音と共に軽やかな足音がした。花嫁がローラントの訪れを聞き待ちきれずに現れたようだった。ライナーの妹か年端も行かないドルン家の娘のどちらかだろうとローラントは思った。
「皇子・・・」
はにかむような声が静かに流れた。
(何?まさか・・・)
ローラントがその声に驚き振り向くとそこには花嫁姿のジークが立っていた。
「ジーク?何故・・・」
ローラントは何故ジークが花嫁姿で此処にいるのか分からなかった。
「ダ、ダマー・・・私の花嫁と言ったのか?ジークがか?」
ローラントはジークから目が離せないままそう訊ねた。
「はい、さようでございます。皇子の花嫁、ジークリンデ・ベッケラート嬢」
「何!べ、ベッケラートだと?」
養子縁組をしたとしても血統を重視する皇家には関係ない。そんな誤魔化しで神殿が承知などしない。ベッケラートがローラントの理解者で協力者だとしても公爵家の圧力に屈し無いのが神殿なのだ。
「皇子のお考え通りでございます。養子縁組ではございませんし、権力に屈した訳でもございません。彼女の実父がヘルマン・ベッケラート公と判明し神殿もそれを了承したのでございます」
驚く話をジークに付き添っていた母親が進み出て話し出した。




