お披露目
ローラントは口元を引き上げて無理矢理に笑顔を作った。自分の気持ちを悟らせる訳にはいかない。ジークの心を掴む前にやるべき事は多い。まだ状況も整っていない今はいっそのこと彼女は誰かと噂になっている方が都合良いだろう。それに今日、グレーテを連れ出したのはもう一つ理由があった。
「グレーテ、一つ頼みがある。頼まれてくれないか?」
「何でしょうか?」
声を落としてローラントはグレーテにそれを告げた。
「お兄様・・・わたくしは・・・」
「頼む、グレーテ。お前が承知してくれなくてはこの計画は成り立たない」
ローラントからこんなに頼まれては断れるものでは無かった。
「お兄様は本当に彼女を大切に思われているのですね。わたくしも彼女の友人にしてもらいましたのよ。だから協力致しますわ」
ローラントの頼みとは隠遁生活をしていたグレーテに喪服を脱いで宮廷行事に参加しろとの事だった。華やいだ場所―――人の目に触れる場所でジークの新しい位置付けを認めさせる為だ。それで人々の噂や憶測は薄れるだろうということだった。
「ありがとう、グレーテ。後はジークを・・・」
「それはお任せ下さいませ、お兄様」
「頼もしい妹を持って私は幸せだ」
快く承知したグレーテはローラントの頼みごとの付属が楽しみとなった。その付属とは?ドレスを着た女護衛官と言う設定だ。
ジークは再び困惑した。心配していたグレーテが暗い部屋から出て普通の生活に戻ったのは良いとして・・・どうしてこうなるのか理解不能だった。皇女の命令でジークは着せ替え人形のように次から次へとドレスを着せられていたのだ。皇家御用達の商人が両手を擦り合わせて(ジークにはそう見えた)運び込むドレスにジークはうんざりしていた。
「グレーテ様、お戯れはもうお止め下さい」
「戯れ?戯れでは無いわ。わたくしは本気で貴女のドレスを選んでいるのよ」
「私の?」
ジークは驚いて自分の姿を見下ろしてしまった。グレーテが自分のドレスを客観的に選ぶ為に着せられているのかと思っていたのだ。まさか自分の為のものとは思ってもみなかった。
「ジークは背が高くてほっそりしているから何でも似合うから羨ましいわ。どれも似合っていて目移りしてしまうもの」
楽しそうなグレーテとは反対にジークは意味が理解出来ず返答も出来なかった。どうして皇女が自分のドレスを選んでいるのか?全く理解不能だった。
「殿下、これなど如何でしょうか?これはドレス一着分織り上げるのに熟練の織子が一年かかる一級品でございます」
商人が重々しく出したそのドレスは自慢するだけあって素晴らしいものだった。
「まぁ~素敵!ジーク、これを着てみて!」
「グレーテ様、これが私の装いの為ならばお断りさせて頂きます」
「どうして?それだとわたくしが困るわ。お兄様と約束したのだもの」
「皇子?皇子が・・・」
世間に疎いジークでも皇子達がしている根回しを薄々感じていた。自分が皇子の護衛官を続けていれば醜聞まがいのものになった筈だった。だから本来の目的と思わせるように皇女の護衛官にとなったのだ。しかもそれだけでは認識が足りないと思ったのだろう。女護衛官と言う立場を世間に広めてこそ嘘も真実となるに違いないのだ。そして考えついたのが男装ではない女の姿をした護衛官を宮廷で披露する―――視覚に訴えるという感じだろうか?理由は何と無く分かるがジークとしては気乗りしなかった。多分、恐ろしい金額を支払わなければならないようなドレスばかりで普通の貴族の娘が着るのに相応しく無いものばかりだからだ。皇女の感覚は違って当たり前なのだが差し障り無く断るしかないだろう。
「ドレス姿で警護しろとのご命令であればそのように致します。しかしこのような贅沢なものは装飾が重く動き難くなります。それでは剣を思うように振るえず護衛官としての役目に支障がでます。それに苦しくて気が削がれます」
グレーテは豪華に着飾ったジークを上から下まで見た。
「そうね・・・そう言われればそうね。わたくし達は慣れているし動いたとしてもダンスをするぐらいだから気にならないけれどジークは違うものね。ドレスは邪魔にしかならないわね・・・殿方の服装の方が良いのは十分分かるのだけれど・・・」
グレーテは困ったように大きな溜息をついた。ローラントから告げられた内容をジーク本人に全部は言えない。きっとジークは気にしないとしか言わないだろうからだ。しかし男装の護衛官では印象が悪いのだ。それだけでは無く女性としての魅力に欠ける欠陥者と見る者達がいる事だ。それではジークの名誉にも関わるだけでは無く、彼女のようになりたいと言う者達が出難くなるのは必須だろうと言うことだった。醜聞を防いでも次がこれだ。世間は女護衛官を簡単に認めたく無いらしい。
「あの・・・宜しければ私が作ったドレスをご試着して頂けませんでしょうか?」
おずおずと商人の連れの娘がドレスを差し出した。
「これ!止めなさい!それは商品では無いだろう」
商人が声を張り上げて怒った。
「でも、父さん・・・」
「申し訳ございません。私の娘なのですが人形遊びの延長をしておりまして・・・」
「酷い!人形遊びなんかじゃない!私のドレスは女性の自由を象徴するものよ!」
自由の象徴と聞いたジークは興味を持った。同じくグレーテも関心を抱いたようだった。
「着てみましょう」
ジークの一言で怒っていた商人は黙り、娘は嬉しさに飛び上がった。そして着替えたジークの姿を見たグレーテも反対していた商人もその素晴らしさに驚きの声を上げた。従来の釣鐘のような枠で固定させて大きく膨らんだスカートでは無くこれは自然に広がっただけのものだった。その流れを作っているのは胸下の切り替えだ。今までなら細く整えた胴で切り替えて窮屈だったものが解放されていた。多分生地は従来の半分も使っていない感じだ。それでも豪華さを出しているのは生地が重厚な素材だからだろう。そしてそれは胸下から裾まで一直線に分かれその間からたっぷりとした柔らかな生地が覗いていた。その部分で足幅を大きく出しても制限されないようになっているようだった。
ジークは剣を構える仕草で実際に動いてみた。釣鐘状態だったスカートは動けば反動で大きく揺れて邪魔だったがこのドレスは動きに沿ってくるだけで随分動き易かった。それに胴を締め付けて無いのがとても良い。思わず久し振りにジークは微笑んだ。
ドレスの斬新さに目を奪われていたグレーテはそれよりもジークの微笑みに見とれてしまった。
「これなら私でも大丈夫そうです。これに決めさせて下さい」
「し、しかし・・・」
商人は真っ青になって言葉を濁した。余りにも斬新過ぎて逆に失笑されるのでは?と思った。そうなれば提供した自分の店に傷が付いてしまう。それだけは避けたかった。
「わたくしも一緒に着てみようかしら。喪服を脱いで華美なドレスを着るのも抵抗があったのだけどこれなら清楚で素敵だもの。どうかしら?」
第一皇女が着るとなれば誰もが賞賛して注目する。商人としては新たな流行を生む又と無い機会だ。
「直ぐにお仕立て致します!」
「そう、ではお願いするわ。それとジークが今着ているものは試作品でしょう?もっと良い生地を使って作り直して頂戴」
「グレーテ様、私はこれで十分です」
「駄目。この件に関してはわたくしの言う事を聞いてもらうわ。わたくしが初めてお兄様から頼まれたものですもの良くやったと褒められたいのよ。貴女は只の護衛官では無いの。わたくし達兄妹の友人なのですから粗末には出来ないわ」
商人親子は驚いたように顔を見合わせた。噂の女護衛官はその特殊さも十分驚くものだが皇子と皇女の友人?噂でも彼らの友人と呼ぶ者も名乗る者も記憶にはないものだ。
「・・・承知致しました。皇女の仰せのままに致します」
「ありがとう、ジーク」
ジークは諦めて嬉しそうなグレーテの言う通りにした。こんなに晴れやかな彼女を見たこと無いからかもしれない。そして数日後に行なわれるローラント皇子の生誕祝賀会に間に合わせるようにと注文した。
ローラントの誕生は帝国中が待ち望んだもので国中が祝う日だ。当然のように国中がお祭り騒ぎになる。ジークは今までなら顔も知らない皇子の誕生祝と言うよりも只賑やかな一日という感覚でしかなかった。しかし今回は違う。
「皇子は大丈夫だろうか?」
ジークは心配で堪らなかった。アルベルトから聞いた話によればその日が近付くに従って皇子の機嫌が悪くなり当日は最悪になると言うことだった。自分に流れる冥神の血を忌み嫌う皇子がその誕生を祝う日が面白くないのは当然だったのだろう。誰もがローラントでは無く冥神を称えるような感じだ。だからジークは皇子の側で冥神の血では無くローラント自身を祝ってあげたかった。しかし今は声をかけるのでさえも遠い存在だ。
「お祝いを言えたら良いが・・・あっ、贈物!」
すっかり失念していたそれを思い出した。贈物だけならアルベルトに渡していれば皇子の手に届くだろう。それに手紙を添えればもっと良かった。しかし何を贈っていいのか分からないのが本音だ。皇子のもとには恐ろしい数の高価な祝いの品が届けられているだろう。それに皇子が持って無いものなども無い。困ったジークはとうとう何も用意出来なかった。
そしてその当日―――
グレーテと共に仕度をされたジークは今まで男だと思っていた皆が信じられないと、目を手で擦ってしまうくらい女らしく美しかった。宮廷屈指の美貌を誇るグレーテと並んで遜色が無いどころかその上を行く感じだ。それでも皇女より控え目に見えるのは身を飾る宝飾品を一切着けず腰に細身の剣を下げているだけだからだろう。グレーテは当然あれこれと飾りたがったが邪魔になるとジークは断った。それでもその剣の鞘はドレス姿に合うようにと宝石を散りばめた特別仕上げにされてしまった。
そして部屋を後にしようとした時にジーク宛に届けものが届いた。
「誰からですか?」
「分かりません。贈り主が名を告げなかったようです」
不審な届けものは手のひらに乗るぐらいの長い箱だった。危険が無いようにグレーテを下がらせその箱をジークは開けた。すると出て来たものは・・・
「腕飾り?」
それは丁度ジークの傷を隠すのに良いものだった。
「まぁ~素敵ね。でもどなたからの贈物かしら?」
「・・・多分、私の友人アルベルトからだと思います。以前、贈るとか言っていたので・・・いらないと言っていたのに。こんなに高価なものを・・・」
ジークはそう思った。シャルロッテの代役で行った夜会で傷を見られて嫌な思いをした時、アルベルトがそう言ったのを思い出したのだ。
「見事な細工だわ。趣味が良いわ。良かったわね、ジーク」
グレーテが自分のことのように喜んでいるからそれ以上何も言わなかった。ジークは傷痕を気にした事もあったが皇子から嬉しい言葉をもらった―――
『―――ジーク。これは私の代わりに受けたものだ。そしてお前の勇気の証だ。だから醜くも見苦しいものでもない。そのようなことを言うものがいるのなら私が罰してやろう』
だから傷を心から恥ずかしいと思わなくなったのだ。それでもこの傷を見たグレーテが卒倒しかかった時、自分が良くても相手が気分を害することがあるのだと気が付いた次第だ。だから今回は傷痕に包帯を巻いていたのだが煌びやかなドレスに不釣合いだった。
(アルベルトの奴、無理をして・・・)
こんな高価なものなどいらないと返したかったが、気を遣ってくれた友人と良かったと喜ぶ皇女の顔を曇らせたくなかったジークはそれを受け取ることにしたのだった。
そして祝賀会に訪れた二人に当然ながら注目が集まった。目を惹く斬新なドレスはもちろんだが噂の女護衛官の凛とした美しい姿に誰もが釘付けになった。それに剣を使えるものなら分かる事だがジークの視線や物腰は隙の無い剣士のものだと一見して分かるものだ。皇帝主催の権威ある剣術大会で優勝した実力を改めて認識したものも多かっただろう。卑下た噂は陰を潜め憧れにも似た溜息が漂っていた。
皇子宮に設けられた宴会場をジークは見渡したがまだ主役の皇子は現れていないようだった。ジークはそれを確認すると、ほっとした。ドレス姿で皇子と初めて会うと思うと何だか恥ずかしかったからだ。
だが間も無くして会場がざわめき始めた。皇子が到着したようだった。今日の皇子はまさに地上に現れた冥神のようで自分に自信を持つものだけが纏う空気が満ち溢れて輝いていた。
ローラントは会場に入って直ぐジークに気が付いた。直ぐにでも駆け寄ってその美しさを称えたい気持ちを押し込めた。なるべく目を合わさないようにしなければ本当にそうしてしまいそうだった。逸る心を抑え愛想笑いを浮かべる人々へ適当に声をかけながらジークとの距離を詰めて行った。そしてやっとグレーテを囲む集団の中に近付いたローラントだったがジークをやはり見なかった。ジークは少し期待していた分だけ落胆した。こんな姿を見られるのは恥ずかしかったが反応は見たかったのだ。
(自意識過剰だな・・・馬鹿みたいだ)
「ジーク、綺麗だな。驚いたよ」
アルベルトがこっそり声をかけて来た。今日はもちろん出席者では無くて皇子の護衛中だ。ジークが抜けた後は城内ならアルベルト一人で警護しているようだった。
「アルベルト、またそんなこと言って・・・あっ、そうだ。これの礼を言わないと」
「礼?何?」
左腕を上げたジークがアルベルトの答えを聞いて止まった。
「違うのか?」
「だから何?」
「・・・・・いや。何でも無い」
アルベルトはとぼけている感じでも無かった。本当に身に覚えが無いのだろう。
(じゃあ・・・いったい誰が?父上とか?兄上?)
ジークはアルベルトだと思っていたので誰だか分からなくなってしまった。考え込んでいるとその腕に視線を感じて顔を向けた。すると皇子と一瞬目が合ってしまった。しかしそれは一瞬で皇子は直ぐに視線をそらしていた。
(これを見ていた?まさか・・・皇子が?)
ジークはそう思うと確かめたくて堪らなかった。しかし皇子の存在は遠く、声を掛けることさえ出来ない。立場の違いが悲しい位に良く分かる・・・
仲良く耳打ちし合っていたローラントとグレーテだったがその後直ぐに皇帝夫妻が到着したので皇子は離れて行った。祝いの言葉を告げることも叶わなかったジークは落胆したが姿だけでも見られて良かったと思うことにしたのだが・・・
「ジーク、少し外の空気に当たりたいわ」
外は陽が落ち始めた夕暮れだった。まだそんなに寒くは無いだろう。皇帝夫妻が到着して会場内に人は溢れていたが外の庭は誰もいなかった。皇子宮の見慣れた庭だがジークはとても懐かしかった。
「ねえ、ジーク、何か飲み物を取って来てくれる?」
「申し訳ございませんが皇女をお一人にする訳にはまいりません」
「大丈夫よ。ほんのちょっとでしょう?それに今日の警備は厳重だもの」
「それでも承知出来ません」
「それだと困るのよ・・・」
「え?」
「何でも無いわ・・・分かったわ。では一緒に取りに戻りましょう。わたくし本当に喉が渇いて死にそうなのよ」
それならジークも反対する必要も無く二人で戻った。
「ジーク、駄目よ。貴女の分も持って来て」
一つだけ取り上げたジークにグレーテが注文を付けた。両手を塞がれると困るが言う通りにした。そして庭に続く階段を下りた途端、グレーテが小走りで庭の奥に行ってしまった。
「皇女!お待ちを!」
並々と注がれたグラスを両手に持ったジークは同じ速度で走るのは難しかった。追いつこうと思うと中身が全部こぼれてしまうだろう。それでも皇女の護衛の方が重要だ。グラスを捨てようと判断した時にその両手首をいきなり階段の影から現れた人物に背後から掴まれてしまった。




