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ジークの想い人は?

 皇帝夫妻にジークの件が大神官によって伝えられ二人も皆と同じように驚いた。しかしその後の反応はそれぞれだった。

「あのものが女・・・」

「まあ!素敵!ねえ、あなた!」

 皇帝の不安な様子などお構いなくヘレーナは無邪気に喜んだ。

「だからローラントはあの子に夢中だったのね。息子が同性を好きになっているかもと心配すること無かったわ。ねえ、あなた。あなた?」

 黙り込んでいた皇帝はヘレーナに返答することなく、険しい顔をしているダマーに声をかけた。

「それであのものの血統は?」

 ヘレーナは、はっとして皇帝の顔をしている夫を見た。そして口を開きかけたが先にダマーが喋り出してしまった。

「その件でございますが・・・不適格という判断を神殿では致しました」

「そうか・・・ローラントは承知しているのだな?」

「はい、さようでございます」

「本当か?それは快く?」

「ご理解は頂いております。もしもあの娘をお望みならば先に神殿の決めた花嫁を娶り血統を残す必要があると――」


「止めて!」


 ヘレーナの叫び声で淡々と話し合っていた男二人が、はっとし彼女を見た。ヘレーナはわなわなと怒りに震えていた。

「マルク、またそれなの?それならあの時私を取り囲んで言った重臣達と同じだわ!血統!血統!冥神の血!もううんざりよ!ローラントに私達と同じ悲しい思いをさせるつもり?」

「皇后陛下それは――」

「大神官!貴方は黙っていて頂戴!私はマルクに聞いているのよ!」

 皇帝は直ぐに返答出来なかった。それを理由に愛するものと引き裂かれた悲しみは十分身にしみて分かっている・・・しかし国のことを考えればそれを許す事は出来ないのだ。自分達を引き裂いた重臣達と同じだと言われても返す言葉が無かった。

「・・・ヘレーナ、ローラントと私達とは全く立場が違うのだよ。何代か先には次第に薄れて行く血だがそれを一番最初から薄れさせるのはこれから先の国の存続に関わる。それは分かっているだろう?」

 ヘレーナは涙を落としながら首をふった。

「やっぱり!私の・・・私のせいね!私がもっと子供を産んでその子供達から繋がる血がローラントの子供達と合わされば何も問題は無かったのでしょう?全部私が悪いんだわ!私が・・・っっ」

 ヘレーナは自分を責めて泣き崩れてしまった。


 確かに枝分かれした血脈が多ければ多い程良いと考えられていた。その分かれた血脈は薄れたかのように見えても再び幹へと戻らせる―――これは過去の失敗した経験からそういうやり方になっていた。その昔は血統にこだわる余りに同じ両親を持つもの同士で子を生していたぐらいだった。しかしそれが逆に人の血を薄れさせ精神薄弱者を出すようになってしまった。人間から見れば大いなる力を持った神と呼ばれる冥と天の住人達はその精神的な弱さで三界の驚異、虚無の王を斃せなかった。しかしそれを可能にしたのが強靭な心を持つ人との交わりだったのだ。だから濃すぎる血には問題があった。人は神になってしまっては意味が無い。微妙な交わりにこそ力を発揮することが出来るのだ。それ故その調整に神経を使うのは最もなことだろう。

 泣き崩れてしまったヘレーナを助け起こした皇帝は治世者の顔では無く彼女の最愛の夫に戻っていた。

「ヘレーナ・・・すまない。私はまた同じ過ちを犯すところだった。許しておくれ・・・」

「・・・あなた」

 ヘレーナは涙で霞む瞳で夫を見ると皇帝は優しく頷いた。

「今の私は力の無かった若造では無い。愛しいお前達を守るだけの力がある」

 夫の容認する言葉を聞いたヘレーナが微笑みかけた時、


「陛下が認めても私共は認める訳にはまいりません」


 大神官ダマーが重々しく、ハッキリと言い切った。

「ダマー!」

「皇家の婚姻には神殿の許可が必要でございます。これは皇帝陛下であろうとも覆すことの出来ないもの」

 ダマーの厳しい意見を皇帝は微笑んで聞いていた。

「ダマー、建前はもう良い。お前の立場も分かる。私も同じだ・・・我らの愛しい子。ローラントの為、共に先の世で謗りを受けようぞ」

「陛下・・・」

 冥の花嫁から生まれたローラントはダマーにとって待ちに待った御子だった。誕生の瞬間は皇帝以上に喜んだものだ。次代を照らす御子は何よりも愛しくその成長を見守っていた。先日のローラントとのやり取りを思い出した。その時、今まで見た事の無い幸せに満ち足りたような皇子の微笑みを見た―――ダマーは諦めたように肩を落とした。

「許可を出さなくても目を瞑っていてくれ」


「―――分かりました。しかし後はあの娘の気持次第でございましょうね」


「気持ち?どういうことだ?」

「我々の覚悟よりも当人同士の覚悟が必要です。今の皇子はその覚悟が窺えます。しかしあの者は・・・」

 言いよどむダマーに皇帝は首を傾げた。

「覚悟?あの者は芯がしっかりしていて心も強そうだったが?」

「はい、その通りでございます。皇子への忠誠も厚く・・・その・・・」

「忠誠?まさか・・・両想いでは無いとか?」

「・・・お察しの通りでございます。皇子の片恋でございましょう。両想いならばあの皇子があのように大人しく引き下がる訳ございません」

「まぁ、ローラントを好きにならない女の子なんかいないでしょう?」

 ヘレーナが驚いて言うと皇帝と大神官は困ったように顔を見合わせた。

「ヘレーナ・・・それは少し親の欲目だと思うよ」

「どうして?ローラントの容姿はもちろんだけど優しく強く若い娘なら誰でも好きになる条件が十分揃っているでしょう?」

 手放しで息子を褒めるヘレーナに再び皇帝と大神官は顔を見合わせた。

「それは・・・ヘレーナ、好感あるローラントはお前の前だけだったと思うよ。のう、ダマー?」

「陛下、私に話しを振らないで下さい。答えに窮しまする。私に口から申し上げられません。皇子が無愛想で何時も苛々なさって我が儘放題癇癪持ちの怠け者とはとても・・・」

「言っておるではないか」

「し、失礼致しました」

「ローラントが・・・そんな子?」

「皇后様、以前はと言う話でございます。皇子は多分あの者を愛するようになって変わられたのだと思います。今では実に立派になられて・・・ですが、その当時を知るあの者にとっては只の手のかかる主としか見えていないでしょう。何しろあの当時、皇子という身分に群がる女人はいても人気は最悪でございました。まともな女人ならば絶対に相手にしたくなかったでしょう」


 ヘレーナは驚いて言葉が出なかった。彼女の知るローラントとは全く違うからだ。それこそ大神官がこの中では一番ローラントを見ていただろう。そのダマーが言うのだから真実だと思うしかない。

「片恋だろうともローラントが無理強いをしないのは本当にあの者を大切に想っているからか・・・何もかも恵まれているのにこればかりは不器用だな」

「そうでございますね。しかしながらこの困難に立ち向って行くにはお二人の気持ちが合わさらなければ難しいでしょう。片方の想いだけではどちらも不幸になります」

「では我々は沈黙して見守ろう。我らの愛しき子に運命の女神が微笑んでくれるのを・・・」

 暗黙の了解がこの場で結ばれたのだった。


 それぞれの思いが交錯する中、ジークは新たな主に困惑していた。皇子の側から離れ心は引き裂かれるように痛んだ。しかしそれを誰かに訴える事も相談することも出来ない。皇子への想いを心の奥深くに沈めるだけだ。だからジークの表情は以前より更に無くなり無表情を通り越して冷たく凍っているようだった。その彼女を今動かしているのはローラントから託されたグレーテを放っておけないからだろう。しかし・・・

「グレーテ様、少しは部屋の外へ出られませんか?陽の光りに当たらないとご病気になります」

 ジークは早々にグレーテから皇子と同じく対等に話す権利を与えられていた。しかし着任して間も無く妖魔が城門に現れ門兵が殺されたと耳にした途端、グレーテが部屋から一歩も出なくなったのだ。しかも部屋の窓という窓は外から板を打ちつけていた。ジークはその彼女の希望でこの数日常に一緒だった。私室はもちろん続き部屋で寝泊りする状態だ。

 蝋燭の灯りの向うに喪服の皇女が酷く頼りなく腰掛けていた。そして見えない窓を眺めていた彼女はジークを見た。

「外に出たいのなら貴女だけ行けばいい・・・そう・・・やはり駄目!行かないで!行っては駄目!」

「グレーテ皇女、もう妖魔はおりませんし私もおります。貴女様をお護り致しますからご安心下さい」

 ジークは皇女が妖魔を異常に恐れていると感じた。当然と言えば当然だが・・・

「駄目よ、ジーク!貴女まで殺されてしまうわ!駄目よ!駄目!」

「グレーテ様、今はもう危険はございません」

「違うわ!あの忌まわしいものは何時でもわたくしを狙っているのよ!もうわたくしの為に犠牲になる人を見たく無いわ!ジーク、わたくしが皆から何と言われているか知っていて?〝喪服の皇女〟など気にする呼び名では無いわ。わたくしは〝妖魔の花嫁〟と陰で言われているのよ!」

 晴れやかな婚礼で二度も血塗られた惨事はグレーテの心に大きな傷を付けていた。忌まわしい妖魔に魅入られたと陰口を言われて更に傷付いている。

 

 どう慰めようかとジークが言葉を探していると部屋の外が騒がしくなった。主部屋の間には応接室があり誰もいない筈だ。侍女達の軽い足音が騒ぎの張本人を追いかけている感じだった。ジークは腰の剣に手をかけるとグレーテの前に立ったが、扉を開けた人物を見て驚いてしまった。

「グレーテ!誘いに来た!用意しろ!」

「皇子!」

 蝋燭の灯りの中でも眩しいくらいのローラントが入って来たのだ。ジークは心臓が止まりそうだった。そして今この場所が薄暗闇なことに感謝した。きっと顔をはしたなくも赤く染めているだろうからだ。

「お兄様・・・急に何でございますか?」

「お前が元気無いと聞いたから誘いに来た。温室で見事な花々が咲いているそうだ。そこに昼食を用意させたから行こう」

「わたくしは・・・」

 ローラントの意外な誘いにジークも驚いたがグレーテも同じく驚き戸惑った。

「大丈夫だ、グレーテ。妖魔が来ても私がいる」

「わたくしが怖いのは自分の身を案じているのではございません!わたくしの為に犠牲になるのが嫌なのです!」

「私がいる。お前にもう辛い思いはさせない。約束する」

 ローラントは力強く言い微笑んだ。この微笑みに敵うものはいない。血の繋がった妹でさえ呆然と見つめるだけだ。


(グレーテ様・・・)


 ジークは胸が、きりきりと痛んでいた。ローラントは妹を気遣っているだけなのに見たくなかった。自分がグレーテに嫉妬しているのが分かる。そんな自分が嫌になってしまうのだ。ローラントに気付かれたく無いから更に表情は硬く凍ってしまう。


(ジーク?)


 数日ぶりに会ったジークは随分雰囲気が変わっていた。こんな風に部屋に閉じこもってしまう気鬱な妹の護衛を任せたのが失敗だったのかと思ってしまった。グレーテは時折誰にも会わず何もかも拒絶するらしいがもちろん今まで関心が無かった。今回は珍しく護衛官も共に引き込んでいるとの事だった。護衛官とはもちろんジークだ。ローラントはその話を聞きつけると直ぐに行動した。グレーテの気鬱の原因を取り除きジークを救い出す為だ。


 そしてそれが成功し向った先の温室の中は春のように暖かかった。硝子張りの建物はその内側に花々を閉じ込めた宝石のようだった。まるでこの中だけが冥界か天界の楽園のようだ。それを模して造っていると云われるから当たり前だろう。皇城自慢の温室だ。

 ジークは周りの安全を確認している途中でつい先日のようで・・・かなり昔だったような出来事を思い出した。皇子が下働きの娘をこの場所で押し倒していた情景だ。今思えばその最中に注意しに行く行為はとても恥ずかしく出来るものでは無い。


(今なら・・・絶対無理だろう。きっと女性を皇子から剥ぎ取りつき飛ばしているかも?)


 ジークは自分の考えに呆れて、くすりと笑った。皇子をまるで自分のもののように振舞うなんて有り得ないことなのにそんな馬鹿げた想像をしてしまう自分に呆れた。

「何?」

 同じく周囲の確認をしていたアルベルトが聞いて来た。

「思い出していたんだ。ほら、皇子が此処で女性を・・・」

「えっ、あっ、ああ・・・ま、まあ・・・」

 女性と会話するような話題ではないものにアルベルトは焦った。

「そんなに昔のことじゃないのに何だか懐かしい・・・」

「そ、そうだな。この場所と言ったら皇子の女遊びしか思い出さないのに今じゃ健康的な昼食会場だものな」

 女遊びと言う言葉にジークは、ピクリと反応した。その表現を使ったアルベルトが気入らないのか?それをしていた皇子が気に入らないのか?ジークには分からなかったが何故か腹が立った。

「ジーク、何を怒っているんだ?」

「別に私は怒ってなんか・・・」

「ふ~ん、長年の大親友を誤魔化せると思うなよ」

「馬鹿」

 遠くから見ればいちゃついているとしか思えないジークとアルベルトを面白くなさそうにローラントは見ていた。それは今までも良く見る光景だが以前のように直ぐに、カッとして怒鳴らないが・・・〝何をやっている!!〟と大声を出したい気分だった。そんなローラントの気持ちを知らないグレーテは少し落ち着いたのか興味津々で聞いて来た。


「ねえ、お兄様、ジークはあの護衛官と恋人同士なのね?」

「え?」

「わたくし、ジークに聞いたのよね。彼女の処遇から考えてライナーとテオドール伯父様、もしくはお兄様・・・どなたが恋人なの?と」

「なっ、そんな事を聞いたのか?」

「ええ、ジークは全部否定したわ。侍女達の噂だけでは無くて女の勘だけど彼女は誰かに恋しているって思ったのにね。でもその後は何だか違うのかしら?と思ったのだけど・・・わたくしも気鬱だったから気にかけてなかったとしても恋する乙女の感じでは無かったわ。だけど今はとても嬉しそう。あの彼と会えなかったから沈んでいたのでしょうね。納得したわ」

 そうだった・・・とローラントは今更ながら思った。ジークがまだ女だと知る前からライナーや特に彼女と親しいアルベルトには嫉妬していた。男同士だと思っていたからそんな考えまで浮ばなかった。


(彼女を昔から知っているアルベルトだ。それは十分考えられたのに・・・)


 ドレーゼ家の夜会に二人は仲良く寄り添っていた。思い出せば思い出す程、思い当たるものがあった。真っ黒なものが胸の奥で渦巻き始めた。


(彼女を他の男にやる為に手放したのでは無い!私のものにする為に手放したんだ!絶対に渡しはしない!)


「お兄様?どうなさいましたの?怖いお顔をなさって」

 ローラントは、はっと我に返った。危なく暗い感情に囚われて何の落ち度も無いアルベルトを手にかけるところだった。昔なら感情に任せてやっていただろうと思うと心底自分が嫌になってしまう。権力でジークを自分のものに出来るのならもうやっている。

 彼女が心に留める男を・・・ライナーだろうとアルベルトだろうとこの手で殺しているだろう。結婚を反対する者がいれば一人残らず殺しても良いとさえ思うのだ。父であろうと大神官であろうとも・・・ローラントはそういう狂気を自分の中に見ていた。しかしそれを止めているのがジーク本人なのだ。まとも過ぎる彼女に嫌われたく無いと思う気持ちがこの狂気を辛うじて抑えている。


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