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愚かな男の話

 ジークを引き止めるのに成功したローラントは次の手を打った。ライナーは問題なく賛成を取り付けたが軍を事実上動かしているベッケラートの承認と協力が当然必要だった。公爵の力を得られれば皇帝はもちろん誰も異を唱えることがないだろう。ローラントはライナーも同行すると言ったのを断り単身で会見に臨んだのだった。

「皇子、私に何かご用がおありになるとか窺いましたが、どのようなご用件でございましょうか?」

 ローラントは多忙なテオドール・ベッケラートを呼びつける事無く自らが彼の執務室を訪れていた。訪れたのは二度目だが山積された報告書に命令書が散乱する事無く整然と並べられている。理路整然としたベッケラートの性格そのもののようだ。きちんと整えられたこの場所から各地に配属された軍を動かし帝国を見守っているのだ。


 その帝国の守護神とも言うべきベッケラートは卓越した判断力と行動力を持つ重臣の中の重臣だ。ローラントとの間に確執あったとしても公私混同するような人物で無いことは確かだった。それはローラントも悔しいが人物的には認めているところだ。

 ローラントは勧められた椅子に座りジークに対する感情を抑え淡々とした口調で話し出した。聞き終えたテオドールは考え込むように沈黙してしまった。その沈黙がローラントにはとても長いような気もしたが反対にとても短いような気もした。

「―――それでその件は命令でございますか?それとも・・」

「命令では無い。私の願いだ。頼む・・・ベッケラート。私の力になってくれ」

 皇子の意外な言葉にテオドールは驚き目を見開いてしまった。今まで皇子が自分に何かを願う事はもちろん、頼まれる事も無かった・・・しかも皇子が頭を下げていた。

「お顔を・・・お顔をお上げ下さいませ、皇子!臣下に頭を下げるものではございません!まして頼むなど・・・貴方様はご命令だけされれば宜しいのです!」

「命令するだけで物事が動くならば幾らでもしよう・・・だがそれが叶わない現実も沢山ある。そうだろう?ベッケラート。今の私は何の力も無い。たった一人の名誉を守るだけなのに私一人では何も出来ないのだ。父がそうだった。皇帝という最高の位に座していても愛する者と共に居ることさえ叶わなかったように・・・私も今は同じく無力だ」

 テオドールは何かに耐えるような顔をした。


(ヘレーナ様・・・)


 才気溢れるテオドールが公爵家を継いだのとローラントの父マルクが帝位に就いたのはほぼ同じ時期だった。二人は親友であり、若者同士お互いに助け合っていた。そして現れた美しい冥の花嫁―――テオドールは叶わない恋に焦がれてしまった。しかしその想いは胸に秘め主でもあり親友でもあったマルクを祝福したのだ。しかし皇子誕生後、子を産めなくなったヘレーネを退けようとする重臣達に反対する力が皇帝と同じく若いテオドールにも無かったのだ。テオドールはその時の苦い思い出と心の何処かにあった邪な想いを恥じていた。力が本当に足りなかったのでは無く、二人が別れれば諦めていたヘレーネを手に入れることが出来るかもと心の隅で思った結果だったかもしれなかった。だからテオドールは己の醜さを恥じた。

「皇子、力の無かった愚かな男の話を致しましょう。自分達に力があると愚かにも思っていた若者二人がおりました。二人は親友同士でしたがある日、一人の娘に二人共恋をしてしまったのです。しかし男の一人は昔から決められたまだ見ぬ花嫁がいました。だからもう一人の男は親友と娘が惹かれ合っていたとしても自分が最後には勝つと信じていたのです。ところが皮肉なことに親友のまだ見ぬ花嫁は二人が恋した娘だった・・・」


「その話は・・・もしかして父上と母上の事か?そしてもう一人の男とはお前か?」

 まだ見ぬ花嫁と聞いたローラントは直ぐに母を思い浮かべた。冥の花嫁が生まれると宣託が下る。しかしそれだけで何処の誰かまで分からない。だから継承者は花嫁が花嫁として目覚め誰なのか分かるまで待つのだ。ベッケラートの話はそれに似ていた。

「はい、私と陛下は同じ女性・・・ヘレーネ様を愛しました・・・」

「だから・・・だから父から遠ざけようと母上を退けたのか?」

 ローラントは以前のように癇癪をおこしながら怒鳴らなかった。恋を知ってその複雑な想いを自分でも実感しているからだ。両親の事も良く話を聞くまで誤解していたのも事実だ。単純な話では無いとローラントも分かっている。

「いいえ、私は二人を祝福致しました。それこそ彼女を奪って国を傾けるような真似など出来ない意気地なしです。ヘレーネ様の面影を求めて女性の間を渡り歩くぐらいしか出来なかった腑抜けです。そしてお二人を守れなかった愚か者です・・・正直陛下と別れれば何れ私と・・・と言う邪心が無かったとは言いません・・・しかし他の重臣達を抑えることが出来なかった己の無力さが一番の原因でした」

「―――では聞く。妹を父の第二后妃に送り込んだ理由は?」

 それはローラントがベッケラートを嫌った最大の要因だ。

「・・・妹には可哀想なことをしました。抵抗出来ない私が考えた策です。ベッケラート家以上の血筋はあの当時おりません。妹が后となれば他の后候補達を抑えることが出来ます。そうなれば陛下は妹だけを相手すればいい。だから妹に陛下とヘレーネ様の為に子を産むだけの物になれと言ったのです。お二人の邪魔にならないように・・・ヘレーネ様のご気分を損ねないように・・・陛下に何も望むな、自分を捨てお仕えしろと命じました。妹はそれに従い気持ちを磨り減らして死んだようなものです・・・まさか陛下を慕っているとは思わず無体な事をしました・・・」

 ローラントは初めて聞くその当時の真相に全てのわだかまりが消えていくようだった。想いを秘めて尽くすベッケラートはもちろんだが告げる事も望む事も出来ずに苦しみと悲しみの中で亡くなった第二后妃が哀れだった。母の顔も知らずに育った妹グレーテに優しく声を掛けた事があっただろうか?とローラントは思った。


(・・・無い・・・声を掛けたことさえ無い・・・)


 今まで妹だとも血縁者だとも思わなかったグレーテ。彼女はベッケラート家の犠牲的精神で生まれたのだ。母親が健在だったら今の状況はもっと違っていたのかもしれない。どんなに辛くても兄の命ずるまま他の女達の防波堤となり身を引いていただろう。そうなれば父と母との間の溝があんなに深まることが無かったかもしれない・・・しかしそれはもう過ぎ去った話だ。それを何故今?

「それを何故今、私に聞かせる?」

「お分かりになりませんか?」

 テオドールは静かな光を瞳に湛えてローラントを見つめた。父親と同じ運命がまさかこの皇子に訪れるとは思わなかった。


(皇子は恋をしている?しかも祝福されない恋?)


 皇子が人を・・・誰かを愛しいと思う感情を持つとは思いもしなかったのだ。現皇帝は皇家では珍しく只人だった。しかしローラントは違う・・・皇家に多くみられるように人としての感情が欠如している。歴代の直系達はその身に流れる冥神の血のせいか全く違う次元にいるようだった。それが逆に何にも左右されない優れた統治者となるか・・・全くの無関心になるかのどちらかだ。その後者の最たるものになると思っていた皇子が恋に胸を焦がす只人となっている。

 テオドールはそれが残念のような嬉しいような複雑な気持ちだ。愛した女性の愛し子であり、叶わない夢の証でもある・・・皇子誕生の報を聞いた時に過ぎった複雑な想い・・・ローラントをテオドール個人としては好ましくもあり疎ましくもある。

「皇子はその者の名誉を守った後いずれは妃の一人に迎えたいと思っているのでしょうか?」

「嫌、そう思っていない」

 ローラントは直ぐにそう答えた。

「・・・嘘は余りお上手ではございませんね」

「嘘は言わない。言う必要も無い」

 ローラントは嘘を本当に言っていない。ジークを妃の一人だと考えていないからだ。彼女だけ・・・だがそれを今宣言して通ると思ってはいない。

「―――分かりました。今はそういうことにしておきましょう」

「・・・・・・・・・」


 ローラントはやはり難関だと思った。簡単に丸め込める相手では無いと十分承知していたが・・・流石に誤魔化せないようだ。それでも口に出す段階では無い。

「そうそう、何故昔話を?との事でしたね。申しましたでしょう?力を過信して実際は架空の力しか持たず何も出来なかった男の話だと」

 昔話は今のローラントと似ている。絶大な権力を持っている筈の皇帝と公爵がその当時無力だったと言う話だ。

「今の私と同じだと言いたいのだろう?それを認めているから今此処に来ている」

「そうですね。それ自体がまさに私達が出来なかったことです。自分の無力さを認めずに突き進み失ったものが大きかった―――位が高ければ高い程それを認めるには勇気がいります。皇子はご立派です」

 褒められるようなことでは無いと言いたかったローラントだったが黙って続きを聞いた。

「貴方様は今、逃げるのでは無く立ち向かおうとしている。実際、私は皇家の盾と云われるベッケラート家の立場としてはお二人の仲を認める訳にはまいりません。あっ・・・失礼、皇子とあの護衛官の仲はそういう関係では無いと言うことでしたね」

「―――それで?」

 ローラントは誤魔化す事なく平然と聞き返した。

「私個人としてはそのような慣例など〝知ったことでは無い!〟と言う感じです」


「え?お前・・・何を?」


「聞こえませんでしたか?どうぞ皇子のお心のままにと申したのです。力添えを致します。皇子の選択された道を共に歩ませて頂きましょう」

 テオドールはローラントが進もうとする道が見えていた。自分達が選ばなかった道だ。冥の花嫁を奪えなかった自分と冥の花嫁を捨てた皇帝―――奪う道が無かった訳でも無く見捨てない道もあったのだ。いずれも困難でありそれに踏み出す勇気が無かった。

「皇子はお考えになられなかったのですか?二人で逃げる道や適当な皇后を立てて世継ぎ誕生させた後に開かれる二人の道を?」

 ローラントが静かに微笑んだ。それは見るものを魅了せずにはいられない幸せに満ち足りた笑みだった。あの口やかましいダマーを一瞬で黙らせた微笑みだ。

「全てお見通しか・・・それに黙って付いて来るのなら私も悩まない。国を捨てて逃げると言ったら最後、あれは自分の命をかけて私を諌めるだろう。そしてもう一つの道をとれば彼女から嫌われるのは確実だ―――ジークはとても真っ直ぐで曇りの無い心を持っている。私はそれが眩しい・・・だから彼女に胸を張って指し示す道を進みたいのだ」


 テオドール・ベッケラートはその場で跪き深く臣下の礼を取った。いつも帝国の運命を左右させる冥の花嫁でも何でもない一人の女性が帝国の未来を変えようとしている。皇子は彼女と出会わなければ言われるままに何人もの妃を娶り血脈を繋ぐだけで国のことに関心を寄せることは無かっただろう。それこそ悪臣達が謳歌する世の中になったかもしれないのだ。それがどれだけ国を荒廃させるのか過去の例からして想像出来た。テオドールはこの大いなる変化をもたらしたジークに感謝したいぐらいだ。

「全て承知致しました。ただしそのお気持ちは皇帝に悟られませんように」

「もちろん、直ぐに言うつもりは無い。今も話すつもりは無かったのだから・・・」

 少し拗ねたような顔をして答えた皇子にテオドールは頭を垂れた。

「申し訳ございませんでした。お心を量りまして・・・皇帝のお立場上、賛成は出来ません。もちろん私も表面上、反対の立場となります。お二人の対立はどちらの益にもなりませんし逆に危険が伴いますでしょう。皇子も察している筈です。危険なのは渦中に居るあの娘なのです」

「分かっている・・・」

「では、次に彼女を皇子付護衛官の任を解き、今回の目的とした女人の護衛官に任命下さい」

 ローラントは口元を引き結び、ぐっと拳を握り込んだ。ジークにはもちろん黙っていたがこれはある程度予想していた事だ。他人にいらぬ詮索をさせない手段はこれしかないだろう。このままにしておけばお気に入りの護衛官が今度は裸で夜の警護をすると言われかねない。


「―――分かった」


「宜しいのですか?これは承知なさらないと思っていましたが?」

「お前の判断に間違いは無い。私が手放さなければこの話の信憑性が半減するだろう?それよりも・・・」

 ローラントは両手で顔を覆い大きな溜息をつくと、徐々に手のひらから顔を覗かせた。

「どうかなさいましたか?」

「いや・・・」

 ローラントの声は口元にまだ残る手のひらのせいでくぐもっていた。

「ジークにこの件を言ったらどう反応するかと思ったらな・・・」

「解任の件ですか?」

「ああ、嫌だと言われたら困るが、あっさりと承知されそうだから気が滅入るなと・・・」

「皇子・・・もしかして・・・まだそのような関係で?」

「男として意識されていると思うか?あいつは忠誠心熱い剣術馬鹿だ。私のことは忠誠を誓う対象者であってそれ以上も以下もない」

「ご苦労なさいますね。それでは帝国中に皇子の威光を示すより難しいのでは?」

「それを言うな!」

 テオドールは思わず笑ってしまった。そしてローラントも笑った。長年の溝がこれで埋まったようだった。これもジークのおかげだろう。彼女の存在がローラントと両親を結び付けライナーやベッケラートを味方に付けたのだ。そして今度、彼女が結び付けようとする相手は・・・


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