皇子の恋愛
その後、皇帝が政務に復帰しそれと同時に皇后ヘレーナが後宮に戻った。我が物顔で宮廷を牛耳っていた妃達は一旦大人しく様子を窺っている感じだ。権威の象徴でもある冥の花嫁エレーナの宮廷復帰は増長する皇子派を一気に押し返す結果となったようだった。それに拍車をかけるように、今まで見る事の無かった親子三人の仲睦まじい様子は皇帝派と皇子派を双方黙らせたのだ。
しかし周りが少し静かになったとしても大神官ダマーはもっと重要な相談を受けてしまった。皇帝から皇子の花嫁選出の遅れを今まで指摘されたことは無かった。皇帝自身が次々と結婚させられて嫌な思いをしていたから急がせようとは思っていなかったのだ。ところがそれを早急に決めろと事だった。
しかもその理由が・・・やはりと言うか・・・そんな馬鹿な・・・と言えばいいのか皇子が同性に恋愛感情を持っているとのことだった。皇子が以前、冗談のように言った事が現実となりつつあるのだ。まだ皇子本人も気が付いていない様子だから今のうちに花嫁を決めてしまえと言うことらしい。しかしそこは皇子の気性を考えて本人と相談して決めろと言う無理難題だった。普通なら神殿が決めた相手には否は言えない。これが皇子の言う唯一拒否出来ないものだ。だから皇帝は相談と言った。何人か上がった候補者から自分で選ばせる――自由恋愛が出来ない息子へのせめてもの親心だった。
そのダマーが神殿の主だったものと頭を悩ませている間、皇子の不機嫌は最高潮に達していた。
「おい!アルベルト!あの女は何だ!」
ジークが今日から数日護衛から外れるとアルベルトから聞いたローラントは気になった。そう言えばひと月前も数日休んだ事があったのを思い出した。まだその時は常時護衛をしていた訳でも無かったからそんなに気に留めていなかったのだが・・・病気かと心配していた矢先に皇城内で見かけたジークは女性を伴っていたのだ。しかもその女は我が物顔でジークの腕に自分の腕を絡ませかなり親しそうだった。
「あのご婦人はベルツ隊長の妹君エルナ嬢です」
「ライナーの妹?何度か会ったことはあるが・・・あんな顔だったか?確か・・・出奔して女神官になったとか聞いてが・・・本当にあのじゃじゃ馬か?」
「ええ・・・まあ、そうです。還俗されたようでして・・・」
「それで早速戻って来て男漁りか?」
「ジ、ジークとはいとこですから、そんな関係では――」
「はっ、どうだか!幾ら名門ベルツ家の娘だからと言ってあんなに奔放だと結婚相手に困っている筈。従弟と言っても結婚出来るのだからクレール家もベルツ家の威光には逆らえないだろう。歳から言えばジークの兄達との方がつり合うだろうに何故ジークなんだ!」
ローラントの中で既に筋書きが出来上がっている感じだ。アルベルトはその話を唖然と聞いていた。絶対に有り得ない筋書きだ。
(ジークがエルナ嬢とは女同士だから有り得ないなんて皇子には言えないしな・・・隊長とジークと言うなら分かるが・・・)
アルベルトは自分の思いつきに一瞬驚いてしまった。
(隊長とジーク?)
無いとは言えない組み合わせだ。
(そ、それなら俺とだって・・・俺と?ジーク?)
その思いつきにアルベルトはまた驚いてしまった。そして想像して焦ってしまう。アルベルトは違う、違うと首を振った。
「アルベルト?何をしている?私の話しを聞いているのか?」
「は、ははい!もちろんです!」
「で?ジークは私の護衛を休んで女と遊んでいると言う訳か?」
「い、いえ!そういう訳では・・・その・・・具合が悪くて・・・」
ジークはいわゆる女性が避けて通れない月の障りだった。体調も最悪になるが血の臭いを妖魔が嗅ぎ付けたら・・・とジークは思ったようでその間皇子の側から離れたのだ。アルベルトはそれを知っているが当然皇子には言えない。
「具合が悪くて仕事は休むのに女は別だというのか?私も軽く見られたものだな!ジーク・クレール!ジーク!」
ローラントが大声で遠くにいるジークを呼んだ。
「皇子?」
ジークは声のする方へ視線を向けるとローラントが怒って歩いて来るところだった。
「ジーク、あれローラント皇子でしょう?相変わらず気味が悪いくらいお綺麗ね。でも何だかとても怒っているみたいだけど?」
ジークはエルナの皇子評価を懐かしく聞いた。自分も最初、余りにも綺麗過ぎた皇子を人間味が無くて気味が悪いと思ったことがあった。今はそんな風に思ってはいない。
「普段余り微笑まれないが笑まれると本当に綺麗で気味が悪くなどありません。怒っていても綺麗だし」
エルナは呆れ顔だ。
「兄上もそうだけどジークもとうとうローラント皇子に首っ丈ね?どこが良いんだか!冥神の血が何よ、あんな我が儘嫌味皇子!ふん!」
ジークは流石エルナだと感心してしまった。首っ丈と言われた表現は引っかかるものがあるが冥神の血が何だと言い放つ彼女に感心する。それでもとにかく今回は運が悪かった。ジークが休みを告げた後、家に戻ろうとしたところエルナと出くわし捕まってしまったのだ。ジークは昔からこの年上の従姉は苦手だった。どこまでが冗談で本気なのか分からない彼女にはいつも翻弄されてしまうのだ。ジークが真面目だからエルナはからかうのが楽しいようだった。しかも今日はライナーから聞いていたジークの凛々しい近衛隊の制服姿をわざわざ見に来たのだから見逃すことは無かった。ジークの耳元で〝皆に女だって言うわよ〟と一言囁かれて万事休す。今日はエルナの下僕に決定だ。
「ジーク!今日は私の護衛をさぼって何をしているんだ?速やかに答えよ」
怒鳴るローラントの後ろでアルベルトが、すまんと言うように手を合わしている。上手く誤魔化せなかったのだろう。皇子に嘘は言いたく無いがこればかりは正直に言えない。だが具合が悪いのは本当だ。さっきからシクシクと下腹が疼き頭痛もしている。
「申し訳ございません。今日は具合が悪くて休みを頂戴しました。エルナとは偶然会っただけで――」
「あら?ジーク、私はあなたにわざわざ会いに来たって言ったでしょう?だから今日は私の為にお休みを取ってくれたと思ったのに違ったの?」
ジークは珍しく、ぎょっとした顔をした。エルナの言い方だと彼女との時間を作る為に仕事を休んだと思われてしまうからだ。まともに皇子の顔が見られなかった。
(きっと怒られているに違いない・・・)
彼女のいつもの性質の悪い冗談だ。
「エルナ!違うでしょう?私が帰るところに貴女が来て――」
「嫌だぁ~ジーク。恥ずかしがって!」
「恥ずかしがる?何を?」
エルナはジークの反応が面白くて仕方が無かった。いちゃいちゃとジークに抱きついては彼女をからかい出したのだ。そして仕舞いには・・・
「可愛いわねぇ~ジーク。う~んん・・・」
皇子達の目の前でジークに口づけまでしてしまった。
「なっ!」「えっ?」
ローラントもアルベルトも二人共違う理由だがそれには驚きの声を上げた。しかし口づけされたジークは平然とエルナを自分から引き剥がした。
「エルナ!冗談が過ぎます。皇子の前で失礼でしょう。皇子、申し訳ございませんでした。どうぞお許し下さいませ」
ローラントは何故自分が怒っているのか?何故、ジークの口づけに動揺しているのか理解不能だった。平然としているジークの唇が口づけしてきた相手の口紅で紅く染まっている。その唇を、ちらっと見るだけで異様に動悸がするのだ。ジークの紅い唇が変な気持ちにさせる。そのどきりとする唇が開いた。
「皇子?ローラント皇子?」
自分の名を呼ぶその唇にローラントは釘付けになっていた。しかし何度目かで、はっと我に返った。
「もういい!勝手にするがいい!」
ローラントはそれを言うのがやっとで踵を返した。心に過ぎるのは忘れた振りをしていた宵闇の女神―――夜の庭園で踊っていた娘。その彼女に無償に会いたくなってしまった。ジークの双子の姉シャルロッテ。ジークとそっくりだとアルベルトは言う・・・
急に去って行ってしまった皇子にジークは戸惑ってしまった。どうしてあんなに怒っていたのか検討もつかない。しかしエルナは分かっているのか、くすくす笑っている。
「あ~面白かった!皇子の顔ったら傑作だったわ!玩具を取られた子供みたいな顔をして・・・あっ!ちょっとまって!ジーク、皇子はあなたが女って知らないのよね?」
「もちろん知りません。そんなことが知れれば此処にいれる訳無いでしょう?」
「そうよね・・・じゃあやっぱり・・・」
「何がやっぱり、なのですか?」
「皇子がね、お気いりの玩具を私から取られた子供みたいと思ったのだけど何だかそんな子供じみた感じじゃなくて嫉妬していたように思えたのよね。嫉妬するとなると皇子は殿方が好きな性癖かな?と思ったのよ。ジーク、危険よ~押し倒されたらどうする?」
エルナはそう言って、きゃっきゃっと愉快そうに笑った。何処まで冗談かやはりジークには理解出来ない。
(女性好きの皇子が男と思っている私をどうこう想うわけ無いのに・・・)
ジークは全く馬鹿げていると思うしか無かった。しかし後日、皇子の不機嫌な原因少し分かってしまったのだった。
それはジークと居たエルナに嫉妬したのでは無く、その反対でエルナと居たジークに嫉妬したのだ。エルナが皇子とは面識もあり、花嫁候補の筆頭だったと聞いた。確定前に彼女が出奔してしまって行方を眩ませてしまったから話は流れていたそうだ。まだその頃は候補者も色々居た背景もあり、性格的に問題があるエルナの存在は忘れられていたようだった。
(皇子はエルナが好きだったのかもしれない・・・)
ジークはそう思った。彼女は皇子が好みそうな条件を持っている。楚々とした母親みたいな女性が理想だと皇子は言うが遊びで選ぶ女性はそんな感じでは無かった。愛くるしい顔で小柄だが肉体的に魅力的な女性。しかも明るく陽気な女達ばかりだ。その方が気楽に付き合えるのだろう。婚約者のようなものだった女性が帰って来たと思ったら他の男と仲良くしていれば腹も立つだろう。
今、まさに皇子の花嫁候補の話しを持参した大神官が皇子と二人で話している。この話しは極秘事項でありジーク達も入室せず扉の外で警護している状態だ。
「皇子!聞いておいでですか?この三人の中からお選び下さい。選んで頂くという時間さえ惜しいのですが陛下の強いご意向ですから我らも否とは申せません」
「勿体つけて言うな!どうせその三人の順番だけ決めるだけだろう?一番目か二番目かとな。馬鹿馬鹿しい!」
「・・・私はベルツ家のエルナ嬢をお勧めいたしますぞ」
「はっ!気の触れた娘まで引っ張り出さなければならないなんてな!」
「エルナ嬢は気など触れておりませんぞ!少しばかり奔放なだけで魅力的でございましょう?温室咲きの花より良いかもしれませんぞ」
「嫌だ・・・」
「何と仰いましたか?」
「嫌だと言ったんだ!私は結婚しない!」
「お、お皇子!お戯れを・・・そのような事は許されませんぞ!」
「嫌なものは嫌だが・・・そうだ・・・クレール、クレール伯爵の娘なら考えても良い。ジークの双子の姉だ」
「クレール伯爵?あの護衛官の?伯爵家に妙齢の娘?」
大神官の記憶には無かった。無いと言う事は娘がいると言う事実が無いのか、皇子の花嫁候補として上がらない血筋かのどちらかだ。いずれにしても大神官はその気になりつつある皇子の為にクレール家を調べに行ったのだった。
焦った顔をして出て行った大神官とは反対に上機嫌の皇子はジークを見るなり弾むような声で話しかけて来た。
「ジーク、今に驚くようなことがある。楽しみにしているんだな」
「何がでございますか?」
ローラントは答えず、ただ嬉しそうに微笑んだだけだった。以前のローラントはジークの双子の姉がジークと似ていたから気になったと気持ちをすり替えていた。しかし今度はその姉が気になるからジークを意識してしまったと思い直していた。だから恋にも似たこの感情をジークに抱いているのは気のせいであって、あの夜見たシャルロッテにこの感情を抱いていると思っている最中だ。
そしてこの数日は不気味な程に皇子の機嫌が良かった。そこに再び陰気な顔をした大神官が来ると二人で部屋に閉じ篭もってしまったのだった。
「どうしたダマー?クレール家に娘がいただろう?それで査定はどうだった?」
「―――はい。妙齢の娘は居りました・・・」
「そうだろう。それで血筋の問題は?貴族なのだから少しは皇族の血も入っているだろう。問題は無い筈だ。ダマー?どした?何か問題でもあるのか?」
ローラントは浮かれていたが様子の可笑しい大神官に気が付いた。
「・・・二人でございます」
「何?何が二人?」
「娘は二人です!双子のシャルロッテ嬢とジークリンデ嬢!クレール家は双子の姉妹です!」
「なっ!双子の姉妹?ジークは双子の姉と言っていた・・・ジーク?まさか・・・ジークリンデ?そんな馬鹿なことがあるものか!ジークが女だって?冗談でももっと上手な嘘を言え。馬鹿らしい」
「いいえ。冗談でも嘘でもございません。正真正銘、あの護衛官はジークリンデと言う伯爵令嬢です」
「アルベルトは幼馴染と言っていた・・・奴が知らない訳が・・・」
ローラントは勢い良く扉に向い開け放った。
「アルベルト!来い!」
突然扉が開いたと思ったらアルベルトは皇子の物凄い勢いに、ぎょっとした。そして引き摺り込まれるように部屋の中へと連れ込まれた。
「アルベルト!正直に答えろ!ジークは男か?それとも女か?どっちだ!」
(バレた!)




