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家族の愛

「何故お前からそのような指図を受けなければならない?」

 ジークでも駄目かとアルベルトは心の中で落胆した。彼女は早速、皇帝陛下への見舞いを進言した結果、皇子の不興を買ってしまった。しかしジークはそれを気にした様子では無かった。

「指図した訳ではございませんが、医師の診立てより陛下の具合が思わしくない様子ですからご心配かと思いましたので申しただけです」

 ローラントはジークにこういう言い方をされると行かないとは言えなくなった。行かないと言えば親の心配もしない非情なものだとジークに思われたく無いとつい思ってしまった。只の護衛官からどう思われようと関係無いと・・・思うのに。


(違った・・・只の護衛官では無かった・・・友だったな・・・)


 ローラントは何故か少し違和感のある自分とジークの間柄を心の中で言いなおした。それに心配していない訳では無い。しかし本当に行きたく無いのだ。皇帝の周りにいる者達はローラントを敵視した感じで見る。その癖、言葉は歯の浮くような台詞を並べ称えるのだ。それを聞けば聞く程、馬鹿にされているとしか思えない。誰もが平伏しつつ舌を出しているのが分かるのだ。

「皇子が顔をお見せすると陛下もきっとお喜びになられるでしょう。家族が元気つけるのが一番の特効薬ですし」

 ジークは言葉の選択を間違ったようだった。解れかけていた皇子の顔が、すっと冷めてしまったのだ。家族という言葉は禁句のようだった―――

「父上を心配する子供達は沢山いる――私一人行かなくてもいいだろう。彼らとの方が父上も気持ちが安らぐに違いない―――」

 悲しい言葉だった。ローラントは皇帝である父親から苦手とされていることを自覚しているのだ。最初のつまずきはあっても愛情溢れる家族の中で育ったジークはそれがとても切なかった。胸の奥で何かがふくらんで来るのを感じた・・・しかし今はこのすれ違っている親子の関係修復が大きな課題だ。

「―――では、皇后陛下のお見舞いに参りましょう」

「母上?母上がどうかしたのか?ご病気なのか?」

 ローラントは自分から聞くことは無いから知らないのだ。そして誰も皇子に話しかけることも無い。

「いいえ。ご病気ではございません。あの日以来、陛下のご看病をされているそうですからお疲れかと思いまして・・・それこそ皇子だけの母上様ですから元気つけられては如何ですか?」

 母ヘレーナの居る場所は看病中の皇帝の側だ。ローラントは何だか騙されたような気分だったが、それは承知してしまった。


(どうせ行っても見舞い人が後を絶たずにいるだろう。母上にだけ会ってくればいい)


 ローラントはそう自分に言い聞かせながら向った。ところが予想外に皇帝の私室はもちろん控え室にも誰一人居なかったのだ。重病なら分かるが命に関わるものでは無かったら人の出入りはある筈だ。

「此処に見舞い人は誰も居ないようだが今誰か寝室にでも居るのか?」

 取り次ぎを頼んだ侍従にローラントは尋ねた。

「いいえ。お見舞いの方は全てお断りしておりますのでいらっしゃいません」

「断る?皆か?では私も?」

「見舞いの方は全てお断りしておりますが、ローラント皇子だけはお通しするようにと陛下からは言われております」

「私だけ?弟妹達は?」

「皆様お断りしております。どうぞ、こちらへ。護衛の方もご一緒に」

 侍従の意外な言葉の意味を考えながらローラントは進んだ。その後ろにジーク達が付き添った。皇帝の寝室に入るのに護衛官はいらないと思うだろうが皇族の最高位が揃う時は妖魔の心配があるのだ。奴らの嗅覚は侮れない。

 病人が居るとは思えない意外と明るい寝室に三人は入って行った。最初に目に入ったのは儚く美しい女性だった。

「ローラント」

 振向いた美しい人は嬉しそうに皇子の名を呼んだ。ローラントの母であり冥の花嫁だったヘレーナだ。

「母上、お久し振りです。お疲れではございませんか?」

 ローラントの穏やかな優しい口調にジークは驚いてしまった。


(口を開けば棘だらけなのにこんな話し方も出来るのか・・・)


 ジークは何だか悔しくなってしまった。理由は分からない――でも何となく悔しいのだ。

「ローラント、見舞いに来てくれたのか?」

 元気そうな皇帝の声が寝台の上からした。半身起き上がった状態で顔色も良い感じだ。

 ローラントは近くまで寄って行った。

「父上、お元気そうですね。容態が思わしくないと聞いて心配しておりましたが・・・」

「う、うん・・・まあ・・・」

 皇帝は歯切れの悪い返事をした。横で母ヘレーナが珍しく愉快そうに、くすくす笑っていた。

「母上?」

「マルクはもう何ともないのよ。甘えているだけかしら?」

「ヘレーナ、甘えているとは聞き捨てならないな」

「さあ、どうでしょう?ローラントが来るまで此処にいるって言われたでしょう?駄々を捏ねる子供のようですもの」

 ローラントは二人の会話を唖然と聞いていた。母親が父を名前で呼ぶのも初めてだし、こんなに打ち解けて話しているのも初めて見たのだ。しかも自分が来るまで仮病を使っていた意味は?

「・・・私が来るのを待っていたとはどういうことですか?それに他の・・・他の弟妹達と会わなかった理由は?」


「ローラント・・・余は今になって後悔したのだよ。毒を盛られ自分は死ぬのだと思った―――その時、心に浮んだのは誰だったと思う?誰でも無い・・・ヘレーナとローラント・・・お前達二人だけだった。こんな時こそ誤魔化していても本心が出てしまうのだと自分自身を嗤ってしまった。賢帝だとか慈悲深い名君だとか言われても本当の余は醜い利己主義者―――幾人の妃を娶っても何人子を成してもそれらを自分の妻とも子とも思っていない。本当に酷い夫であり父親だと思う。そう・・余は国に飼われた家畜のようなものだ。血が絶えぬようにと意に沿わなくても国家の為に身を捧げる・・・」

「マルク・・・」

 ヘレーナが寝台に腰掛けて慰めるように夫に寄り添った。その彼女の頭を優しく撫でながら皇帝は続けた。

「本当に愛したのはヘレーナだけだ。そしてその結果誕生したローラント、お前だけが余の愛し子と思っていた・・・もう嘘はつけない・・・」

 ローラントは信じられないと首を振った。


「なら・・・なら何故、母上を捨て置かれたのですか!何故、私を見ない振りをしたのですか!何故!」


 ローラントの問いは当然のことだろう。

「マルクを責めないで・・・私が悪かったのよ。私が身体を壊したから」

「違う!お前のせいでは無い!余が・・・余がもっと重臣達の意見を強く退けていればよかったのだ・・・全て余の弱さが招いたことだ」

「いいえ。貴方は皇帝としての義務を全うしただけよ。それにローラント、お父様は言われた・・・自分は皇帝としての責任がある。顔も知らない定められた女性をこの腕に何人抱いても心は私だけを想っていると・・・でも・・・私はそれを静観出来るほど心は強くなかった・・・マルクの愛を疑うことは無くてもつらくて目を背けてしまった」

「同じく余もな・・・心はヘレーナを想っていても他の妃を侍らせる自分を彼女に見られたく無かった・・・だからいつの間にか避けてしまっていた」


 お互いに心を通わせながらその想いの深さゆえに現実に苦しみ、月日が瞬く間に過ぎ去ったようなものだった。背中を向け合ったままの状態は二人にとって短くて長い・・・長くて短い月日だっただろう。しかしそれが先日の事件で一変したのだ。

「マルクが倒れたと聞いて私は目の前が真っ白になってしまった。何故、今まで側にいなかったのだろうと酷く後悔したわ。私は子が産めなくてもマルクの隣に立つ事を許された皇后なのに何をしていたのだろうと自分自身に腹が立った。他の妃など蹴散らせば良かったのよ。大切な人と過ごす時間をなんて無駄にしたのだろうと後悔したわ。私は本当に馬鹿だったと気が付いたのよ」

「ヘレーナ・・・余も同じだ」

 ローラントは両親から有りのままの告白を聞いても信じられなかった。言葉を無くしたままの息子に母は目を背けながら告白を続けた。

「ローラント、あなたには申し訳なかったと思っているわ・・・マルクへの想いばかりに沈んでいたから周りの者達が教育と言ってあなたを連れ去っても抵抗する気力も無かった。私は冥の花嫁と言う運命を悲しみ呪い、その同じ運命をあなたに与えてしまった・・・忌まわしい冥神の血・・・」

 ローラントは構って貰わなくても母の愛を信じていた。しかしこの告白を聞けば母は自分の運命を呪い、その血を受け継いだ我が子も同じく厭わしく思っていたのだろうか?と思ってしまった。

「母上は私を――」

 産んだのを後悔しているのかと聞きたかったが言葉が出なかった。唯一、自分を理解してくれていると信じていた母親から拒絶されていたとは認めたくない。足元がバラバラと崩れる感覚が襲って来るようだった。その時、凛とした声が響き渡った。


「皇后陛下、お許し無く失礼とは存じますが一言申し上げます」


 目立たず控えていたジークが一歩進み出て来たのだ。今まで気にも留めていなかった護衛官に皇帝も皇后も注目した。ローラントは親子の会話にいきなり割り込んで来たジークに驚いて振向いた。帝国最高位の三人に注目されたジークだったが臆せずいつもの様に無表情で淡々と喋り出した。

「皇后陛下に申し上げます。貴女様が選択された結果は悲運だったかもしれませんがそれを冥神の血のせいにされるのはどうかと思います。ですから冥神の血を忌まわしいものだと仰せられた事を取り消して頂きたい」

 誰もが息を呑んだ。しかし皇帝が直ぐに反応し声を張り上げた。


「何の関係の無いお前がヘレーナに意見するのは許さん!無礼であろう!」


 ジークが柔和な皇帝の勘気に触れたのは明らかだった。それこそ滅多に怒らない皇帝が顔色を変えて激怒したのだ。その場で手打ちされそうな勢いだった。

「父上!申し訳ございません。この者は皇城に来て間も無く何事も疎く分かってないのです!私からきつく叱るので今回は許して下さい」

 ローラントは思わず慌ててそう言っていた。言った本人もだが怒っていた皇帝もローラントが庇った事に驚いた。

「ローラント・・・そなた・・」

「ジーク!お前はもういい!下がれ!」

 ローラントは気不味そうに少し顔を赤くしながら扉を指して言った。しかしジークは聞かなかった。更に一歩進んで来たのだ。アルベルトも不味いと思いジークの腕を引っ張って止めようとしたがあっさりと払われてしまった。


「ジ、ジーク、止めるんだ。相手は皇帝陛下だぞ」


 アルベルトは皇子にも自分の意見を堂々と言う彼女にそんな称号が通じるとは思わなかったがもう一度引き止めて言った。

「皇帝陛下だろうと関係無い。私はローラント皇子に仕える者。だから無礼を承知で申し上げております。冥神の血を厭えばそれを受け継がれた皇子を厭うのですか?そう仰せられたとしか思えません。それで無くても皇子はご自分に流れる冥神の血を嫌っておいでです。ご自分でそう言われても他人から・・・まして実の母親からそう言われれば傷付きます。ですからこれ以上皇子を傷付けるような言動は止めて頂きたいのです」

「ジーク・・・お前・・・」

 ローラントは崩れる足元から落ちて行くだけと思っていると上からジークが手を差し伸べて引き上げてくれたように感じた。相変わらず飾らない率直な言葉に胸が熱くなってしまう。冥神の血を嫌っている自分。しかし同じ気持ちの母親からその血ゆえ嫌われていたのかと思うと何もかもが虚しく感じ始めていた。ジークが以前ローラントの頬を叩いて言った言葉を思い出した。宿命で受け継がれた冥神の血は自分の一部なのだから否定するのでは無く受け入れろと言った。そして母ヘレーナに言った言葉―――選択した結果を血のせいにするな。


(選択・・・宿命を背負っていても数ある運命の道を選ぶのは自分?)


 母は重臣達の圧力に負けて・・・まだ年若かった父もそれに負けて選択を誤った。二人が手を取り合い拒絶する道もあった筈だ。

「皇后陛下、貴女様が皇子を嫌っていらっしゃるとは思いません。ですから誤解するような言い回しで無く言葉や態度で愛情を示して下さいませんでしょうか。私事でございますが、私は幼い頃両親から嫌われていると思っていました。私と姉が双子で生まれ母が身体を壊しました。それから乳母に預けられたままになったのですが、それが酷い乳母で、事あるごとに折檻されました・・・乳母はその時いつも言いました。父や母は私達が嫌いだと・・・だからお仕置きするのは許されていると・・・雪の降る寒い日に下着姿のまま納戸に閉じ込められた事もありました。泣いたら折檻されるので泣きませんでした。千切れるように痛く冷たくなった手足を擦り合わせていたこともあります。どうして?なぜ?と思いながら・・・もちろん全て嘘でしたがこれ以上嫌われて酷い目にあいたくないと自分達も母達に懐かなくなり、母達も私達の態度に戸惑ったのか疎遠になりました。何年か後に兄達が乳母の所業に気が付いて助けてくれましたが、それでも生まれた時から刷り込まれた思いはそうそう消えません。私は父も母も本当は自分を嫌っていると思っていたのです。でも母が泣きながら私を抱きしめてくれた時、乳母が言っていたことは全部嘘だったのだと分かったのです・・・黙っていても気持ちは伝わらないと思います。皇子を愛していらっしゃるのなら皇子がそう感じるようにして下さい。そうで無いのなら・・・もう二度と・・・二度と皇子と会わないで下さい」


 ジークの暴言ともとれるその言葉に皆が再び息を呑んだ。自分の体験談を聞かせ、それを諭すぐらいならまだいいが皇子に会うなと言うのは言い過ぎだ。そんな事を言う立場でも無ければ権利も何も無いのだ。ジークは只の護衛官だ―――

 しかし今度は誰も何も言わない。しんと静まり返っているだけだった。沈黙の後、ヘレーナがローラントに駆け寄り抱きしめた。

「―――ローラント、ごめんなさい。言われるまで分からなかったなんて・・・自分のことばかり考えて本当に母親失格だわ。私はあなたを厭わしいとも産まなければ良かったとも思っていないわ。自分が弱かっただけなのに冥神の血のせいにしていた私が愚かだった。私を許してちょうだいローラント。たった一人の私の子・・・愛しているわ」

「母上・・・」

 ローラントはすがりつくように飛び込んで来た華奢な母親を抱きしめた。その二人の抱擁を見守っていたジークだったが、ほっと息をつき元いた場所へ退いた。それを微笑んで迎えてくれたのはアルベルトだ。ジークの肩を、ぽんぽんと叩き軽く抱き寄せた。何となくそうしたい気分だったのだ。彼女の語らなかった過去を聞きジークの表情が乏しい訳が少し分かったような気がした。

「ジーク、頑張ったな・・・」

 色んな意味を込めてアルベルトが言うとジークが少し微笑んだ。アルベルトの鼓動が一気に跳ね上がった。


「そこ!何している!」


 不意を衝かれた皇子の大声にアルベルトが飛び上がってジークから手を離した。母子の感動の抱擁をいつの間にか解いた皇子が、いつもの様に不機嫌な顔をしてジーク達を睨んでいる。

 何をしているかと問われてどう答えていいのかとアルベルトは焦った。無意識の行動だし下心があった訳では無いが何となく悪い事をしたような気分だ。しかも何故皇子が怒っているのか訳が分からない。むっとした皇子がジークの手を引っ張りアルベルトから引き離した。

「皇子、何を怒られているのですか?」

 当然の問いをするジークをローラントは、じろりと睨んだ。ローラント自身も何故だか分かっていない。ふと気が付けばアルベルトがジークを抱き寄せているのが目に入り、思わず怒鳴ったのだ。いずれにしてもその奇妙な皇子の態度に皇帝の側に戻ったヘレーナは夫と顔を見合わせた。そして皇帝がヘレーナに耳打ちした。

「あの者は確か・・・剣術大会の優勝者でローラントの護衛官に任命したものだが・・・ローラントのあの感じは・・・まさかと思うが・・・」

「近衛兵は容姿端麗なものが多いですけれど・・・確かに群を抜いて綺麗な子ですね。背は高くてもまだ身体が出来ていないから他の殿方より随分華奢だし・・・」

「うむ。あれなら男でも違和感ないかもしれない・・・胸が無いだけで」

「そ、それは・・・あの・・・まさか・・・ローラントが?」

「女遊びが激しいとダマーが嘆いていたがまさかそれに飽きて男に?」

 二人は沈黙してしまいローラントを見た。仲が良さそうな護衛官同士にローラントが嫉妬しているとしか見えなかった。

「これは由々しき問題だ。早急にダマーと相談しなければ・・・」

 ローラントでさえも気が付いていない心の動きを悟った皇帝は帝国の危機と思ったようだった。


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