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剣術大会

「盟約の花嫁」新シリーズです。物語はデュルラー帝国の長い歴史の1ページという感じで過去編となってます。今回は男装の美剣士と、表題の通りの冥の花嫁を母に持つ純度の高い(笑)皇子との物語です。今までの私好みに特化したものとは少し違っているのに、何故か本編より長くなっています。もちろん大好きな王道パターンは各所に散りばめていますので気に入って頂けたら幸いです。

 世界を無に変えてしまう邪悪な存在〈虚無の王〉と対抗するために天界・冥界は人界と盟約を結んだ。天界と冥界はそれぞれの力を凝縮した聖剣を創り、生命力に溢れ何よりも各界に無い強靭な心と活力を持つ人間にそれらを与えた。

 しかし力なき人間は異界の巨大な力を使いこなす事が出来なかった。だがその聖剣に相応しい者を創り出す為に、天界と冥界より花嫁を迎えて婚姻を結び、力に見合う胎児を誕生させたのだ。後にこの二人は成長し〈虚無の王〉を滅ぼすまでには至らなかったものの、人界の土地に封印し世界を救ったのだった。そして光の聖剣を擁する者はオラール王国を建国。闇の聖剣を擁する者はデュルラー帝国を建国し、〈虚無の王〉を封印した土地を〈沈黙の地〉と呼び両国はこの土地を盟約に従って守っているのだ。天界と冥界はこの〈虚無の王〉を封印する力を与える血脈の維持の為、彼らの一族へ同胞の花嫁を送り出す…これより盟約に記された花嫁は歴史の中に度々現れる事となる―――


 私は小さな頃、どうして女の子は男の子のように外で遊んだらいけないと言われるのか納得出来なかった。外で駆け回っている自分とは違うと言われる種類の兄達がキラキラ輝いて見えた。その反対に屋敷の中を見れば自分とそっくりな双子の姉シャルロッテは大人しく人形遊びをしている。人形が嫌いな訳では無い。きれいなドレスを着せたり脱がしたり髪を編んだりお喋りしたり・・・でも何か違うと思った。


(たいくつ?)


 大人言葉で言うとそういう表現。でもあの日、私は見つけた!

「ジークリンデ、何を笑っているんだい?」

 滅多に微笑まない妹を珍しく思ったエドガーが声をかけた。

「昔を思い出していました―――兄上、ジークリンデは禁句です。誰が聞いているか分かりません。ジークと呼んでください」

「あっ、そうだった!でも本当に助かるよ。僕もこんな怪我しなければね」

 エドガーが包帯をまいた利き手をひらひらさせた。

「怪我をして良かった――の間違えではありませんか?」

「うう・・・そう言われると返答に困るけど。正直そうだね。でも本当に大丈夫?」

「私も実力を試したいと思っていましたから丁度いいです」

「確かにねぇ~僕じゃ相手にならないし兄上は問題外。一番筋が良かったのが妹とは・・・情けない兄さん達だね。でも、まぁ~どこから見ても女の子には見えないと言うのもどうかと思うけど・・・」


 エドガーが溜息をつきながら見る妹は女の子にしては背が高い。並の男達と並んでも遜色なく鍛錬されたしなやかな身体をしていた。容貌は整っていても女の子特有の甘さは無く怜悧な眼差しは凛々しい。この時代、男も長髪は多いが女性と違って色々髪形を凝らないのが普通だ。ジークリンデの長い髪は結い上げることなく襟足できっちりと結んで背中に流している。そして何と言ってもドレス姿では無く男装・・・剣士の格好をしていた。胸のふくらみは布できつく巻いた状態で動き易い短めの上着を着て、脚はぴったりとした皮のホーズを付け長いブーツを履いている。その姿はどこから見ても妙齢の女子には見えないだろう。同じ年なら女性の方が早熟しているとは言っても凛々しい青年剣士にしか見えない。


 二人が声をひそめて話している場所は年に一度開催される御前試合の会場だ。大きな剣術大会は年に数回あるがその中でも今回は皇帝主催の一番権威ある大会だった。予選では平民の一般部門から勝ちあがった者達と貴族からは希望者が名を連ねる。予選から来た者は当然ながら強いが貴族達もある程度腕に自信のある者達が出場して来る。出場するだけでも自分の名が上がり成績が良ければ皇帝に目をかけて貰えるまたと無い機会だ。


 エドガーは出場する予定だったが、皇帝に・・・という目的では無かった。父親クレール伯爵の命令で仕方なくの出場だ。父親としては息子には皆が憧れる軍に在籍して欲しいと願っていた。妖魔を駆逐する軍隊はもちろん危険だが英雄でもあった。しかも近衛兵ともなれば帝国の要を直接警護する重要な役職だ。貴族であれば一度は夢見るものだった。クレール伯は自分が出来なかった夢を息子達に託そうとしていた。

 しかしクレール家の長男は頭脳明晰だが剣術は全く駄目だった。そこで次男のエドガーに期待がかかったのだ。そこで出たくない大会にまで出場する羽目になってしまった。父親が公の場所で息子が出ると自慢して回ったものだから欠場も出来ない。だから怪我をしたエドガーの代わりにジークリンデが出場するという話しになっているようだ。


「ようするにクレール家の息子が出れば誰だろうと関係ないのでしょう?」

「まぁね・・・ジークの言う通りだけど・・・」

「兄上では無く弟のジークが出た。それで父上の面目も立つでしょう」

「そうだね・・・今や君を妹だと思っているのは誰もいないだろうけどね」

「ジークリンデと呼ぶのは兄上、貴方だけです」

「・・・確かにね」

 ジークリンデ・・・可愛らしい妹は何処に行ってしまったのか?同じ顔をしたシャルロッテはどこから見ても女の子だ。ある日、可愛い妹が男の子になると宣言して今に至っている。初め怒っていた父も卒倒した母も今やジークリンデが女の子だと忘れているかもしれないとエドガーは思った。剣は誰よりも強く凛々しい・・・・


(これも全てあいつせいだ!)


「兄上?何を怒っているのです?」

 急に険しい表情になった兄に気が付いたジークが訊ねた。

「ライナーは出るのかなと思ったんだよ」

「出ないでしょう。出たら勝敗が分かりすぎて面白くありませんし、それに相手不足です」

「どうだか、逃げているだけかも?」

 ジークが毒付く兄を冷たく睨んだ。

「兄上、ライナーの剣は誰にも負けません。私の目標でもあり憧れです。悪口はお慎み下さい」

 エドガーは肩をすくめた。昔から母方の従兄ライナーの剣技にジークリンデは首っ丈だ。


(あの日からだったよな・・・)


 あの運命の日、お祭り騒ぎのこの御前試合を家族揃って見物に来ていた。可愛らしい双子の妹達の手を引いて見た試合にライナー・ベルツが初出場していた。ベルツ伯爵家は代々軍人を輩出する名門貴族でその嫡男は注目の的だった。そしてその期待通りに最年少優勝を飾ったのだ。その剣は鋭く華麗、岩をも切り裂くように重く蝶が舞うように軽やかな剣さばきに誰もが目を奪われた。

 そしてそれから十数年、帝国一の剣士の名を冠したまま現在は若いながら皇帝付きの近衛隊長だ。次は最年少元帥になるだろうとも噂されている。その試合で幼心に衝撃を受けたジークリンデが剣術に目覚めてしまったのだ。しかも最近では近衛隊に入隊したいとまで言い始めていた。


(幼馴染のアルベルトが入隊して一年。遊び相手が忙しくなってそろそろ退屈してきたからかもしれないけどね・・・女の子は流石には入れないよ・・・)


「そういえばアルベルトはローラント皇子の護衛官になったそうだね。剣も君と互角だったけど出世したね」

「・・・・・兄上、訂正して下さい。アルベルトより私の方が優っています。彼には十本に一本しか負けない」

「え?そうなんだ。ますます腕を上げたんだね。驚いたよ」

 エドガーは本当に驚いた。多分負ける一本は最後だけだろうと思った。男と女の体力の差だろう。身体つくりも頑張ってしている様子だが所詮身体のつくりが違うからこればかりはどうしようも無い。

「じゃあ、本当に練習相手もままならないね。ライナーも忙しいからたまにしか来ないし・・・」


 普段から男の格好しかしないジークリンデだったが、もし女だと分かると世間体が悪いと父親から言われ、偶然知り合ってしまったアルベルト以外の他人と殆ど接触していないのだ。だからクレール家の双子の性別は世間に知られていない。兄弟姉妹の多い貴族社会で重要で無いのも幸いしているようだ。

「だから入隊したいと言ったのに・・・父上が反対するから・・・」

 それは当然するだろうとエドガーは言いたかった。段々人が集まって来る中で迂闊な事は言えない。今では三人目の息子のようだと言っても本当は女なのだから女人禁制という法が無くても男ばかりの軍に入隊させるなど親ならしないだろう。


「ま、まぁ~それは駄目だろうけれど今回は気晴らしになるだろう?思いっ切り強い相手と剣を交えることが出来るんだからね」

 エドガーは明るくそう言って凛々しい妹を見た。意気揚々としてほのかに嬉しそうだ。昔からこの妹は少し訳ありで表情が乏しく冷静沈着だ。可愛げが無いといえばそれまでだが、たまに笑ってくれると兄としては嬉しくて仕方がなかった。もっと、もっと微笑んで貰おうと思ってついつい甘やかしてしまう。これは堅物の長兄も同じだろう。だからこんな身代わり提案も考えついてしまった。怪我はもちろん嘘だった。


(父上、許して下さい!僕はジークリンデの嬉しそうな顔が見たかったんだ)


 エドガーは観覧席で自分の出番を待っている父に向って心の中で謝った。そして開幕直後にジークの試合が始まった。

 〝ジーク・クレール〟と言う呼び出しの声に驚いたのは両親を初め幼馴染のアルベルトにライナーも目を見張った。彼らは皇族が出席するこの試合に同席しているのだ。まさかと思って見ればクレール家の紋章を肩に付けた人物は当然エドガーではなくジークリンデだ。

 母親は卒倒したが流石に父親は驚愕を隠し通した。試合の合図に何合も打ち合う間も無くジークリンデが勝利した。そしてその次も軽々と勝利し、更に優勝候補さえも負かした時には、すらりとした美剣士に会場の人気は独り占め状態となった。そうなれば流石に皇帝の目に止まった。


「ライナー、そなたが最初に出て来た試合を思い出すな。あの者、なかなか・・・どこの者であろう」

 問われた帝国一の剣士ライナー・ベルツは答えに窮した。まさかあれは自分の従妹ですとは言えない。貴族の娘が男装して剣術試合に出ているとは口が裂けても言えないだろう。言ったら最後、クレール伯爵家は嗤われジークリンデはもとよりその姉シャルロッテの嫁ぎ先まで失いかねない。遊び半分で剣術の稽古をつけていたが本当に筋が良く男だったら・・・と何度も思ったとしてもジークリンデは女だ。しかしこうなったら後には引けない。


「・・・あれはジーク・クレール。私のいとこです」

「クレール?クレール伯爵か?どうりでそなたに剣筋が似ていると思った。あのような者がまだいたとは・・・やはりこういった催しは楽しい」

 皇帝は若い才能を見出し機嫌が良かった。ライナーは気がきでは無い。


(まさかこのまま優勝してしまわないだろうな・・・)


 これ以上目立てばどうなるか・・・ライナーにはそれが恐ろしかった。しかし他の出場者を見てもジークリンデに敵うような腕の者はいない感じだ。ライナーは彼女の剣の腕前を熟知しているから尚更そう思った。


 そして・・・決勝戦―――


 ジークリンデの身軽な動きに翻弄される巨漢の男は彼女に一太刀も交えられなかった。力では敵わないと十分分かっているジークは剣で受け流すことさえしなかった。受けたら最後、ジークの細身の剣は折れ、指が痺れて柄を握ることさえ出来なくなるだろうと分かっていたのだ。そして攻防の結果、対戦相手の剣が高々と空へ飛び、ジークリンデの細身の剣は相手の首元にピタリと止まり勝負が決まった。

 一瞬場内はしんと静まり返り、そして地響きのような歓声が沸き起こった。流石に負けるだろうと思った細身の剣士がまさか勝利するとは思わなかったのだ。しかも男にしておくには惜しいような美形だ。女性の歓声がひと際高いのは当然だろう。


「これは一興!ライナー、そなたの従弟は。素晴らしい!」

「はっ、恐れ入ります」

 ライナーは皇帝の賛辞に頭を垂れながら胸中は穏やかでは無かった。皇帝の次の言葉が予想されるからだ。

「あの者を近衛隊に加えローラントの護衛官に任じよ」

「・・・はい。承知しました・・・」

 やはりとライナーは思った。もちろん優秀な人材を発掘する為の催しでもあるのだから当然と言えば当然だろう。しかし・・・今更、ジークは女です、とも言えない。男だと嘘を言った訳では無いとしても後味は悪い。


(こうなったら男として暫くは通して貰うしかないな・・・)


 頃合を見計らって、何とか理由をつけて退役したらいいだろうとライナーは考えた。思えばジークリンデは女だと言うのが問題なだけで真面目な性格はもちろん頭も良く剣の腕を見ても優秀な人材だろう。質を問われる近衛隊には欲しいものだ。


(ローラント皇子にか・・・ジークが良い刺激になるかもな・・・)


 同じく唖然と試合を見ていたのはジークリンデの幼馴染アルベルト・ランセルだ。侯爵家の嫡男でジークリンデが男では無いと知っている数少ない一人だろう。初めは弟が出来たような感覚だったがジークが女の子だと知って驚いた。それでも幼いころからずっと男の子の格好でそう振舞うジークが女だったと思い出す方が難しい感じだ。アルベルトにとってジークが女だろうと男だろうと性別は問題ではなく、ちょっと年下の良い友人だった。しかし流石に公の場に出るのは不味いだろう。


「また勝った・・・細いのに頑張る。だがもう流石に駄目だろう」

 デュルラー帝国の継承者ローラント皇子は大きな欠伸をしながら頬杖をついている。冥の花嫁だった母を持つ彼は帝国が長年待ち望んだ皇子だ。皇家主催で皇帝臨席の場に皇子が同席しなければならないとは言っても剣術に興味のないローラントは退屈で仕方が無いのだろう。それでもジークリンデの快勝に興味を覚えたのか嫌々ながらも観戦を続けているようだった。

 そして見事にジークリンデが優勝した。

「・・・意外とやる。しかし相手が弱すぎたのだろう。そう思うだろう?アルベルト」


 ローラントは後ろに控えるアルベルトに同意を求めた。彼は護衛官だから常に皇子と同行している。皇子付きの護衛官は何人もいるが年が近いせいかローラントは特にアルベルトを気に入って片時も離さない感じだった。

 そのアルベルトは皇子の言葉に、むっとした。ジークの剣の腕は練習相手をずっとしてきた自分が良く知っている。最近は護衛官を拝命して忙しく、それに付き合ってはいないが彼女は本当に素晴らしい剣士だ。

「皇子、お言葉ですがジークは本当に強いです」

「ジーク?もしかして知り合いか?」

「はい・・・友人です」

 アルベルトは詳しく触れずにそう答えただけにした。そして皇帝がジークを皇子の護衛官にと決めるとローラントを呼んだ。


「はい、父上、何か?」

「ローラントそなたに良い話だ。あの者をそなたの護衛官に決めた」

「私のですか?」

「なんだ?不満そうだな。優勝者だからいいであろう」

「どうせならライナーが良い」

「ライナーは余の護衛官だ。そなた専属にすれば降格になるではないか。それは帝国一の剣士に似つかわしくない。そうだろうライナー?」

「私はご命令とあればどなたにでもお仕え致します。しかしながらジークは私の一番弟子。腕は保障致します」

「ライナーもあの子の知り合いか?」

「私の叔母の子にございます」

「―――アルベルトやライナーの保障付きで優勝者となれば反対する理由なんか無い。優秀な護衛官が増えたのを喜びましょう」


 会話を聞いていたアルベルトは仰天していた。驚いた表情のまま上司でもあるライナーを見ると彼は黙っていろと言うような視線を返してきた。


(じょ、冗談じゃない!ジークは・・・)


 女の子だとアルベルトは言いたかったが果たして本当にそうだっただろうか?と自信が無くなってきた。子供の頃は川で一緒に裸になって水遊びをしたような?しなかったような??


(ジークって女だったよな?たぶん?)


 アルベルトの胸の内をジークの兄エドガーが聞いたら憤怒するだろう。ジークは間違えなくジークリンデという女性だ。この先どうなってしまうのか?アルベルトは憂鬱になりそうだった。


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