プライドが邪魔する恋 9
六本木はすぐには答えなかった。少しためらっているみたいだ。
背中から見る六本木の横顔は、やっぱりそばかすだらけだけど、まっすぐ前を見る目がなんだか格好良かった。
考えたら、六本木が勘づいたり、自転車で駆け付けたり、携帯をつけたりしなきゃ、私、今頃ただじゃ済まなかったんだ。それに、彼は先生や亮太みたいに武道が出来るわけでもないし、部長やむっちゃんと違って、まだ一年だ。なのに、あんなに必死で……。もしかして、六本木って本当に、私の事……。
「先輩」
「ん?」
「写真、一緒にとってもらっていいですか?」
私は拍子抜けた。
「そんな事でいいの?」
「いいんです。でも今、僕、カメラ持ち合わせてないので、ちょっと寄り道していいですか?」
六本木はハンドルを切った。大きく緩いカーブを描き、地元のスーパーの駐車場に入る。そのまま六本木は外に設置されてた証明写真のボックスの前に止まった。
「あの、ここで」
六本木は少し息が切れて上気した顔で、振り返った。
私は降りながら
「なに? 写真なんて明日でもいいじゃない。ゲーセンでプリクラだってあるし」
六本木は自転車を停めながら
「ゲーセンじゃ、この時間まずいでしょうし。その、どうしても今日がいいんです」
やけに真剣な六本木。私はちょっと妙だとも思ったけど、六本木らしいか、なんて納得してしまった。
「わかった。じゃ、早くとりましょ」
ボックスの中は意外に狭い。私は早速入って、イスの調整をした。
見ると、六本木は言い出したくせに、まだ外でグズグズしている。
撮影のアナウンスの機械的な声が流れ始めた。
「何してるの。早く!」
私は六本木の腕を掴むと思いっきり引っ張った。体勢を崩し、間抜け面でな六本木。私はからかい半分でその首に腕を回した。
そこでカシャリ。
「何するんですか! まだ、心の準備が……」
抗議する六本木とそれを笑う私。
二回目カシャリ。
「アハハ。六本木。もう一回撮ろう」
そんな感じで、私達は何回か撮った。
久しぶりに心から楽しんで、カメラに映った。そんな気がした。
どれも皆面白い写真になった。
私は写真の中野私達を見て、なんだか今まで感じた事のない、ふわふわした様な、少し息苦しい様な気持ちになっていた。それでいて勝手に笑みが零れる、不思議な感覚だ。
「これで、最後にしましょう」
六本木が急に落ち着いた声になった。
私の心臓がドクンと痛む。
真顔の六本木は、私の隣りに座り、戸惑いがちに私の肩に腕を回した。
一気に私の耳まで赤くなる。
最後の写真は、二人ともなんだか真っ赤な顔の、ぎこちない物になった。
帰り道は、なんだか寂しかった。家までの道がもっと長ければいいのに。私は苦しくなる気持ちを誤魔化すように、話し続けた。
「ね、今度、写真のモデルしたげるよ」
「……いいっすね」
あまり乗り気じゃない返事に、ムッとする。
「何よ。いつもアンタが頼みに来てたんじゃない」
「嬉しいですよ」
六本木はそう言うと、自転車の速度を急に速めた。
「何よ! 危ないじゃない」
それにそんなんじゃ、すぐに家に着いちゃう。
「僕、今が一番幸せです~!」
六本木が叫んだ。私は目を丸くする。
「ばっかじゃないの! 恥ずかしいじゃない」
背中を叩く私を、六本木は大きな声で笑い飛ばした。
私は憎まれ口しか叩けなかったが、本当はすごく楽しかった。
でも、この時私は、本当の気持ちなんか、悔しくて認められなかった。気付き始めてたくせに。
六本木は私の家の前で私を下ろすと、ハッとしてポケットに手を突っ込んだ。
「これ、渡せなかった写真。妹さんに」
すっかり忘れてた。なんだ、写真って私を脅すためじゃなく、妹にだったんだ。
「渡しとく」
私は受け取ると、鞄に放りこんだ。
変な間が出来る。
私達は俯いた。沈黙が私達を見守っていた。