プライドが邪魔する恋 8
結局、七瀬のことは、通報しない代わりに、今後私には近付かない事を約束させることで一応の決着となった。
私達は呆然とする七瀬と気絶したままの男達を残し、なんだか小気味いい気持ちでマンションを後にし駐車場へ向かった。
「あ、この車」
部長とむっちゃんに抱えられた私が、駐車場でみた先生の車は、あの時に入って来た車だった。
車に乗り込むと、運転しながら、先生が経緯を説明し始めた。
まず、七瀬に疑問を持ってたむっちゃんが、私が叩き付けた名刺を持って、部長と学校に戻った。亮太に頼んで、名刺の会社を検索してもなかなかヒットしない。そこに、私を探してた六本木がコイケンを訪ねて来て、名刺の会社名にピンと来る。投稿や裏のDVDで荒稼ぎしてる噂のグループ名に似ていた。それから、そのグループの販売品を検索したら、私と同じ様な読者モデルの子のが出て来て……。
六本木が部長に撮影所を聞いて、先に自転車で、コイケンメンバーは、先生に連絡して車でそれぞれ撮影所まで駆け付けてくれていたらしい。ただし、車がついたのは私が七瀬の車に乗せられた後だったみたいだが。
「六本木の機転に感謝しろよ」
先生はそう言って、何かを六本木に投げた。
携帯だ。
「掴み合った時、あいつのポケットに、自分の携帯を入れたんです」
六本木は褒められた事に、少し照れながらそう言った。
つまり、七瀬に自分の携帯を持たせ、GPS機能で追跡してたと言うのだ。
「それでもマンションで追いつけなかったら、やばかったけどね」
部長が気遣い、私の背中をさすりながらそう言った。
メンバーは私達の後をつけ、しばらくの後に突入。
まず亮太と先生で角刈りを押さえ、六本木を先頭に私を助け出した。
今回、通報しなかったのは、私の今後を考えたのと、私と七瀬に繋がりがあり、警察沙汰にしても立件自体が難しそうだったからだそうだ。
まぁ、それでも万が一のことがあれば、すぐに警察に連絡を取るつもりではあったみたいだけど。
かなりの綱渡り状況だったのを知らされ、私は改めてゾッとした。
自分の身を抱き締める私を、むっちゃんが優しく支えてくれた。
「説教したいのはやまやまだが、話は明日だ。今日は帰って休め」
「とにかく無事で良かったな」
今回であの細身の先生が実は、合気道の有段者って判って、なんだか嬉しそうな亮太が振り返った。
私もさすがに今回ばかりは皆に素直に頭を下げた。
「ありがとう。みんな」
「じゃ、お前ら家まで送ってやる。案内しろ」
先生が馴染みのある景色の街に入った頃、そう言った。
私は凍り付く。
このままじゃ、皆に家がバレちゃう。あの貧乏アパートが私の家だって知られちゃうのだ。
でも、今は一人で外を歩きたくないし、どうしよう……。
「先生。僕と皐月先輩は撮影所で下ろして貰えませんか? 自転車そのままだし、先輩、忘れ物あるみたいで」
私は目をしばたかせ六本木を見た。たぶん、私を庇ってくれてる。
「そうか? しかし……」
渋る先生に
「先輩は、僕が責任を持って送りますから」
「先生!」
部長は少し勘違いをして、気を利かせたつもりで後押しした。先生は苦笑して
「わかった。だが、家についたら私の携帯に連絡するように」
そう行って、撮影所にハンドルを切った。
私は自転車を起こした六本木の隣りに立って、皆を見送った。
あんな事があったのに、遠足みたいに明るくて、本当、ノンキな連中だ。私はそんな仲間がいるのに嬉しくて、思わず微笑んだ。
「じゃ、行きましょうか」
六本木が自転車に跨がる。
自転車の二人乗りなんて、ダサくて今までした事がなかった。でも、今日の事に免じて乗ってやる。
「きゃっ」
思ったよりかなり不安定だ。一度倒れそうになり、私は六本木の背中にしがみついた。
「先輩、しっかり掴まっててください」
六本木が私の手をとり、自分の腰に回させる。不覚にも、一瞬ドキッとした。
「行きますよ」
自転車が私達を乗せ走り始めた。
最初こそ怖かったが、慣れてくると、意外に心地良い。夏の始まりの、少し柔らかい夜風がくすぐったい。
六本木は小さいとばかり思ってたけど、今は頼もしい背中に見えた。私はそっと、その背中に身を預けてみる。温かく、少し汗ばむその背中。甘酸っぱい気持ちが、胸の奥から自然に湧き上がって来た。
「先輩、一つお願いしていいですか?」
「なぁに?」
いつもより優しい私の声がした。