過去に縛られる恋 16
私は校庭に飛び出した。
すっかり日が落ちた空には、透明な輝きを放つ星々。そして地上では、それを焦がさんばかりに燃え上がる炎。たくさんの影がその炎が作り出す幻の様に、揺れていた。
それは学園祭っていう、日常であって、日常じゃない。当たり前の時間が少しの色をつけただけの非日常に、普段隠している気持ちの解放を許した人々の束の間の歓喜の踊り。
私はその、むせかえる様な熱気の中を駆け抜ける。
たった一つの影を、幻になってしまう前に掴まえる為に。
「……亮太」
私は肩で息をしながら、目をこらす。炎に照らされた顔の中に、彼はいない。
「亮太っ」
心の底から絞りだした声は、失うんじゃないかっていう不安に震えた。
「!」
視界の端に蝶が舞った。卯月さんの着物?
慌て視界を巡らせると、着物姿の二人が校門を出て行く姿が見えた。
私は再び走り出す。
もう、大切なものを見失わない為に。
私が追いついた時、二人は学校の前の河原に降りていた。
私は無意識に木の影に姿を隠す。
鼓動が悲鳴を上げている。
「先輩。私……やっぱり、先輩が好きです」
卯月さんの凛とした声が、冷たい秋風に乗って耳に届いた。
「……」
亮太は答えない。俯いて、何かを手に握り締めている。
「先輩! 先輩の好きな人には、もう相手がいるんでしょ?」
「……そうだな」
唸る様な声。そうだ亮太はずっと……。
悔しくて、切なくて私は唇を噛む。
「俺はずっと傍で、俺以外の人間を見ているその横顔ばかり見て来た。だから、お前の事は見てやれない」
亮太は小さく笑った。そして、掌の何かをそっと開く。
それは、小さな小箱。お姉ちゃんの婚約指輪だ。
そっか。亮太、間に合わせたんだ。
「でも! 私は……私は先輩を……」
「諦めてくれ」
「出来ません!」
卯月さんの悲痛な声が響いた。彼女は亮太に掴みかかると、うなだれて肩を震わせる。
「どうしても諦めろって言うなら、どうすれば忘れられるのか教えてください」
亮太はその小さな背中に、そっと手を添えた。
「それは俺には教えられない。俺も知りたいくらいだ」
亮太は小箱を見つめた。彼の想いの深さが苦しくて……。私は両手を胸の前で握り締めると、固く目を閉じた。
ダメだ。やっぱり言えない。こんなに強い気持ちを持つ亮太に私の気持ちなんて。
皆の顔が浮かぶけど……ごめん、私……。
何もかも、諦めかけた、その時だった。
「何よ! こんな物!」
「!?」
慌て振り返る。卯月さんの手が勢いよく払われ、小箱が暗闇に放り出されていた。
「あ!」
それは伸ばした亮太の手をすり抜け、真っ黒な川の流れに飲み込まれる。
亮太は目を見開いて、それを見つめていた。
嘘。亮太のずっとずっと大切にして、やっと形にした必死の想いが、こんな……。
卯月さんは
「……先輩が、先輩が悪いんだから!」
震える声で後ずさると、亮太のへの罪悪感を振り切るように走り去ってしまった。
一人残された亮太は、力なく膝をつき、茫然とその川の流れを見つめていた。