過去に縛られる恋 14
私は五十嵐君と亮太の劇を見に行く事になった。何か変だけど成り行きだ、仕方ない。
講堂に入ると、もう中は暗く、観客もまぁまぁ入っていた。
「一之瀬さん」
五十嵐君が私の手をひいた。思いがけず握られた手に、私は俯く。
優しいけど、しっかり引っ張ってくれる手。でも、私はそれを握り返せないでいた。
「こっち」
五十嵐君は席を見つけて、私を座らせた。だけど、手は離さない。意外に舞台から近いその席は、きっと向こうからも良く見える。
「あの……」
私が五十嵐君に声をかけかけた時だった。
講堂にベルのけたたましい音が鳴り響き、劇の開始を告げる。
私は仕方なく、五十嵐君と手を繋いだまま、照明に明るい舞台を見上げた。
演目はオリジナルの時代劇だった。内容は村を襲う盗賊を、行き掛かりの浪人が倒すってもの。劇は進んで行くけど、亮太が出て来る気配はなかった。よく考えれば演者って決まってるわけでもないし、無口で無愛想な奴のことだ、裏方なのかもしれない。
私は何だか拍子抜けと言うか、ホッとした。
途端、薄暗いのと昨夜の寝不足が急にたたりだして……。
気がつくと、船をこぎ始めていた。何だか心地良い。昼休み後の居眠りみたい。しばらくまどろんでいたい気すらしてきた。
が、そこにいきなりの大音響!
「!?」
私はイスから落ちそうになるほど跳ね起きると、辺りを見回した。
暗い。
「まだ劇の途中だよ」
五十嵐君が囁いて教えてくれる。
意外な至近距離に私は恥ずかしくなって頷く。どうやら五十嵐君の肩に寄りかかって眠っていたらしい。
「あ、あぁ。そうなんだ」
気まずさを誤魔化すように舞台の上を見上げた。
もう佳境のは……ず。
「あ」
私は思わず声をあげた。
だって、そこにいた舞台上の亮太、侍姿のまさにその人と目が合ってしまったから。
亮太はすぐに目をそらすと、演技を続けた。
「一之瀬さん?」
五十嵐君の声に、血の気がひく。待って……亮太、いつから舞台にいたの? もしかして、手、繋いでるのみた? って、それだけじゃない! 私、五十嵐君にもたれかかってた。それも、もしかして見た!?
うそ~~~!!!
私は泣き出したくなった。今すぐ、誤解があるなら、解きに行きたくなった。
でも、暗がりから見る光の中の亮太はまるで別世界の人間みたいで……今や誰よりも遠い存在だった。
私は明るくなるのを待って、講堂を飛び出した。
色々考えだしたらキリがないけど、何だか嫌だった。こんな、こんな……。
「一之瀬さん!?」
私を呼ぶ声。振り向く余裕もない。私は飛び出した廊下で、亮太を探す。
演目を終えた亮太のクラスの生徒達が出て来てた。たくさんの人込みをかきわけ、私は探す。でも、亮太はすぐには見つからなくて……。
やっと見つけた侍姿の亮太は、何人かの友達と話してた。私が呼ぶより先に、亮太が振り向く。
目が合って、ハッとした表情。私に気がついたみたい。良かった。ちゃんと話せる。そう思って私が駆け寄ろうとした時だった。
「……え」
亮太が、ゆっくり私に背を向けた。
『さよなら』
夢と同じ背中に私は立ち尽くす。
いつまでもそこにあるはずの……はずだった……当たり前の存在が今、離れてく。
「一之瀬さん? どうしたの?」
私は五十嵐君に呼ばれるまで、自分が泣いているのに気がつかなかった。