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過去に縛られる恋 13

 私は自分の許容以上の事実を目の当たりにして、なかなか理解出来ないでいた。

 お風呂に入りながら、先生の横顔を思い出す。

 両手でお湯をすくってみた。手の中の温かいお湯。先生の幸せは、いつも先生を包み温めそこにあるのが普通だった。でも……。

 私は掌を閉じる。

 その幸せを握り締めようとした時、それは指の隙間から零れ落ちたのだ。

 そこにいるのが当たり前だった存在が、永遠に遠くに去っていく。

 放課後の亮太の背中が浮かんだ。お姉ちゃんを想う亮太を見るのは、苦しかった。でも、私も恋してたら、その苦しみから少しは解放された。同じ様に片思いでいると安心できた。

- 私は何に、いや、何のために恋してたの?

 先生が私に言いたかった事が、形になりそうになる。でも、私はそれをまだ認めたくなくて……。

 空になった掌を、水面に叩き付けた。水滴は虚空に舞い、見えて来そうな答えは湯気と一緒にぼんやり浮かんで消えた。


「俺達さ、いつまでも幼馴染みのままでいられないと思うんだ」

 いつにない、真面目な顔の亮太。私はまだその言葉の指す意味が判らず、じっと彼の顔を見る。

「だから……」

 彼は、そっと近付くと優しく私を引き寄せた。彼の腕の中は広くて、私はすっぽり収まってしまう。私は込み上げる切なさに、吐息を洩らした。

「亮太……」

 おそるおそる回した手に、力をこめ様とした……時だった。不意に彼の体が離れ、間近に迫る瞳が私を覗きこんだ。

 胸の鼓動は痛みを超え、締め付けんばかりだ。

「弥生」

「りょ……」

「さよなら」

「え?」

 ぬくもりが離れていく。みると、亮太の遥か後方にはウェディングドレスのお姉ちゃん。

「俺、幸せになるから」

 言葉を無くす私を置き去りに、亮太は無慈悲な背中を向け、お姉ちゃんの手をとる。

 待って! 私まだなにも……。

 二人の並んだ背中があの放課後の卯月さんにも重なった。

 慌て手を伸ばしたけどもう届かない。

 私は力無く膝をつく。後悔だけが私の傍にいた。


「あ~! もう! そんな顔してたら、来る客も来ないじゃない!」

 お嬢がネイル作業しながらハイトーンな声を飛ばした。私は気怠く恨めしい目を向ける。

「寝不足なのよぅ」

 あんな変な夢のせいで、夜中に目が覚めて以来ろくに眠れなかった。ったく、亮太は夢まで迷惑な奴だ。きっと、昨日色々見たから……あんな。

「大丈夫?」

 メイド姿の乙女ちゃんが、顔を覗かせた。

 学園祭も半ばに差し掛かり、賑やかさはピークに達しようとしている。

 コイケンの『恋に効くネイル&フェイスペイント』はなかなかの盛況で、お客さんは途切れる事はなかったが、私はまだ体のエンジンをかけられないでいた。

 ちなみに、乙女ちゃんは陸上部の方でメイド喫茶のメイドしてたみたい。男装の凛ちゃんと、なかなかの組み合わせだ。

「大丈夫。大丈夫。もうすぐ交代だよね」

 私は作り笑いすると、時計を見上げた。

「先輩」

「ん?」

 振り向くと、着物姿の卯月さん。彼女は確か茶道部だっけ。

 何だか顔を見るだけで重い気持ちになった。

「どうしたの?」

「次のネイル代わるんで、最後の私の番と交代してもらえませんか?」

 それを聞いて、私はハッとした。たぶん彼女は、文化祭最後のイベント、キャンプファイヤー狙いだ。キャンプファイヤーで告白したら上手くいくってジンクスは、この学園の生徒なら皆知ってる。

たぶん、亮太を誘うんだろうな。

 私は塞ぎ込みそうになった。けど、私に断る理由なんて……あるはずない。

「いいけど」

「ありがとうございます」

 卯月さんは礼を言うと、さっそくお嬢と交代に行った。

 私はその弾んだ足取りに揺れる着物の蝶みたいな袖を眺めた。

「いいの?」

 誰かが私をつつく。さっきまで十津川くんと客寄せしてた、むっちゃんだった。

 私は平気を装って、むっちゃんを見上げる。

「どうして? 別にぃ」

「キャンプファイヤー狙いだよ」

「たぶんね」

 私は肩をすくめてみせた。

「……五十嵐君はいいの?」

「あ」

 忘れてた事に、自分で驚く。そういえば、学園祭までに答えを出すんだった。じゃなきゃコイケンの存続が……。

「ピンボケした事やってんじゃないわよ」

 後頭部が誰かにはたかれた。って、こんなのするの、お嬢しかいないけど。

 私は頭をさすりながら彼女を振り返った。彼女は呆れ顔で腕組みをしている。

「そんなをだから、万年"イイ人"なのよ」

 はたかれた後頭部より、その言葉は痛く胸に突き刺さる。

「まぁ、今回は相手が弥生を好きなんだし、いいか。当然、OKするんでしょ?」

 お嬢の言葉に私は俯く。

 正直、まだ決め兼ねてる。

「求めるより、求められる方が、弥生にはいいのかもね~」

 むっちゃんまで……。でも、確かに、そうかもしれない。このまま、色々悩むくらいなら、いっそ、五十嵐君といた方が大切にしてもらえて、楽かも。

「そろそろ亮太のクラス、劇始まるみたいよ」

 表から乙女ちゃんの声がした。

 お嬢とむっちゃんは、顔を見合わせるとさ、ニヤリと笑う。

「せっかく時間空いたんだし、見て来たらぁ」

「……」

 正直、気が進まない。今は誰よりも亮太の顔、見たくない。

「私達、これからまだ仕事あるし、コイケンから誰も見に行かないのも可哀相でしょ」

 確かにそうだけど。

「さぁ、行って、行って!」

 むっちゃんは私の背中を強引に外に押し出した。

 廊下に放り出され、私はむくれる。なんなんだ一体。私がピシャリ閉められたドアを睨んでた時だった。

「あ、一之瀬さん」

 今、二番目に会いたくない人の声。

 叱られた子どもみたいに、そっと振り向くと、そこには五十嵐君が立っていた。

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