プライドが邪魔する恋 5
いつもの雑誌の仕事を終えて、私は急いで着替えた。
仕事と言っても、メインのモデルさん達と違い、私は二、三着。それでも、少しずつ注目されて来てるって、編集者の人は励ましてくれる。私は絶対のし上がってやるんだ。せっかく、貧乏から抜け出すチャンスを掴んだんだもの。その為なら、どんな努力だってやってやる。
「お疲れ様でしたぁ」
私は一度スタジオに戻り、頭を下げると、すぐに携帯を取り出しながら走った。
七瀬さんが一階で待ってるはずだ。リダイアルでかかるナンバー。七瀬さんは、私の特別な人。
「はい」
ワンコールで出た。もしかして、待っててくれたのかな。
「皐月です。今、終わりました」
「そっか、俺はロビーにいるから」
急いでロビーに向かう。早く、とにかく早く会いたい。
むっちゃんにあんな事言われたから、余計に安心したかった。
七瀬さんに限って、悪い人なわけない。私は何故か胸に引っ掛かりを感じながら急いだ。
「急でごめんね。行こうか」
ロビーにいた七瀬さんはどこか落ち着きがない様子だった。周囲を見回し、ちょっと苛立った感じにも思える忙しない動きで私の手を強引に引っ張る。
「あの……」
いつもと微妙に雰囲気が違う気がした。
じっと見てみる。隣にはいつもの七瀬さん。外にはいつもの車。何にも不安に思うことはないはずなのに。
「乗って」
「あのっ」
私が躊躇した時だった。
「待って!」
聞き覚えのある声。振り返って私は驚き目をむいた。
「六本木!」
六本木が自転車を蹴倒さん勢いで降りて、こちらに走ってくるのが見えたのだ。私は驚きと同時に、こんな所まで追いかけて来てるのに、ゾッとした。
「先輩離れて!」
六本木は言うが早いか、あろう事か七瀬さんに掴みかかった。私はムッとして、引き離そうと、六本木の腕を掴んだ。
「どうしてここにいるのよ!」
七瀬さんも驚いて、ひいている。
「何だお前っ」
「……」
何か六本木が七瀬さんに耳打ちした。サッと七瀬さんの顔色が変わった、次の瞬間。
「くそガキが!」
私は目を疑った。
七瀬さんの拳が翻り、六本木の貧弱な体は、私が掴んでた腕が引き剥がされる程の力で、後方に吹っ飛んだのだ。
六本木の体が地面に打ち付けられる。
そして、六本木が簡単に動かなくなってしまった。
「い、いや~っ!
私は叫んで顔を覆った。いくら何でもやり過ぎた。暴力振るうなんて。知らない顔の七瀬さんに、私は愕然とした。
「いいからっ、おいで」
人が集まりかける。七瀬さんは私を車に押し込むと、逃げる様にその場を後にした。
「くそっ」
苛だちを露に、七瀬さんは運転しながら煙草に火をつける。
怖い。私の好きな七瀬さんじゃない。一体どうしちゃったの?
私はすっかり冷たくなった自分の手を、膝の上で握り締め、混乱する頭を整理しようと外を見た。
外の景色が飛ぶ様に消えていく。私、どこに連れてかれるんだろう。
隣りにいるのは、好きな人のはずなのに、心細くて怖くて仕方なかった。
しばらく走ってから、七瀬さんは車のアッシュトレイにまだ吸いかけの煙草を揉み消した。外はだんだん知らない住宅街になって来る。
車が出てから無言だった七瀬さんが、いきなり口を開いた。
「皐月ちゃん、経験くらいあるよね?」
「はい?」
突然の質問に、私は目が点になる。七瀬さんは軽薄な笑いを飛ばすと
「またぁ、純情振らなくても、最近は初体験中学ですませるのが普通でしょ」
信じられなかった。私は七瀬さんが、こんな俗っぽい人なんて思ってもみなかった。
自慢じゃないが、私はファーストキスだってまだ。自分を安売りしない。
「あの、帰ります。下ろしてください」
私は完全に失望して、豹変した七瀬を見つめた。
怒りより哀しかった。そんな風に見られてたなんて。
けど、七瀬は鼻で笑うとまるで私の話なんて聞いてないみたい。
「あ~もしかして、皐月ちゃん、本気でまだ? ならちょっと可哀相だなぁ」
肩を震わせて笑う。車は、知らないマンションの地下駐車場に吸い込まれていく。
「ふざけないで! 車止めなさい!」
私は恐怖をかき消す様に、声を上げた。途端、車が急停止。反動で、私はシートに体を思いっきりぶつけた。
「いったぁ」
「生意気な所も良いよね」
七瀬が私に覆い被さる。私は息を飲んで身を固くする。七瀬はそんな私を楽しそうに眺めると、スルリと私の頬を撫でた。
「本気であの貧乏から抜け出たいんなら、今の仕事より、もっといい仕事を紹介してやるよ。嘘ついて他人ん家で下ろされなくてすむぜ」
七瀬は喉を鳴して笑う。奴は私の事調べてる。そして、たぶん私を……。
私は自分の馬鹿さ加減に目を固く瞑った。ようやく、今、わかった。むっちゃんの言ってた事が正しかったってコト。そして私は、肩書きだけで人を判断してた大馬鹿者だったってコトを。