過去に縛られる恋 9
観覧車は7階建てのビルの屋上にあるだけあって、凄く見晴らしが良かった。
先生は綺麗な横顔で、暮れ行く街を眺めていた。聞きたい事はたくさんあったけど、なんとなく今は聞いちゃいけない気がした。
私は先生を視界に入れない様に外を改めてみた、けど逆に視界に飛び込んで来たのは……亮太と卯月さんの並んだ背中だった。って、どうして二人で乗って隣り同士で座ってるわけ?
私は無意識に亮太の背中を睨み付ける。しかも、近い! ってか、肩がくっついてる! 二人は何か楽しそうに話してた。あ、亮太が笑った。何の話だろう? ガラス張りの小さな箱は、すぐそこに見えるのにまるで別世界だ。
あ、卯月さんが動いた。
「え……」
私は思わず声を洩らす。
今、卯月さんの顔が亮太に重なった!?
「えーっ!」
私は窓に張り付いた。
けど、どんなに努力してもそれ以上前に進めるはずもなく、二人の箱はそんな間抜けな私を涼しい顔でスルーしながら移動し……ついには姿が見えなくなってしまった。
何? どういう事!? まさか………………キス!?
私は顔を張り付けたまま、固まった。
私、今、何を目撃したの?
「一之瀬。お前、何してるんだ?」
「わぁっ」
冷静な先生のツッコミ。私は思いっきり動揺して、イスから転げ落ちた。
心臓がありえないくらい、激しく鼓動を打っていた。
「アハハ。いや、あの、あんまり景色が綺麗で」
私は引きつり笑いしながら、イスに座り直す。
本当は思いっきり頭上が気になるんだけど……。
先生は肩をすくめると、自分の膝の上に頬杖をついてそこに綺麗な形の顎をのせ、上目使いになった目で、私をじっと見つめた。
「ところで、お前……ちゃんと五十嵐の事は考えてるのか?」
「へ?」
聞かれる今の今まで忘れてた。私は頭をかく。
「正直、まだ何も。学園祭が終わったらって思ってはいるんですが……」
これは本当。学園祭はクラスと部活両方で出店するんだけど、準備も始まってるし、今、ゴタゴタしたくない。
「でも、マズいですよね~、せっかく新入部員来たのに、いきなし解散って」
「構わないんじゃないか?」
「え?」
先生の突き放した様な言葉に、私は真意が見出だせない。
「でも、コイケンがなくなっちゃうのは……」
「お前、真剣じゃないのか?」
先生は憮然とした。状態を起こし、今度は腕と長い足を組むと、再び私を見据える。
「部長のお前は、恋にちゃんと向き合ってるのか?」
先生の問いに、私は瞬く。
「当たり前じゃないですか」
そりゃ、フラれてばっかりだけど……いつだって、真剣に相手を追いかけてる。
でも、先生は眉を寄せた。
「私にはそう見えない。お前は相手に恋してるより、恋に憧れてるだけなんじゃないのか」
「?」
意味がわからなかった。
先生は言葉を続ける。
「傍にいるものが、いつまでもそこにあると思わない事だ」
五十嵐君の事を真剣に考えろって事!?
「判ってます。五十嵐君の事は、真剣に考えます。でも……」
亮太の顔が浮かんだ。
下降始めた観覧車に、振り向きたくなるのを我慢する。
「コイケンも無くしなくないです」
先生の眉がピクリと動いた。そして、深い溜め息をつくと
「部長のお前がそんな気持ちなら、この部の存在意味はない。解散した方がいいだろう」
取り付く島がまるでない、冷たい声。いつだって味方して、優しく見守ってくれた先生じゃないみたい。
私は顔色を無くした。自分の何が悪いかさっぱりわからない。
「ま、学園祭までは付き合ってやるよ」
先生の声が夕陽に染まる箱の中に、硬く反射する。
私は大きな見えない流れを感じ、それを目の前にただ茫然とするしかなかった。