過去に縛られる恋 5
私は何回瞬きしただろう。時間が経つにつれ、状況が少しずつ輪郭を明確にしていくけど、それに比例して心拍数も上がっていく。
「わぁっ」
私はかなりの間の後、手を振りほどくと、アタフタと撤収準備を始めた。
何だ? 何なんだ? え? 私、今、告られた!?
「あの……と、とにかく」
何がとにかくなんだ? 私。
「今日は帰るね。その、ありがとう」
って、それじゃ、OKみたいじゃん。
「あ、えと。返事、また今度でいい?」
「いいよ」
私とは対照的に落ち着いた五十嵐君。
「あ、送るよ。もう外、暗いし」
五十嵐君が立とうとするのを、私はオーバーアクションで両手を振る。
「いい。いいから。本当に大丈夫。大丈夫よ」
そして、何とか立ち上がると
「じゃ、また明日」
「うん。明日」
私はへへって、変な笑顔に変な汗をかくと、その場から逃出した。
どうしよう、どうしよう……亮太ぁ~!
私は泣きそうになりながら走った。
何故か、無性に亮太に会いたくて、気がついたら、空手道場のある乙女ちゃんの家まで来てた。
私は乱れた呼吸を整えると、道場の方にまわる。
亮太の顔が見たい。理由はわからないけど、私は何かに急かされる様に彼の姿を探した。
道場では、社会人の人に混じって、何人か高校生もいた。
「あれ? 弥生じゃん」
気がついて駆け寄ってきてくれたのは、小さい子を相手にしていた乙女ちゃんだった。私は急に恥ずかしくなって、他の人から隠れる様にして、手だけ振る。
「どうしたの。珍しい」
「あの」
一瞬迷った。でも、せっかくここまできたんだ、何もしないで帰るのも変だし。私は一呼吸を置くと、乙女ちゃんの背中の向こうにある道場の中を気にしながら訊いた。
「亮太、いる?」
乙女ちゃんは首を傾げる。
「今日はバイトだからって、早くあがったよ」
「バイト」
ずんと胸に重いものを感じた。
バイト、もう行ってるんだ。むっちゃんの一件での怪我だって、まだ完治してないのに……。
「夏辺りから、また増やしたみたいね。バイト」
乙女ちゃんは、浮かない私の表情に、小さく溜め息を洩らす。
「亮太は一度決めたら曲げないから」
「うん」
「それより、急用?」
私の気持ちは、何だかすっかりテンション下げてしまってた。
私は力なく笑うと
「わかんない。今日はいいや。じゃ、明日」
ポカンとする乙女ちゃんを置いて、私は道場を足を引きずりながら出た。
私、何、テンパってたんだろ。別に亮太に一番に報告する必要ないし。ってか、何で亮太に会いたかったんだっけ?
私は私自身に首を捻る。けど、適格な答えはすぐには見つかりそうになかった。
まぁ、いいや。
「たぶんパニクってたのね」
私は半ば無理矢理、自分に納得させると、家路についた。
私はその夜、眠りに付く前に、なんとなくアルバムを開いてみた。色褪せた写真には、まだ幼い笑顔の私達がいた。
亮太と私と乙女ちゃんは物心ついた時からの幼馴染み。家族ぐるみの付き合いで、三家族合わせて子どもが九人、兄弟みたいに育った。
亮太の気持ちを知ったのは、小学三年くらいだったかな。
乙女ちゃんのお姉ちゃん達や私も入れて、バレンタインにたくさんのチョコを貰う中、亮太はカンナお姉ちゃんの分だけ、凄く大切にしてた。
亮太から直接聞いたわけじゃないけど、それから態度とか見てたら、なんとなくそうなのかなって。
あれはちょうど半年前だったかな。慶太さんとお姉ちゃんが婚約した日。ちょっとしたミスで、亮太は婚約指輪を、お姉ちゃんの指に治まる前に無くしてしまった。
バイトはその指輪を買い直す為なんでしょ?
慶太さんも、お姉ちゃんも、もぅ良いって言ってるのに、馬鹿だから責任感じちゃって。
私は指先で写真の亮太を弾いた。
馬鹿だ。好きな人が他の男から貰った婚約指輪を取り戻すために、汗をかき、時間を犠牲にするなんて。そんな奴はアンタしかいないよ。そんな事したって、想いは伝える事すら出来ないのは、自分だって判ってるくせに……。
また、胸の辺りが苦しくなる。
「っとに……亮太のアホ」
私はアルバムを閉じると、布団を頭から被った。