過去に縛られる恋 1
「いつもありがとう。彼女も、君のクッキー大好きなんだ」
「え?」
「あぁ彼女。出来たんだ。弥生ちゃんには、告白する勇気くれて、感謝してる」
「良かった、良かったですね。じゃ、今度は彼女さんの分も焼きますね。クッキー…」
「ありがとう。喜ぶよ。弥生ちゃんは本当に良い人だね」
- 良い人、いい人、イイ……ヒト……
私は泣きながら目が覚めた。
好きだった、ボランティアで知り合った大学生の夢だった。これが本当に夢なら嬉しいけど、聞いた台詞は昨日、現実に耳にしたものだ。
私って、どうしていつもこぅなんだろう。仲良くなって、何でも話してくれる様になって、そして、いつも気がつけば相手の親友になり恋の応援をしてるか、二股かけられるか。
- イイヒト
必ず貼られるレッテルは、私のどこが悪いのか、私に何が足りないのか、教えてくれない
ぼんやりする頭を抱えて、時計を見る。そうか今日はコイケンの日だ。皆に報告しなきゃ。
私は涙を拭うと、うんと背を伸ばし、朝の静かな空気を吸い込んだ。
放課後、私が部室に入ると、朝に私からすでに話を聞いてるむっちゃん以外にも、皆揃っていた。
「部長が一番遅いって、どういう事よ」
からかい半分のお嬢に、亮太は私の寝不足で充血した目をさして
「あぁ言う事だろ」
いつもの冷たい呆れ口調だ。
私は亮太を睨みながら、席に着く。
お嬢は新しい髪型になり、ますます綺麗。でも、六本木くんの事から恋の話はない。眼鏡を止めたむっちゃんも、十津川くんとは相変わらずみたいだし、乙女ちゃんは八木沼先輩の失恋以来、部活が忙しくて恋する隙間がない。
私もこの様だし、残るは……。
私は亮太をチラリと見た。思いがけず目が合い、亮太は憮然とする。
「何だよ」
空手以外の空いた時間にバイトばかりしてるのは、ある人の為だ。私は知っている。私は何だかむかついて
「今日は五木亮太から報告してもらいましょうね~」
と声を一つ高くした。
「はぁ?」
すます私に、亮太はしかめ面。
「いいんじゃない。いい加減、亮太の話聞きたいし」
お嬢が面白がる。
「そうよね。私も聞きたい」
むっちゃんも身を乗出す。
亮太は珍しく慌てアタフタする。いい気味だ。私は含み笑いした。
「俺は別に……。猛、助けてくれよ」
弱った亮太に、乙女ちゃんもにこやかに
「亮太もコイケンの部員なんでしょ~」
ヨシヨシ、あとヒト押しだ。
私は部日誌をわざと音を立てて机に置くと
「さて、五木亮太くん」
改めて亮太を指名した、時だった。
「遅れてすまん」
「先生」
まさにバッドタイミングに現れたのは百崎先生だった。私は心の中で、舌打ちする。皆も、やっと出来た亮太の恋バナ暴露のチャンスを逃し、同じ様な顔をしていた。
まぁ亮太に限っては、その白衣は救世主か天使に見えただろうけど。
「なんだ、そんなに怒る事ないだろう」
百崎先生は、私達が遅刻に怒ってると勘違い。苦笑いすると、半身そらす。
「まぁ、許せ。新入部員を二人も連れて来てやったんだから。ほら来い」
新入部員? この時期に? 私は首を傾げる。
皆も初耳らしい。
私はじっとドアの向こうの影が姿を見せるのを待った。
そして、出て来たのは……。
「あ」
皆、二つの顔のうちの一つに言葉を失った。
だって、あまりに予想外の人の顔だったんだもの。
コイケンは新たな展開を迎えようとしていた。