コンプレックスが偽る恋 15
私達はそれから、亮太達が良く知るっていう駅前の病院に飛び込んだ。
空手での怪我はいつもここでお世話になってるとかで、亮太と乙女ちゃんは顔パスだった。
お嬢の怪我は擦傷で、跡は残らないだろうって。ただ、髪がバッサリ一部短くなっちゃってた。お嬢は「そろそろイメチェンする予定だったから、ちょうど良かった」何て笑い飛ばしたけど、あんなに髪の手入れもキチンとしてた彼女だ。嘘に決まっていた。
乙女ちゃんは五針縫う怪我だけど、神経や筋肉の損傷は無く、傷さえ塞がればスポーツしても問題はないみたい。ただ、亮太は……。
私はベッドに横たわる亮太の傍らに座り、膝の上で両手を強く握り締めていた。
涙がとめどなく流れる。
亮太はあばら一本のひびと額を三針縫う怪我をしていた。他にも打撲や裂傷だらけで、亮太自身が頼みこまなかったら、お医者さんも警察に届ける所だった。
私は、本当に、馬鹿だ。こんな、こんな仲間を疑って、傷つけて、巻き込んで……。
「ごめんね。ごめ……」
夏休み中、調子にのって遊び回ってた私の卑屈な猜疑心と、セコい自己欺瞞が夏中、ううん、ずっと前から積み重ねられてた皆の努力を、台無しにしかけたんだ。
私は自分の不甲斐なさに、顔を上げられなかった。
「むっちゃん」
弥生の手が優しく私をさする。
弥生が危険を顧みず飛び込んでくれなかったら、今頃私は……。そう 弥生はあんな酷い事言った私を見捨てず、最後まで信じてくれたんだ。私は一体何をしてたんだろう。
「ごめんなさい。皆……」
顔を覆うと、堰を切った様に色んな物が溢れ出て来た。
「私、皆の夢すら私は奪う所だった。本当に、ごめんなさい。本当に……」
「睦月」
誰かがその私の手を握った。
亮太の手だった。
「ダチだろ?」
「亮太」
亮太は笑っていた。
私は、もう何も言えなくて……。
「むっちゃん」
弥生の声に、私は彼女を見つめる。
弥生は明るい声で、私にこう言ってくれた。
「おかえり」
あれから私は、髪の色を戻し、親にも心配かけた事を謝った。
九頭達からの連絡は全く途絶え、皆にも何もなかったみたい。
ただ十津川くんは、あの日以来、携帯も繋がらないし学校にもきてなかった。
最後に見た彼の寂しげな背中が、胸を締め付ける。私は秋の気配がしだした夜風に、星空を窓から見上げてた。
その時
「睦月~。直輝くんよ~」
「え!」
私は顔を上げ、慌て階段を駆け降りる。
母は何やら嬉しそうだ。
「直輝くん、大きくなったわね。家に来るの幼稚園以来じゃない?」
そうか、母は彼があのバイクだとは知らなかったんだ。でも、前は彼ってわからなかったのに、どうして?
その疑問はすぐ解けた。
「よぉ」
「十津川くん」
バイクじゃなく、自転車の前に立ってたのは、髪を短くして黒くした彼だった。
「ちょっと、いいか?」
「うん」
なにやらニコニコ見送る母を背に、私達は近くの公園に向かった。
ベンチに座るまで、私達は無言だった。
「……髪」
あまりの沈黙に、私が切り出す。十津川くんは苦笑いして、自分の頭を撫でた。
「あぁ。やっぱ変かな。俺さ、アイツらとは切ったんだ」
そう言って、十津川くんは私に頭を下げた。
「ごめん。俺、嘘ばっかついて」
それから、視線を外して天を仰ぐ。
「あれからさ、奥の二人の事で色々あって、九頭の身代わりになる代わりにって、抜けさせて貰ったんだ。もちろん、タダじゃなかったけど」
「じゃ、バイクは」
「売った。その金で手をうってもらった。ま、安いもんさ」
寂しそうに笑う。私ももうバイクに乗れないのは、少し寂しい気がした。
「そっか」
「でもさ。お前、いいよな。あんなダチがいてさ」
十津川くんはそう言うと、溜め息を一つ洩らす。その横顔は、やっぱり嫌いにはなれなくて……。
「今度、皆を紹介するよ。きっと、いい友達になれるよ」
十津川くんは驚いた顔をして私を見つめる。
「俺が?」
私は頷いた。きっと、皆なら大丈夫だ。
そして、初めて私は彼の前で緊張のない、笑顔になった。
「ただし、一緒に本屋のお婆ちゃんに謝りに行ってくれたらね」
十津川くんの顔が、秋風にくすぐったそうに和らいだ。
十津川くんは、それ以来、たまに私達と一緒する。
ただ、コイケンに入るのだけは勘弁って……。でも近々乙女ちゃんの家の道場に通う予定らしい。
結局、私達の仲は幼馴染みのままから進展の気配はない。
私は地味な私に戻った。
けど眼鏡は外したままだ。
少し視界が開けた世界には、前よりハッキリ大切な物が見える気がした。
目を閉じると吹き行く優しい風を感じる。
季節は惑わさんばかりの蜃気楼を魅せた暑い夏が過ぎ、天高く果てない透明の秋が訪れようとしていた。