コンプレックスが偽る恋 13
私は安堵していた。
実際、弥生を掴まえていたアキラを始め、皆顔色を変えていたのだから。
シュウが十津川くんに「警察って、やばくね?」なんて耳打ちしてるのが聞こえた。
お嬢の時みたいに上手く行く。そう思ってた私は、気付いてなかった。九頭の顔色だけは微塵も変わってないのを。
九頭は皆を見据えたまま、戸惑ってるアスカに声を飛ばした。
「アスカ。こいつら誰かわかるか」
アスカは慌て携帯を取り出す。
「えと、睦月の時に調べたから……」
アスカは携帯画面と皆を見比べながら、口を動かす。
やっぱり、彼女は私の事を調べてたんだ。全ては十津川くんの本屋での事をもみ消すのに、私を仲間にする為に……。
アスカの顔が焦燥から、残忍な小悪魔の笑みに変わる。
「先輩。ラッキーかも」
そして、一人一人を見ながら
「四ッ谷猛。この夏に空手と陸上の二種目でインハイ予選に勝ち残ってる」
「へぇ。インハイね」
九頭はニヤリと乙女ちゃんを見た。
「二葉五月。八月からニュースターっていうモデル事務所と契約したばっかね」
「そりゃ、傷ついたら大変だろうなぁ」
含みのある言い方。
「そして五木亮太。空手大会全国三位で、あ、お兄さんがこの秋」
ちらり何故か弥生を見る。
「一之瀬弥生のお姉ちゃんと結婚予定ね」
!それは初めて聞く話だった。
亮太も弥生も、心なしか表情を曇らせてる。
「めでたい席は、守らなきゃなぁ」
「だから何だ」
亮太がニヤニヤする九頭の前に立った。九頭は亮太を覗きこみ。
「ここさ、俺の無敵エリアなんだ」
細い目をさらに細めると、携帯を取った。
私達は意味が判らず、ただ見守るしかない。
「あぁ、親父? 俺」
首を捻る私達を余所に、十津川くん達は意味が判ったみたいで、皆表情を和らげる。私達に不安が広がる。
「親父の所轄の……そう。幽霊ビルにさ、間違った通報がいったみたいだけど、ソレ、イタズラだから」
あ!
私達は嫌な予感に顔を見合わせる。もしかして、あの大きな家は……。
「そう。じゃ、ヨロシク」
九頭はそう言って携帯を切った。携帯のパタンと閉じる音がやけに耳についた。
九頭は不気味に優しい口調で言い放った。
「あぁ言い忘れてた。俺の親父、ここらの警察署の署長なんだ」
九頭は表情を変えた私達を楽しそうに眺め回す。
「ナオん時はさ、俺の無敵エリア外だったから……」
私を見る。私は悔しくて顔をしかめた。
「このブサイクを利用する事にしたんだ。ってか、俺、孝行息子だし? あんまり親父使いたくないんだよね」
馴々しく亮太の肩に手を置く。
「だから今回も自分でケリつけるつもりだったのに、お前らが余計な事しやがって」
九頭の拳が亮太のお腹に食い込んだ。
「っく」
亮太はいきなりの衝撃になす術なく、崩れ落ちる。その亮太の手を九頭は思いっきり踏み付けた。亮太の顔が痛みに歪む。
廃ビルのその沈んだ空間は、攻撃的で私達を押し潰しそうだ。私は怖くなって来て、ただただ震えるしかなかった。
「俺、優しいからさぁ。チャンスやるよ」
九頭は亮太から足を外すと、腕を組む。
「俺、お前らみたいな友達ごっこしてる奴、ムカツクんだよね。だから」
私を見て、薄い唇を吊り上げた。
「睦月を置いて行け。元はと言えば、こいつが面倒の元凶だ」
ゆっくり私に歩み寄る。私は蛇に睨まれたみたいに、全く動けない。
「待ってください。睦月は……」
十津川くんが割って入った。九頭は彼すらも冷たく見つめる。
「あ? お前、俺に意見するのか?」
「……」
十津川くんは俯く。九頭は嘲笑を浴びせた。そして皆を振り返る。
「インハイ、出たいだろ? 顔、傷つけたくないだろ? 結婚式、潰されたくないだろ? なら、賢い選択は……わかるよな?」
九頭は首を傾げる。今や、全ては彼の掌の中にある。そんな気がした。