コンプレックスが偽る恋 11
私は乱れた呼吸を整える様に、歩きながら色々考えた。いや、考えようとしたけど、何かが邪魔して考えられない。
確かに私は変われた。でも、私は本当にこんな私になりたかったのか? ずっと見ない振りしていた疑問が弥生の一言で鮮明になったような気がした。
ふとショーウィンドウに映る自分を見た。ケバくて、友達を傷つけた私の姿がそこにあった。
気がつけば、あの夏休みに十津川くんとバッタリ出くわした本屋さんがすぐそこだった。商店街から近いから、昔は良く通っていたっけ。思えば、みんなあの瞬間から始まった。
私は何とはなしに店に入った。小さな店内は閑散としていた。奥のレジに小さなお婆ちゃんかチョコンと座ってる。お婆ちゃんは私に気がつくと、ニッコリ微笑んだ。
「あら、酒屋のむっちゃんじゃない? 綺麗になっちゃって~」
私を覚えててくれたんだ。驚きと同時に、少し嬉しくなって、レジに歩み寄る。
「お久し振りです。あ……」
私はお婆ちゃんが足に怪我をしてるのに気がついた。お婆ちゃんは、困った様な寂しい笑みで足をさする。
「これ? こないだねぇ、万引きの男の子を注意したら突き飛ばされちゃってね」
心臓が破けそうな位痛む。
「いつ、ですか?」
嫌な予感に一気に喉が渇いた。
「八月の初め頃かね。でもまだ学生さんだったみたいだから、警察呼ぶのも可哀相かと思ってね」
お婆ちゃんはそう言うと、カウンターの引きだしから飴玉を出して、私の手を取るとその中に置いた。
「むっちゃん、もしお友達に金髪のピアスをした男の子がいたら、注意してやってくれないかい? お婆ちゃんは、その子が悪い人間にならないか心配で……」
八月初め、金髪、ピアス……本屋での事は秘密。
茫然とした。嘘だ。十津川くんに限って悪い事なんて。
その時だった。携帯の着メロが流れる。十津川くんからだった。
十津川くんからの電話は、急用があるから急いで来て欲しいって内容だった。
場所はこの近くの、シャッターだらけの古い駅ビル。通称、幽霊ビルだ。電話の様子が只ならなかったから、私はお婆ちゃんへの挨拶もそこそこに飛び出した。
「きゃっ」
店を出た途端、何かにぶつかる。
「ったぁ」
「弥生!」
何と弥生だった。しりもちをついた弥生は、息をきらせて私を見上げてた。
「良かった。ここに入るの遠くからしか見なかったから、違ったらどうしようかと思って」
弥生は真っ赤な顔で立ち上がると、私に正面から向き合う。
「誤解されたままじゃ嫌だよ。ちゃんと話そ」
私は携帯を握り締める。
何? 私は誰を信じればいいの? 私を追いかけてくれた弥生? 私を呼んでる十津川くん?
また十津川くんからの着信が鳴る。
「私、行かなきゃ。十津川くんが待ってるもの」
だって、ずっとずっと好きだった。ずっとずっと見てるだけだった。ずっとずっと……。
その人が私を呼んでるの! 例え、彼に疑問がたくさんあっても私は行かなきゃ。
「だって、変だよ。十津川くん、むっちゃんが言う様に、本当に大学目指してるの? どうして十津川くんの友達はむっちゃんの事、知ってたの?」
どうして私と弥生が友達なのをアスカは知ってた?
どうして本屋の事は秘密なの?
どうして? どうして? どう……。
押し込めていた疑問符が一気に噴出した。
「むっちゃん。冷静になって考えてよ!」
「わかってる!」
私は弥生に声をあげた。そう、変なのは始めから……。
「わかってるよ! でも、悪い? 弥生にはわからないよ! 初めて好きな人と二人の時間ができて、秘密が持てて、誰かの特別になった嬉しさなんて!」
嘘でも、利用されてるとしても、気付きたくなんかなかった。気付かない振りさえしてれば、私は彼の隣りで笑ってられるんだもん。
「私、行くから」
「じゃ、私も行く!」
「好きにすれば」
私は何かを振り切る様に走り出した。
出来れば、弥生が私を諦めてくれるのを願って。