コンプレックスが偽る恋 9
学校は、バイク登校が禁止されてる。十津川くんは、バイクを学校近くのホームセンターに停めた。ここからは学校まで歩いても五分くらいだ。
メットを返す私に、十津川くんは少し不機嫌そうな顔を見せた。
「あれ、もしかして、アスカの言ってた」
私は黙って頷く。十津川くんは、私の頭に手を乗せて
「あんな奴、切れよ。俺がこれから毎朝迎えに行くからさ」
「でも」
部長が掴んでいた腕のあたりが、少しだけ疼く。正体のわからない、何か嫌な物が考えを鈍らせる。
「大丈夫。睦月は俺が守ってやるからさ」
十津川くんはそう言うと、微笑んだ。
反則だ。こんな顔されたら、私は逆らえない。
私は髪で赤くなる頬を隠す様に俯いた。
「さて、行くか」
先に歩き出した彼の背中を追う。親友を失うかもしれない。そう思いかけた自分の考えを私はすぐに否定する。違う。始めから親友なんかじゃなかったのよ。
「待って」
私は彼に追いついて肩を並べて歩いた。
きっと、今、私は幸せなんだ。
そうだよね? ……たぶん
教室についたのは始業のベル、ギリギリだった。
クラスメイト達は私を振り返り、ざわめきが小波の様に広がって行く。私は気付かない振りで、自分の席につくと、今まで一番私に風当たりをキツくしてた女子を一睨みする。
相手は慌て目を背けた。
凄く気分が良かった。もう、私を笑う奴も馬鹿にする奴もいない。
私は笑いを堪えながら、前髪をかき上げた。
なんだ、コイケンなんかより、ずっと十津川くんやあっちの仲間の方が私を変えてくれるじゃない。こんな事なら、部長……じゃない、あの弥生に利用される前に気付けば良かった。
ふと、持ってきた紙袋に目をやる。
ダサかった頃の私に、コイケンの皆が貸してくれた服や靴だ。
「……」
何か、今更顔を合わせるのが面倒臭い気がした。
私は肘をついて、その過去の遺産を見ながら溜め息をついた。
始業式とホームルームが終わると、今日は解放された。
担任に呼ばれたけど、どうせ外見の話だ。私自身、あのダサい私に戻る気なんかないから無視するに限る。元々、校則なんかで人の自由を奪うなんておかしいんだ。派手にしたって、誰にも迷惑かけてないでしょ。ま、これはアスカの受け売りだけど。
私は結局、服を返さないのも気分が悪いので乙女ちゃんに預ける事にした。弥生は論外。お嬢はたぶん弥生から連絡いってるだろうから、やっぱりパス。亮太は『自分で借りたものは自分で返せ』って言うに決まってるし。
私は他のメンバーに見つからない様に、陸上部の部室で乙女ちゃんを待った。
ジロジロ見られるのにも、慣れて来た頃、ますます精悍になった乙女ちゃんがやってきた。
乙女ちゃんは私と目が合うと、驚いた顔をしてから一緒に歩いてた友人らしき人達の群れから抜け出して来てくれた。
「久しぶり」
私が手を上げると、乙女ちゃんは破顔して
「変わったね~」
無邪気に笑う。
また背が高くなったかな。ゲイって知らなかったら、本当に普通にイケメンのスポーツマンで通りそう。
「イメチェンしてみた」
「そぅ」
乙女ちゃんはいつも、誰に対しても否定しない。
私はそんな乙女ちゃんの変わらない態度にほっとして、紙袋を差し出した。
「これ、夏休みに皆に借りたの」
「あぁ」
少し間を置くと、乙女ちゃんはまた微笑んだ。
「役にたった?」
「まぁね」
緊張していた私は少し力が抜けた。乙女ちゃんはそんな私の肩を軽く叩き
「私、その話聞きたいなぁ」
そして、紙袋を優しく押し返す。
「三時に駅前のマックでね」
「え、待っ……」
「楽しみにしてるね~」
すっかり乙女ちゃんのペースで話を寄切られてしまった。私は紙袋を抱えたまま、部活に戻る乙女ちゃんを見送るしかなかった。