コンプレックスが偽る恋 6
私達は再びバイクに乗って移動した。
まだ日が落ちるまでは時間はありそうだけど、早く帰りたくなった。
でも、十津川くんに掴まっても、さっきまでの楽しさがまるでない。先に行く先輩のバイクの後ろにつきながら、十津川くんがそんな私に声をかけた。
「大丈夫。見た目ちょっとアレだけど、皆良い奴等だからさ」
「うん」
何の慰めにもならなかったけど、知らない街で頼れるたった一人の彼の言葉を、今は信じるしかなかった。
着いたのは誰かの家みたいだった。
今まで見た事がないくらい大きい庭の先に、堂々とした風格の日本家宅が構えている。みると、それこそ先輩の苗字、九頭の表札が掲げられていた。
「凄いだろ」
何故か十津川くんは得意そうに私に言うと、やっぱり勝手知った感じで家の門をくぐる。
彼は先輩と親しげに話しながら、一軒家みたいな離れの前まで歩いて行った。
私はなんとなく帰り道を気にしながらその後を続く。心細くて、今朝会ったコイケンの皆を思い出していた。なんだか酷く昔の様だ。
「皆揃ってる? 今日はさ」
ドアを開けた十津川くんが、私を振り返って手招きした。私は進まない気持ちを引きずって、おずおずドアの前に立つ。
「前話してた、幼馴染みの睦月」
前話してた? 私の中に一つ目の『?』が生まれた。
だけど、十津川くんはそんなのお構いなしに、私の背中を押した。私は踏み出してしまったのだ。
中には長髪を後ろに括ったヒョロっとした男の人が、何かの雑誌を広げていて、その隣りに茶髪の寝癖かセットかわからない頭の男の子がDSに夢中になっていた。部屋の隅には、金の長い髪のお化粧をバッチリした女の子が、寝そべってテレビを見てる。
皆、私が入ったと同時にこちらに目を向ける。
「あぁ。なんだ、言ってたのよりマシじゃん」
長髪が雑誌を脇に置いた。
それってどういう事? 十津川くんは、私の事、何て話してたんだろう。
また疑問が湧いてくる。
「あたし、アスカ。ヨロシク~。ちなみに中三」
そう言った女の子は、つけ睫毛をパタパタさせて微笑み、起き上がってペタンと座ると、そのまま私の手を握って引っ張った。
「きゃっ」
私は体勢を崩し、そのままアスカって子に抱き付かれる。
「ナオの友達。可愛い~。プーさんみたい~」
途端、みんな爆笑。私は一気に顔が熱くなるのを感じた。彼女的に褒め言葉なのか、けなすつもりだったのかわからないけど、プーさんはないんじゃない? 確かに、私は太めだし、目も小さくて美人じゃないけど、今日は違う。みんなが、朝からわざわざ来て、頑張ってくれたのだ。それなのに……。
「アハハ。アスカ、いきなし毒かよ」
茶髪が笑ってる。
「正直もんだからな」
九頭先輩まで。
私は情けなくなって、少し強く押すと彼女の腕から逃げた。
「……」
私は所存なくなって、十津川くんを振り返る。十津川くんは、済まないような笑ってるみたいな、曖昧な顔で私の頭を撫でた。
本気で帰りたかった。
心細いのも、彼の前で恥をかくのももう嫌だ。
「あのさ、いい加減にしてくれよ」
うなだれかけた時、十津川くんの少し怒った声がした。
みんな笑いを止める。十津川くんは、バツが悪そうに頭をかいて
「ま、仲良くしようぜ」
「そうだな。なにせ『あの』ナオの連れなんだからな」
そう先輩が言うと、みな親しげな顔で口々に「ヨロシク」と言った。
また疑問が九頭先輩の言葉に浮かぶ。
なんなんだろう? 歓迎されてるはずなのに、この居心地の悪さは。
私は漠然とした不安を抱えながらも、この流れに逆らうどころか逃げる事さえ出来ずにいた。
それから皆は近くの花火大会に行くから、それまではって、特に何をするでもなくダラダラ過ごしていた。
十津川くんも、お友達と話し始めちゃって、私は居場所がない感じで、部屋の隅で携帯ばかりいじってた。
母からの着信が怖くなるくらい入ってて、いっそ家にかけようかとも思った。けど、お互い無関心の様でなんとなくそれは許されない空気だったから、結局かけられなかった。
メールはコイケンの皆のひやかしみたいな、エールみたいなのが何通か届いてて、それが何か唯一の救いだった。けど、やっぱり今の状況は説明しにくくて返信はできずにいた。
部長と出会う前の自分を思い出した。
教室にクラスメイトの笑い声。時々聞こえる囁き声は、みんな私の悪口に聞こえた。
誰の害にもならないように、いつもじっと息すら潜めてるのに。どうして、みんな、私を嫌ったんだろう。
ふと窓ガラスに映った自分を見た。似合わないのに、着飾った姿はまるでピエロだ。
朝のみんなと見た鏡の自分と何かが違う。
そうだ、あの時私は一人じゃなかった。だから……。
部長に連絡して帰ろう。そう携帯のボタンを押しかけた時だった。
「睦月って、あの一之瀬弥生と友達なの?」
意外な人から意外な名前が出た。
アスカだった。