コンプレックスが偽る恋 4
高校の合格発表よりも緊張してるんじゃないかってくらい、ドキドキして階段を降りた。あまりにドキドキしすぎて、体に力が入らない。
「睦月。あの人……って、その格好! アナタ何?」
母は十津川くんが誰か判ってないみたい。昔は、幼稚園の時は遊びに来た事もあるのにな。私の姿に驚く母をよそに、私は十津川君のほうを見た。
染められた髪に、鎖がジャラジャラついている、破れたTシャツ。おばさんの母がこの姿を受け入れられなくて当然だ。でも、私にはそんな十津川君の格好はちょっと危険な感じがして、かっこよく見えた。
「よぉ」
十津川くんが軽く手を上げた。私は控え目に胸の辺りで手を振る。
「じゃ、ちょっと出かけてくるね」
「出かけるって……ちょっと!」
煩い父がいないのが救いだった。
何かまだ言いたげな母を無視して、私は十津川くんの前まで駆けて行った。
「へぇ」
十津川くんは、しげしげと私を見つめた。
私は恥ずかしくて目を伏せる。やっぱり、付け焼き刃って似合わないかな。変なのかな。私なんかが頑張っても……。
「いいじゃん」
「え?」
私は顔を上げる。
そこには夏の太陽みたいな十津川くんの笑顔。
「学校より、今のが全然いけてるじゃん」
「そうかな」
私は肩に落ちる髪を指に絡める。頬が熱くなってきて、いてもたってもいられない、くすぐったい様な、熱い気持ちがじんわり広がって来た。
「絶対こっちが良いって。ほら、これ」
そう言って渡されたのはヘルメット。
見ると、十津川くんは慣れた様子で同じ型のヘルメットを被り、バイクに跨がった。それが物凄く格好良くて私は息をするのも忘れそうになる。
「あの、私……」
私はメットを持ったまま戸惑う。
ふと店に目をやると、怖い顔の母の後ろに、皆の顔が見えた。皆、頷いたり、親指を立ててみせたりしている。
私は微笑むと、覚悟を決めた。
そして、始めてだらけの一日がスタートしたのだ。
バイクの後ろに乗るなんて生まれて初めてだった。子どもの頃は、父の配達のスクーターの座席の前に立たせて貰った事はあるけど。
取りあえず十津川くんに腕を回した。だけど触れるのが恥ずかしくて、体がくっつかない様にしてた。あんまりくっついて、気持ち悪がられたら嫌だし。
バイクはどこに向かってるかわからなかったけど、私が自転車で行く一番遠くの交差点で信号に止まった。
「もっとしっかり掴まれよ。危ないぞ」
「あっ」
十津川くんの手が私に触れた。そして、少し強く引っ張ると、自分にくっつけさせる。
もう、心臓が耳元でバクバク鳴ってるみたいで、返事もろくにできない。十津川くんは、そんな私に気がついちゃったみたいで、イタズラっぽく笑うと
「さ、今からすっ飛ばすから、離すなよ」
一度、重ねられた手を確認するみたいにキュッと握り、ハンドルに手を置いた。
信号が色を変える。それは、始まりの合図のようだ。
次の瞬間、全ての景色が形を変えた。何もかもが現れては、後ろに消えていく。目に映る色は、刹那の残像となる。
私達は、風に溶け街を駆け抜ける。
何にも囚われない開放感と、すぐ傍にちらつく恐怖の影からのスリルに、私は生まれて始めての昂揚を覚えた。
不安はないわけじゃなかったけど、それは十津川くんの背中が消してくれた。
少し迷ったけど、海の香りがして来た頃、私はぴったり彼に体を預け彼と一つの風になっていた。