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コンプレックスが偽る恋 2

 私は帰ってからも、胸の鼓動を止められなかった。

 十津川 直輝くんは同じ学年の男子。彼は知らないかもしれないけど、実は幼稚園から同じだ。

 高校に入って十津川くんは、髪を染めたり、柄の悪い人達と付き合い始めたけど、私は知ってる。十津川くんは本当は凄く優しくて勇気のある人だって。

 十津川くんの事を考えると、私の胸が騒ぐ様になったのはいつからだろう?

 いつしか日は落ち、耳鳴りのような虫の音がしている。

 私はそっと引きだしを開けた。そこには小瓶に入った小さなドングリの実が一つ。小学生のころ、泣き虫でいじめられっ子だった私に、彼がくれたものだった。もう、きっと彼は覚えていないだろうけど、これが私の宝物だ。

 私は切ない気持ちでそれを手に取り、胸の前で握り締めると、夏の星空を部屋の窓から見上げた。

 涼やかな風鈴の音がしていた。

 その時だった。

「睦月。電話~。十津川くんって子からよ」

「ええっ?」

 私は耳を疑って振り返る。

 これが、熱い夏の始まりだとは、まだ予想もしていなかった。


 私は階段を駆け下りると、震える手で母親からひったくる様に受話器を受け取った。

 まだ、信じられない事にコードレスじゃない古臭い電話が恨めしい。

 興味ありげな母と、ゴツい体を揺すって居間の奥からチラチラこちらを窺う父を、私は手で払った。

 受話器を両手で包み込む。緊張が隠せず、自然に小声になった。

「はい。変わりました」

「あぁ。睦月ぃ。久しぶり」

 受話器の向こうは、外なのか、なんだか騒がしかったけど、彼のよく通る声はハッキリ聞こえた。

「はい」

「なんだよ。幼馴染みなのに、他人行儀だなぁ」

 え……。幼馴染み? じゃ、十津川くんも、ずっと一緒なの知っててくれたんだ。

 私の喉が締め付けられる。

「その」

「まぁ、ほとんど話さなくなったから、しゃぁないか」

 受話器の向こうで十津川くんは、苦笑いをしてるみたいだった。

 私の胸が嬉しさだけじゃ片付けられない温かさで、じんわりしてくる。

「あのさ、今日、本屋で会ったじゃん」

 私は配達の時の事を思い出す。

「うん」

「あれ、誰かに話した?」

 少し固い声。私は「ううん」と否定した。

 受話器の向こうで胸を撫で下ろす溜め息が聞こえた。

「良かった」

「どうして?」

 私の問いはごく自然に思えた。本屋くらい、何の問題もないだろう。そんな事で、わざわざ何年ぶりかの電話をしてきたのだろうか?

「あ、いや」

 十津川くんが言葉を詰まらせる。

「それよりさ、お前、明日、暇?」

 誤魔化されたのはわかった。でも、意外な言葉に、僅かに期待が生まれてしまって……

「うん」

 私はつい訊く事もなく頷いてしまった。

「じゃさ、明日、どっか行こうぜ。久しぶりに顔見たら、なんか話したくなった」

 受話器を取り落としそうになる。

 私は耳を疑いながらも、鼓動を抑えるのに必死だった。

 だって、私には顔見るの、久しぶりなんかじゃない。ずっと、ずっと追いかけてきた、見つめ続けた顔だもの。

「いきなし二人はマズいよな」

 照れてるのかな? 十津川くんは意識させる言葉を言った。

 私は電話なのに俯く。

「ま、いっか。明日、昼迎えに行くから。じゃな」

 そして電話は一方的に切られた。

 私はツーツーとしか鳴らなくなった受話器を、長い間握り締めていた。


 電話を切ってから、急いで自室に駆け上がった。

 後ろで夕飯を伝える声には、気も漫ろに適当な返事をした。

 嘘みたい。今日まで、声もかけられなかったのに、いきなり二人で……デートって言っていいのかな。とにかく二人きり出会うんだ。

 どうしよう。

 私はハタと鏡に映る自分を見た。

 ゴツいガタイ。地面な服。ウザい髪型。分厚い眼鏡。

 どうにかしなきゃ…

 気がつけば、私は部長に携帯から電話してた。


「うっそ!凄い!!」

 第一声は受話器を30cmくらい離しても聞こえそうなくらい、大きかった。

 私以上に興奮して、子細を聞いてくる。私も嬉しくてなり、つい、ちょっと脚色してしまった。

「へぇ、十津川くんも、むっちゃんと話してみたかったんだ」

 気がつけばそんな話になっちゃってたけど、これくらい良いよね。誘って来たのは向こうだし。

「でも、私、出かける服なんてもってないし、二人になったら、何話していいかもわかんないし……」

 私は言葉にしながら、本当に急に不安が募って来た。

 そうだ、せっかく二人になれても、ガッカリさせちゃったり、誘ったの後悔させちゃったらどうしよう。

「約束はお昼でしょ」

「うん」

 部長の弾んだ声。

「皆に連絡する。コイケンはメンバーの恋を全力サポートするのが、活動だもん。まっかせといて!」

 私は明るいその声に救われた。

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