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性別が壁になる恋 6

 待ち合わせの時間の一時間も前についてしまった。

 約束のショッピングセンターには、たくさんの親子連れやカップルが行き交う。

 私は何度も時計を見たり、ガラスに映る自分をチェックしたりそわそわして、落ち着くなんて出来なかった。

 試合以外で先輩に外で会うのは始めてだ。しかも、二人でなんて何を話したらいいんだろう。気まずくなったらどうしよう。それより、自分の格好は変じゃないだろうか。とにかく、嬉しかった。

 昨日、コイケンの皆が選んでくれた真新しい服が、さらにテンションをあげてくれている。

「四ッ谷!」

 時計を見ていた時だった。

 不意にした声に私は顔をあげる。

 先輩だ。私の胸は震えた。

 先輩は人込みの向こうから走ってくる。

 始めて見る、制服やジャージ以外の先輩は、すっごく格好良かった。

 私は平静をなるべく装い頭を下げる。

 先輩は私の傍まで来ると、先輩は時計を見上げた。

「あれ? 俺、時間間違えた?」

 私は首を振る。約束の時間まではまだ十五分もある。先輩も早めに来てくれたのが、くすぐったかった。

「自分が早く来過ぎたんです」

「そっか。じゃ、俺も早く来て正解だったな」

 そんなたわいもない会話をしながら、私達は目当てのスポーツショップに向かって歩き始めた。

 すぐ傍にある手は遠いけど、私は幸せだった。

 スポーツショップの店員は、常連の先輩を覚えていて、注文物品を先輩がオーダーする間、私はぶらぶらと店内を歩き回った。

 陸上のシューズもそろそろ新しくして、予選会までに慣しておきたい。

 シューズをいくつか手にとる。空手と違って、色んなバリエーションがある陸上のグッズは、見てるだけで楽しい。

「シューズか?」

 背中を叩かれて、私は頷きながら振り向いた。

 すぐ側であのえくぼが笑っている。

「予選会までに慣しておきたいなら、買うの今かなと思いまして」

 私はあまりの近さにドキドキしながら答えた。

「座ってみろよ。俺が見てやる」

 先輩がシューズを私から取り上げると、とんっとフィッティングのイスをさした。

 私は真っ赤になって首を振る。そんな、私の足に先輩が触るなんてっ。

「い、いいです。自分で……」

「いいから」

 先輩は私の腕を引っ張って強引に座らせると、丁寧に私の靴を脱がせた。

「……俺さ。お前が陸上部に来てくれて嬉しいよ」

 俯いたまま先輩がそう言った。

 新しいシューズを履かせるその手を、私は見つめる。

「先輩」

 私は一度言い淀んだ。

 一呼吸おき、どうしても気になっていたことを口にする。聞くのなら今しかないと思ったし、きかないではいられなかった。

「先輩、予選会出ないって本当ですか?」

 先輩は黙って頷いた。

 私を見上げた顔は、笑ってるのか泣いてるのか、私の胸は潰れそうだった。

「だから、辞める前に、お前と今日、会っときたかったんだ」

 先輩が履かせて先輩の最近の言動をどう解釈したらいい?

 私はまだ戸惑う気持ちを定められない。

 先輩がはにかんだ。

「ちょうどいいじゃん。これにしたら?」

 私は頷く。

 先輩は、やっぱり丁寧に靴を脱がしてくれた。

 触れた部分が熱い。

 先輩、本当に好きになっていいんですか?

 私は軽く目を閉じた。暗闇の向こうに見えるのは、やっぱり初恋の子とのあの出来事だった。


 初恋の子からの電話は、やっぱり私に会いたいから、町を離れる前に荷物を積んだトラックで、家まで来るというものだった。

 相手は私の返事を聞かずに電話をきってしまったから、私はまだ気持ちの整理が出来ないまま、外に出た。

 本当に会うべきなのか?でも、これが最後になるかもしれない

 なら……。

 私は何度も車の影に顔を上げては、忙しなく家の前をうろうろした。やっぱり、会うのはよそう。そう、玄関に戻りかけた時だった。

「たける~っ」

 彼の声。私は角を曲がってきた軽トラから手を振る彼と目が合ってしまった。

 もう、逃げちゃダメなんだと思った。



 私がレジで会計を済ませると、先輩は店員に人懐っこい笑顔を向けて

「今度から、こいつが来るから。ヨロシクしてやってください」

 そう言って、頭を下げた。どういう意味か判らず、私も倣って頭を下げる。

「わっ。もう、こんな時間!」

 先輩がいきなり隣りで声を上げた。

「四ッ谷。行くぞ!」

「はい?」

 頭の中が?だらけだ。

 これから私がここに来るって?

 そして、先輩は何に急いでるの?

 先輩は、私の手をとると、どこかを目指して走り出した。

「わぁっ」

 握られた手に、脈拍が一気に上昇する。

『手ぐらい繋いじゃえば?』

 弥生の言葉が脳裏に甦る。

 周りに人がいる、なんて、もう、どうでも良かった。先輩の手が、私を引っ張っていってくれてる。伝わるぬくもりが、二人で駆けるリズムが、言葉にならないくらい愛しい。

「先輩、自分……」

 私の気持ちが口をついてでそう、そんな時だった。

 先輩が手を上げた。

「悪ぃ。待たせたな」

「?」

 誰かに送る合図。私は不思議に思い、先輩の横顔を見てからゆっくりとその視線を追った。

 その先には、陸上部の三年のマネージャーと、知らない女の子が立っていた。

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