性別が壁になる恋 5
コイケンの皆と待ち合わせの校門に走って行くと、皆手を振ってくれた。
私は抱えきれない想いを、やっとの思いで吐露するようにお嬢と弥生に抱き付いた。
「もう死にそ~」
「どうしたの?」
驚く皆に、私はお嬢達から離れると、そわそわしながら
「あのね……」
じっとなんかして話せない。
何がなんだかわからないくらいに興奮しちゃって、どう説明していいかもわからない。とにかく、私は歩きながら、最大限さっきの事を主観入れないように話した。
さすがの亮太の顔色も変わる。
「キャー! それって……もう、決まりなんじゃない?」
弥生が私以上に興奮してはしゃぐ。お嬢も、私の首に腕を回し、私の頭をくしゃくしゃにした。
「もう~。すごい~。ってか、乙女ちゃん、告ったも同じじゃん」
私はもう、天にも昇りそうな気持ちだった。
私は買い物をしながら、仲間の顔をみた。
弥生は、小さい頃から優しくて面倒みがいい。だから、いつも友達にされちゃうんだけど、可愛いし、本当に良い子。もう少し、計算したり我儘になってもいいのにって思う。ちょっと甘えるのが下手なのかな。
お嬢は気高く、とにかく自分磨きにかけては尊敬する。でも、いつも強気を装うのは、本当は傷つきやすいから。それでも妥協しないで周りに媚びない生き方が羨ましい。
むっちゃんは、いつも自信なげに自分を隠してる。でも、私はむっちゃんは優しくて家庭的、頭もよく器用なんていい所たくさん知ってる。外見だって、少しの工夫で見違えるのにな。
亮太は……。私は知ってる。誰を好きなのか。もしかしたら、コイケンで片思いにかけては、一番のベテランかも。私は応援してるんだけどな。
「乙女ちゃん。また他人の事、考えてたでしょ」
弥生に言われて、私はハッとして目をパチクリした。
皆そんな私に苦笑する。
「こんな時くらい、自分の事、考えろよ」
亮太の言葉に、皆笑った。
私も自分の癖に笑った。
手には皆が選んでくれた、勝負服。
日曜はすぐそこまで来ていた。
日曜までの数日は、あんまり覚えてない。なんだかふわふわして、まさに地に足がついてない状態だ。陸上部で先輩と目があっても、以前以上に意識してしまって、生殺しだった。
先輩の綺麗な走りに思わずみとれる。
「相変わらず研究熱心だな」
十文字が並んでストレッチしながら話しかけてきた。
私は誤魔化す様にストレッチの体勢を変える。
「ん……。先輩のフォーム、綺麗だからね」
「教科書みたいだもんな」
十文字はそう言いながら、手首や足首を回す。
「でも、八木沼先輩。今回、予選会でないらしいぜ」
「え?」
私は耳を疑った。思わず動きを止め、十文字を見る。
「ほら、前の大会での怪我でさ、皆には言ってないけどそれで選手生命はダメになったんだって。みんなへの影響を考えて黙ってるけどさ。あ、これ、内緒な。顧問と先輩が話してんの立ち聞きして知ったことだからさ」
十文字は苦笑いしながら、体勢を変えて続けた。
「でもさ大学も推薦決まりって言われてたの、なくなるんだろうな。今から受験勉強って厳しいよな~」
私は言葉がすぐには出せなかった。
先輩がそんな事になってたなんて……。
「今、部に出てんのは、俺達後輩の為だってよ」
十文字はバンッと私の背中を叩く。
「特に、朝練まで組んでまでみてれお前には、期待してるみたいだから。俺は無理はして欲しくないけど、先輩の気持ちには応えなきゃな」
「……あぁ」
私はやっとの思いで頷くと、他の部員を見てる先輩を見た。
先輩はどんな気持ちなんだろう。ずっと続けてた陸上の夢が絶たれて、進学の道も閉ざされた。それでもグラウンドに立ち続けてるなんて。
私は先輩の背中を見つめながら考えていた。
私は何が出来る? 私はどうしたらいいのだろう? と。
土曜の夜。緊張はもうピークで、夕飯も喉になかなか通らない。仮に通っても、味なんかわからなかった。
食卓には、結婚で出て行った上の二人の姉を除いては、皆つく事が我が家の決まり事だった。
「どうしたの? ぼんやりして」
年が一番近い四番目姉が怪訝な顔をしてこちらをみていた。
「最近、様子が変だもんね」
「もしかして、恋煩いだったり。ほら、最近、たけの事見に来てる子いるじゃん」
そういったのは空手をやってる三番目の姉だ。
私はすました顔で
「僕、そんなの知らないし」
おかずを口に放りこんだ。
「たけってさ~。彼女とか作らないの? 結構もてるはずなんだけどなぁ」
「興味ない」
私はキッパリといって、味噌汁をすすった。
四番目の姉が三番目に耳打ちする。
「実はゲイだったりして……」
「っ!」
私は味噌汁を噴きそうになった。
「なんじゃ、それは」
まだまだ耳のいい祖父が聞く。
姉は少し悩んで
「ん~。おじいちゃんの時代で言うと、おカマかな」
「なんじゃ。気色の悪い」
祖父は顔をしかめた。
私の胸が痛んだ。
「そんな輩がいるから、世の中おかしくなるんじゃ」
私は表情に出さないように、残りをかき込む。
「くだらんな」
黙ってた父も呟いた。
私がその彼らの言う所の、気色悪く、世の中を乱し、くだらない、そんなものと知ったら、どうなるのだろう……。
たぶん祖父や父が極端な考えなんじゃない。まだ世の中は、大半の人がこんな感じだろう。
チラリと母をみた。母は細い体を震わせて笑っている。
ごめんなさい、私なんかが息子で。
私は箸を置くと黙って席を立った。