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性別が壁になる恋 3

「ありがとうございました~」

 皆、一様に挨拶をして道場から一人一人といなくなっていく。

 私はそんな姿を見送りながら、ぼんやりといつも付きまとって離れることのない影のような思考を巡らせていた。

 何の為に生まれて来たのだろう。私は誰で、私の人生ってなんなんだ? と。

 迷いは拳に伝わるらしい。こんな調子だから空手の大会に出ても、良くて入賞。型も準優勝止まりだ。祖父や父は、それを陸上部のせいだと思ってるし、もちろん快く思ってない。

 でも、自分にはわかっていた。全部自分のせいなんだって事を。

 何もかも中途半端な自分。

 陸上も空手も打ち込めず、男にもなれず女でもなく、反抗するでもないのに、従わない。そんな自分の責任だ。

「猛。まだ陸上とやらをしてるのか?」

 祖父と二人になった道場は広い。私は答えなかった。

「何のためだ?」

 祖父の声が苛立つ。

 私は小さく息を漏らすと振り返り祖父の顔を見た。気持ちを隠す為に、困った顔で笑う。

「何の為にって……。約束は守ってるんですから、別にいいじゃないですか」

 上がった息に、汗が滴る。

 何の為? 胸が疼く。あの人の影が脳裏に過ぎる。

 たぶん、一生重なれないあの人の影。

 生まれた時から、叶わないと決まってる想い。

 そんなの自分が一番よく知っている。こんなのバカだってことも、無意味だって事も。

 私はなんだか自分がおかしくなって自嘲の笑みを思わず浮かべた。それを見た祖父はますます顔を険しくする。

「何がおかしい。へらへら、ふらふらと。中途半端だとは思わんのか!」

「……っ」

 むかついた。

「お前はそうやって、のらりくらりとして、何ににも真剣に向き合わん。情けなくないのか!」

 うるさい! そんな事、言われなくたってっ!

 そんな言葉が喉まで出て来た。でも私はギリッと言葉を噛み潰すように奥歯に力をこめた。

「言いたい事があるなら言ったらどうじゃ。男のくせに」

カッとした。その時だった。

「猛。電話よ~」

 母の声がした。

 子機を持って走ってきた母の姿に、ふと、緊張が解ける。

「誰?」

 携帯にかけないなんて珍しい。

 母はチラリと祖父を見てから

「陸上部の八木沼さんって人から……」

 私の心臓は止まりそうな程、痛みを感じた。


 なぜか初恋のことがまた思い出され、私は母のもとへ駆け寄りながら思いを馳せた。

 初恋の子がこの街にいられる最後の日も、私は自分の気持ちの整理が出来ず、目も合わせられないままだった。

 亮太達、仲が良かった連中が見送りに行くっていうのにも参加しなかった。

 帰宅してからも、後悔なのか、寂しさなのかわからない気持ちで、押し潰されそうで、一人で部屋の机につっぷして泣いていた。

 その時、電話が鳴った。

 その子からだった。


 私はあの時のことを重ねながら母から子機をひったくると、祖父の痛い視線を感じてない振りをして道場をでた。

 受話器を持つ手が震え、それを止める為に、もう一方の手を重ねた。

 緊張する。

 何故、八木沼先輩が? 用事なら明日学校でもいいはずなのに。

 私は恐る恐る電話に出る。

「はい。替わりました」

「四ッ谷か。こんな時間にすまん」

 腰がくだけそうだった。

 すぐ耳元で、あの八木沼先輩の声がしているのだ。私は逸る鼓動を落ち着かせる様に、目を閉じ深呼吸した。

「大丈夫です。何か?」

 あぁ~っ。可愛げない返事をしてしまった!

 昔から緊張すると、固まっちゃうんだ。せっかくの電話なのに!

「いや、学校じゃ、皆いるから、言いにくくて……」

 私の鼓動が跳ね上がる。

 それって……どういうことだろう。

「あの」

 私は固唾をゴクリと飲んだ

 よせばいいのに、期待は勝手に胸の中で膨らみ始めていた。

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