性別が壁になる恋 1
私は物心ついた時から、自分に違和感があった。
幼い頃はその違和感が何かわからなかったから良かったが、幼稚園に入る頃には遊びの違いに気付き、小学校に上がれば、すでに自分が異質なのに悩み始めていた。
他の男の子達との遊びが楽しくない。色もピンクや優しい色が好き。スカートをはいてみたい。
意識はしてた。自分は他の男の子と何かが違うって。でも、私にはそれを、自分でも素直に自分受け入れられない事情があった。
私の家は空手道場をしている。曾祖父の代からの道場だ。兄弟は私の他に四人いるが、みな女。父は息子がどうしても欲しくて、母は高齢で私を産んだ。そんなに体が丈夫じゃない母……。
私は父や母の期待に背くわけにはいかなかった。
小学校高学年で、私は初恋した。同じクラスの男子だった。足が早くて明るいクラスのムードメーカー。今思えば、顔はそんなに好みでもないが、笑った顔がとても格好良かった。
私はこの頃から、自分を殺す術も、自分を偽る術も、なんとなく身につけていたので、同じ集団にいては、暗くなるまで良く遊んだ。
いつもは外で元気に飛び回る。そんな子が、ある日、昼休み、ポツンと一人で教室にいた。
その、拗ねた横顔をハッキリ今でも思い出せる。
校庭のクラスメイト達を眺める目。そこから零れ落ちた一筋の涙。
私が自分に嘘がつけなくなった瞬間だった。
「……や。よ……が……。四ッ谷っ!」
「わたっ!」
私は急にした現実からの声に驚いて、顔を上げた瞬間、何かにぶつかった。
「はっはいぃ?」
まだ半分、記憶の世界で、頭がハッキリしない。
周りを見回す。私は高校二年になっていた。
どうやら、部室のロッカーでぼんやりしてしまったらしい。同じ部の十文字が、呆れ顔で、私の頭にぶつけたファイルを差し出した。
「大丈夫か? 無理しすぎじゃねぇの?」
私にファイルを渡すと、隣りに座る。私はファイルを手に、苦笑する。
十文字は自分と一緒で、高校から陸上を始めたよしみで仲がいい。
「お前、朝練にも出て、通常練習も一番最後だろ? で、帰って空手って……無茶苦茶じゃん」
「平気だよ」
私は彼とは男口調で話す。彼に限らず、コイケンこと恋愛研究部以外では、こんな調子だ。
「親父と約束だから。インハイに今年出られなければ陸上部を辞める」
「で、陸上したいなら空手の稽古はさぼるな、だろ? それが無茶苦茶だって」
心配は嬉しかった。
父が陸上部を辞めさせたくて無茶を言ってるのもわかってる。だけど、私はどうしても陸上部は辞めたくなかった。
「これ、何?」
まだ文句を言いたげな十文字に、私はわざと違う話題をふった。
十文字は、少し不服げに眉を寄せる。
「インハイ予選会の申し込み。出てないの、お前だけだからって、八木沼先輩が困ってたぞ」
ズキン
名前を聞くだけで、胸が痛んだ。
三年の八木沼 巧。
私が陸上部を無理してでも辞めたくない、唯一の理由。
尊敬していて、憧れで、好きでたまらない人。