プライドが邪魔する恋 11
「六本木くんいますか、六本木くんいますか、六本木君いますか」
私は呪文の様に繰り返すと、「よし」と一つ気合をいれ鞄を持ち直し、ノックした。
「は~い」
六本木の声じゃない。やがて、写真部が顔を出した。
「あれっ。二年の二葉さん」
さすがに写真部は私を知ってるのか、その男子は意外そうな顔をした。
私はその視線に咳払いすると
「あの、六本木君、いますか?」
呪文を唱えた。部員はさらに怪訝な顔をする。
「いませんよ」
あれ? 肩透かしだ。
「じゃ、休み?」
私は少しガッカリした。しかし、部員はそれも首を横に振り。
「違いますよ。あいつ、昨日で転校したんです。二葉先輩には挨拶するって言ってたのに、聞いてませんか?」
私は耳を疑った。
嘘だ、そんなの、一言も……。
「そ、そうだっけ」
部員は頷き
「今朝早くの飛行機だって言ってました。だから僕達も見送りにいけなかったんです」
もう、いない?
私は半笑いで
「ごめんなさい。私、勘違いしてたみたい。じゃ」
そう部員に礼を言うと、ふらふらと壁に崩れる様に寄り掛かった。
六本木が……いない。信じられなかった。
私は居場所を探す様に校舎を彷徨い、気がついたらコイケンの部室にいた。中に入ると、先生と亮太以外の面子が揃ってた。
「ちょっと! 聞いたわよ。お嬢、大丈夫?」
乙女ちゃんが私に気がつき、かけてくる。私は無理に笑おうとした。
何よ、あんなストーカー一人いなくなったくらい。なんともないわ。そう、なんと……も……。
ボロボロボロ
大粒の涙が零れた。
「お嬢」
乙女ちゃんが、私を抱き締めてくれた。それは、優しくて大きくて……。
「わた……し。六本木にまだ、ありがとう……言えてない。七……瀬の事なんて、どうでもいいの。でも、私……頑張ったの。調理実習。六本、木が喜ぶ……と思って。粉だらけになっても、火傷しても。六本木に……ちゃんと……。私、馬鹿だ。プライドなん……か気にして、六本木に何、にも言えてない。何に、もつたえ、られなかったよぉ」
私は何がなんだかわからないくらいに、しゃくりあげながら話した。顔が涙でぐしゃぐしゃになって、マスカラが流れても、涙が止まりそうにはなかった。
「うん。うん」
乙女ちゃんは、全部黙って聞いてくれた。ちゃんと話せなくても、乙女ちゃんやコイケンメンバーには伝わってるって感じた。
乙女ちゃんは、全部話して少し落ち着いた私を座らせた。
部長やむっちゃんも、何故か泣いていた。
「何でアンタらが泣くのよ」
「知らないわよ」
部長は苦笑しながら涙を拭う。私は六本木にあげるつもりだった焼菓子を机に置いた。
「食べちゃおう。皆で」
「「うん」」
そして、私達は泣きながら食べた。泣きながら、美味しいって笑った。
本当に焼菓子は美味しかったんだけど、少ししょっぱかった。
全て食べ終わる頃、涙がようやく乾いた。涙と焼菓子にまみれたお互いの顔を見て、私達は笑った。
そして、私の恋が一つ終わったのだった。
あれからも、日常は意外に何も変わらない。変わった事と言えば……。
七瀬が私を避けてか、仕事を辞めたらしい。会う事は二度となかった。そして私は、前より少しだけ、見た目で人を判断するのを止め、少しだけ素直になる事を心掛ける様になった。今度、家にコイケンのメンバーを招待する予定だ。
後は、ストーカーの影が消えたくらい。
ふと、寂しさを感じて苦しくなったりする。そんな時、私は手帳の表紙の裏をめくるのだ。
そこには、真っ赤な顔したブサイクな私とはにかんだ六本木がいた。
そして私は苦笑する。
私達がいた時間が、消えるわけじゃない。
ありがとう。
私は写真の中の、プライドっていう茨を超えて私の目を覚ましてくれた、そばかすだらけの王子にそっと微笑んだ。