プライドが邪魔する恋 10
沈黙。別に、いつもみたいに手を振ればいい。それだけなのだけど、どうしてもできなかった。
「先輩」
「はいっ」
呼ばれて、変にうわずった声が出てしまった。六本木は生意気にも、それを笑うと
「コイケンの人達、皆良いだから、隠す事ないと思いますよ」
優しい声だった。私は皆の顔を思い出す。
「そうかもね」
あんなに私の為に必死になってくれた仲間だもの。つまらない意地とか見栄なんて、必要ないのかもしれない。
「じゃ、僕、行きます」
六本木は私の右手を両手で包み込んだ。
しっかりと私を見つめる。
何か言わなきゃ。私から言うのは癪だけど、何か……。
「さよなら」
六本木は呟くように先に言った。
そして、まだ何も言えない私の手を離すと、自転車に乗りこんだ。
ドキドキに茫然とする私を振り返り。
「僕、先輩の毅然とした所、好きでした」
「六本木」
そしてペダルを勢いよく踏み込むと、風の様に夜の中へ消えて行ってしまった。
「あ」
見えなくなってから、ちゃんとお礼が言えてないのに気がついた。
そう、私はお礼が言いたかったんだ……たぶん。
「ま、いつでも言えるか。明日も学校あるんだし」
私は一つ息を吐くと、家に戻って行った。
布団に潜ってからも、何故か七瀬の一件より、六本木の事ばかり考えてた。
色々あったから、少しハイになってるのかも知れない。
「お姉ちゃん、明日調理実習でしょ。何か持って帰って来てね」
枕を並べる妹がそう言った。こいつは人の調理実習の日だけは、いつもチャッカリ把握している。
「はいはい」
貧乏人の知恵なんだろうか、少し哀しくなった。
そうか、明日は焼菓子だったはず。じゃ、それを持って、六本木にお礼に行けばいいんだ。
いつもはかったるい授業も、こうなると待ち遠しい。
私は渡した時の六本木の顔を想像しながら、眠りについた。
焼菓子は意外に苦戦した。元々今までまともに調理実習に参加してこなかったのが、つけの様に事如く失敗した。
いつもは仲の悪い女子達も、ようやく私のひたむきさに感銘を受けたのか、途中手伝ってもらい、何とか数個マドレーヌとカップケーキが完成した。
気がつけば、髪は粉だらけ、腕のあちこちに火傷で酷い有様だ。
それでも、私は満足だった。
これで喜ばなかったり、あまつさえマズいなんて言ったら、承知しないんだから。
私は六本木のリアクションを楽しみに、放課後、写真部に向かった。
歩きながら考える。
何て言って渡そう? さりげなく? それともお礼なんだから、少しは可愛い方がいいかな? でも媚びてるみたいなのは嫌だし……って、焼菓子そのものがアウトだったらどうしよう。
そうこうしているうちに、写真部の部室の前に来た。
中に六本木がいる。
そう思うと鼓動が一気にテンポを上げ、緊張に頬が引き攣り始めた。
何よ、六本木くらいで、身構える事ないんだわ。あんな奴、私に声かけてもらえるだけで、光栄なはずだ。
そんな思い込みとは裏腹に、私の胸の高まりは落ち着きを失っていった。