5話 おじさんとゴブリン
「着いたぞ8そ――――へぶぅ!?」
その時、俺の顔面に衝撃が走る。
「ぐぺぇ……」
殴り飛ばされた勢いでふっ飛ばされ、壁に激突。
あまりに突然のことでおもわず美少女にあるまじきうめき声を出してしまう。
「……ゴブリンか?」
振り返った先にいたのは様々なファンタジー作品で引っ張りだこのゴブリンだ。
特徴的な緑色の肌に下顎から生える立派な牙。
平均身長は150cmと人型にしては小柄だが、筋肉質なボディと牙で数多の探索者を苦しめてきた最初の関門でもある。
名前:ゴブリン
ランク:2
戦闘力:1900
「不意打ちはいけないねえ」
こめかみに青筋が浮かぶのが手にとるように分かる。
あれだけ筋肉を搭載した肉体で不意打ちとはなんたることか。
「まずは一発ッ!」
右脚からつま先にかけて力を十全に伝達し、地面を蹴る。
殴打。
小さな拳がゴブリンの頬にめり込んでいく。
「むぅん!」
めり込んだ拳に力を入れ、強引に顔面を地へ叩きつける。
「――――グ……ッ! ガッ……!」
「ッ!」
反撃――――俺の目前に拳が迫る。
「ふんっ!」
迫る拳に対して派手に頭突きをかます。
接触した拳は歪み、血が飛び散る。
飛び散った血が顔面を伝う。
ゴブリン目がけ、もう片方の拳を振りかざす。
「もう一発」
「グペッ!?」
ゴブリンに馬乗りし、何度も拳を振り上げ、下ろす。
「もう一発」
「ッゲ!」
「もう一発」
「……グ……ガァ……」
次で最後。
ゴブリンの息は浅く、目は虚ろだ。
可哀想だと思うか? そんなことを考えるなら探索者になっていない。
やる時はやる。それがダンジョンにおいての戦い。
とどめの一撃でゴブリンの息の根を止める。
「よしっ!」
霧散した身体の中から今まで見てきたものより大きい魔石が現れた。
(こいつは結構大きいな。やっぱりモドキ系と違って本物は良いもの落とすってことかねえ)
モドキ系の魔石は総じて1個あたり500円程度で買い取られている。
買取は民間が行っており、地域によって買取価格は異なる。
うちは地方の中でも比較的人口が多く、その分、流通量も多い。近くの買取店舗ではせいぜい400円がいいところだ。
「オリジナルは10倍だもんなあ」
モドキ系とオリジナルは戦闘力及び魔石の質に大きく差があるため、平均的に10倍程度の買取価格の差の開きがある。
2層のゴブリンモドキとは戦闘力が文字通り桁違いのゴブリンの魔石は5000~6000円程度で買い取ってもらえるはずだ。
「グギャ!」
「出たな、5000円」
先手必勝。
全速力で敵の目の前まで接近し、目を合わせた瞬間、超低姿勢をとる。
「グゲ? ――――ガッ!?」
視界から突如消えた俺を探そうと動きを止めたところを視界の外からアッパーカットを決める。
怯んだところを更に追撃。
「よいしょお!」
顔面を真正面からぶん殴り、先と同じように後頭部から地面に叩きつける。
美少女の拳と地面のサンドイッチだ。
例のごとく、ゴブリンの息の根を止めて魔石を回収。
これで1万円だ。今日は戦闘力を上げるついでにガッツリ稼がせていただく。
おじさんとゴブリンタイマン中……。
「これで……何体目だっけ」
途中でタイマンとは名ばかりの倒して1秒で新手が現れるというハードなこともしばしばあったが、特に問題はなかった。
5発くらい顔面に良いのをもらったが、傷ひとつ負っていない。痛みと疲労はあるが。
名前:無力 日々人
ランク:3
戦闘力(偽):2350(1200)
流石ゴブリン。戦闘力の伸びが良い。
今回、初めてあれだけ真正面から殴り合いをしたことで気づいたこともあった。
《女神の祝福》
・容姿が御姿に固定され、不変となる
・常に浄化される
この祝福スキルの不変という部分。これはどうやら肉体の怪我にも影響するようだ。
明らかに痣や流血につながるような攻撃を受けても傷一つ負っていない。これは肉体的不変と言ってもいい。
とはいえ、無敵というわけでもないようで、痛みや疲労で意識が飛びそうになることがあった。
幸い、ポーションを摂取すると痛みが消えるあたり、痛みや疲労は残るが肉体の稼働は可能というびっくり人間状態である。
もう一つ、常に浄化とあるこのスキル。
これは肉体に触れたあらゆるものが文字通り浄化される。血の汚れから新陳代謝による老廃物まで全てだ。
アイドルはトイレに行かないという神話を耳にしたことはあるだろうか。
今の俺はそれである。風呂やトイレに一切行く必要がなくなり、もはや妖精さんのようだ。
まあ風呂は気持ちが良いので嗜む程度に入りはしている。
「便利だけど人間離れしちゃってるよ、実質的な不老不死じゃあないか」
女性化という個人的なマイナス要素抜きで考えれば最高のスキルだ。
「む、18時か。結構潜ったな」
スキル効果の確認は都度、行うとして、今日はゴブリンとの熱きタイマンで入手した魔石を買取店舗まで持っていくのだ。
順路を辿って3層まで上がっていく。
「えい! えいやっ!」
こんなところで人の声。珍しいな。
この過疎なG級ダンジョンは滅多に人がこないことで有名だ。俺の中で。
(ゴブリンモドキに苦戦しているのか。以前の俺より善戦しているが)
おじさんモードの俺は3層のゴブリンモドキに敗北し、自分の弱さを分からせられた口だ。
以降、2層で燻っていたのは言うまでもない。
「グゲゲゲッ!」
ゴブリンモドキの右フックが少女の顔面を捉える。俗に言う男女平等パンチだ。
「ぐっ!」
少女が尻もちをつき、頬を抑える。
ゴブリンモドキはニヤつきながら追撃とばかりに殴りかかる。
(横入りはあまり褒められたものじゃないが、仕方がない)
ゴブリンモドキの拳を横から掌で受け止める。
「横入りですまないね」
止めた手に力をかけてゴブリンモドキの拳を握りつぶす。
「ギャギャ!?」
後ろに飛び退こうとするが、千切れかかった手首の痛みから一瞬だけ動きが止まる。
「そぉい!」
全身を使い、左足の甲をゴブリンモドキのこめかみ目がけ振り抜く。
「ゲッ――――」
破砕音。
「――――え?」
敵の頭部が爆発――――否、粉砕された。
血が飛散するが、次々と霧散していく。
(戦闘力に差があるとはいえ、ここまで差が……)
頭部を粉砕されたゴブリンモドキは絶命し、魔石だけが鈍い音を立てながら地面に転がる。
「大丈夫かい、横入りした俺が言うのもなんだかなあとは思うけど」
「い、いえ。助かりました」
尻もちを着いた少女に手を差し伸べ、立ち上がりの補助をする。
「……」
「……」
少女が黙ってしまった。
何故? 理由は言うまでもないだろう。
明らかにさっきの生々しい頭部粉砕キックが原因だ。
俺と少女の間に妙な空気が流れる。
(俺、なんかやらかしちゃいましたねえ!)