4話 おじさんと美少女吸い
――――配信開始
「あ”~い”どうも~、おじさんです~」
【どもおじ~】
【どもおじんくる】
「今日はねえ……疲れた」
【直球】
【顔で分かる】
【疲れた顔もかわいいよ】
【おじかわ】
【顔に騙されるな】
女性化してから最初にダンジョンへ行った日から1ヶ月が経過した。
週5日、土日はゆっくりと身体を休めて準備をする生活を1ヶ月だ。仕事かな?
ほとんど戦闘という緊張感でずっと張り詰めた状態だ。過去に勤めていたところよりもメンタルがキツイ。
とはいえ、あの日に得た2つのスキルのうち片方が成長を促進するものだとわかった時から非常にポジティブになった。
「この疲れも強くなるための苦労だと思えば……いややっぱ疲れたわ」
【そりゃそうよ】
【週5日で潜ってるやつなんてそんないないもん】
【きゃー膝枕してあげたーい】
【ダンジョンは一歩間違えば死ぬしな】
【ちゃんと準備して週3~4日だわねえ】
【その青髪って地毛~? かわいい~】
【コメント欄がカオスなんだわ】
「でもさあ、今成長期なのか知らんけどめっちゃ伸びるんよ~。あとこれ地毛ね、目もね裸眼ね」
名前:無力 日々人
ランク:1
戦闘力:167 → 864 1ヶ月前比較:+697
「どうよ? めっちゃ伸びてるだろぉ?」
ふんすっ、と薄い胸を張ってドヤ顔を決め、片目だけ開けてチラッとコメント欄へ向ける。
【はえ~すごいねえ】
【普通に凄くて草】
【G級4階だろ? そんな伸びるもん?】
【クォレハ……成長系スキルでは】
【んな希少なスキルこんなおっさんが持ってるわk……】
【そういうのは基本非公開だからな】
【無理やり聞き出すのはマナー違反ってやつだ】
【美少女(強制的)になるスキルとなんだっけ】
【タイマンでしか戦闘力上がらない代わりに戦闘力に応じて硬くなるスキルだな】
【それだけ聞くと半分ハズレなんですが】
「スキル保持者本人にすら見えない隠し効果とかもあるって聞いたことあるぞい」
【あ、あ~】
【その線を忘れてたw】
【あったあった】
【ぞいって言う時はあのポーズしろよ、かわいいから】
協会のデータベースの中に一部隠し効果を持つスキルも確認されている。
それらは役に立つものからあまり役に立たないものまで千差万別。ただ1つ共通しているのはメリット効果しかないということだ。
まあ俺の場合は意図的に言わないようにしてるが。
「別に成長系ってわけじゃないかもしれないねえ。自分よりも格上のモンスターと戦って倒したからそれもあるかも?」
【ジャイアントキリング的な】
【それはあるかもー】
【ほーん】
【たし蟹】
【急に蟹食いたくなってきた】
【まあタイマン縛りあるしそれくらいないとね】
【実質ボッチ化スキル】
「元からボッチだからデメリットじゃないな!」
ちょっと涙目。おのれこのミニマムボディめ。感情が顔に出やすい……。
「おじさんの時は真顔だったのにこの身体になってから妙に表情が……」
【かわいそうかわいい】
【かわいそうはかわいい】
【でもその身体になってから来場者激増してんじゃーん】
【おじさん飲み屋からアイドルおじさんに】
【来場者200→1500】
【草】
【くさ】
【増えすぎ】
【むしろ配信で稼げるんじゃ……】
【しっ! そんなこと言っちゃいけません!】
「ちょっとビールおかわり」
空になった缶を片手で潰し、冷蔵庫から新しく2本取り出す。
ついでに塩辛も出しておこう。
「んあ”~、これよこれ、ふぅう~」
【誤魔化したな】
【塩辛じゃーん、俺も食べよ】
【見た目とのギャップぅ】
【なんとも犯罪的な】
【お顔真っ赤でかわいい~、お姉さんものみまぁ~す】
【↑もう飲んでるだろ】
「だはぁ~! ……明日は思い切って7層まで走っちゃうぞ~」
(ふぃ~、頭がくらくらするねえ)
飲み干した缶を潰し、次の缶をぷしゅり。
細く白い喉を鳴らしながら胃に流し込んで、更に塩辛を口に放り込む。
【……酔ってるな】
【大分酔ってるわね】
【G級7層ってか、5層くらいから推奨はランク2だったような】
【格上過ぎでは~?】
【まあ明日になれば冷静になるでしょ】
「なんか眠くなってきたねえ……寝るね」
ふわ~、とあくびが出る。
「おやすみ~」
(べっどきもちい~)
【……え?】
【ちょ、事故ぉ】
【配信切ってねーぞ】
【オイオイオイ】
【オイオイオイ】
【やっちゃったねえ】
【てかベッドがちょうど見えるカメラ位置ぃ】
【寝顔可愛すぎて心臓止まるわ】
【それな】
【このおじさん可愛すぎるだろ】
【口むにゃむにゃしやがって……ッ!】
【これはバズる】
【塩辛腐る……あ、ちゃんと食べきってますね】
【偉い】
【えらいね】
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いや~昨日はやらかしたね。だっはっは!」
「だははじゃありませんよ……」
昨日は配信切り忘れたままベッドインするという配信者にあるまじき失態。
あいやしかし、SNSではバズっておる。
「私がインターホン押さなかったらそのままでしたよ」
「いやあ、ありがとねえ」
今俺を叱っているのは大家さんの娘さんだ。
ちなみに以前、救急車を呼んでくれたのもこの娘である。
「咲音ちゃんには前にも助けてもらったし、ほんと頭が上がらないよ」
「そう思うなら猫吸い……いえ、美少女吸いをさせてください!」
「ええ……咲音ちゃんのほうが美少女じゃん」
「自分は対象外です」
(否定はしないのね)
黒髪ポニテの美少女、咲音ちゃん。
近隣のガキンチョどもからは美人なお姉さん、同級生からは高嶺の花として見られているらしい。ソースは井戸端会議。
「すーっ、「ちょ」スーッっ!」
後ろから抱き上げられて後頭部から吸い上げられる。
この娘、1ヶ月前から変わりすぎだろ……。
前は少し背の高い清楚な弓道美少女だったのに。
「これからダンジョン行くからそのへんで」
「すーっ……なんでダンジョンなんて危ないところへ行くんですか」
「急に落ち着くね」
おじさん、最近の若者が分からなくなってきたよ。
「まずお金だね。その次は健康と強さ」
「お金ですか、確かにそれは大事ですが。何も命をかけなくても」
「……まあ、本音は復讐だよ、両親を殺されたことへの」
「ふく、しゅう?」
「ああ、20年前に起きたある事件は知ってるかい?」
「20年前ってまさか」
そう、20年前に起きた世紀の大事件。
ダンジョン解放事件。
あるテロ組織がダンジョン内にいるモンスターを地上へ大量に解き放ち、一般人や探索者を含めた1万人もの人々が犠牲になった惨たらしい事件だ。
テロ組織は最初から自滅覚悟だったらしく、全員その場で死んだ。故に人々は怒りの矛先を失ったまま悲嘆に暮れた。
たまたま旅行でその場に居合わせた俺たち家族は俺と妹残して皆殺しにされた。
今でもあの時のことは鮮明に思い出せる。復讐心は時間の経過と共に薄れてきているが、無くなったわけではない。
「そんなことが……あの、その」
「だっはっは! 気にしなくていいんだよ、君が生まれる前の出来事だからね。何も関係ないさ」
少しネガティブな話になってしまった。大人として子どもにこんな顔させるのは情けない。
「まあまあ、髪でもどこでも吸ってポジティブにね」
「……」
静かに再び抱き上げられる。
後は先程と同じように……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「来たぜッ! ダンジョン!」
美少女吸い事件の後、急いで準備をし、愛しのマイダンジョンへやってきた。
今日は少し上の層にも行ってみようと思う。
名前:無力 日々人
ランク:2
戦闘力(偽):1880(864)
配信で見せたステータスは偽情報。
本来の戦闘力は1880だ。
「今日は10層へ挑戦する前の8~9層攻略と戦闘力上げだ」
ここまで戦闘力が急上昇したのには理由がある。
戦闘力上昇を促進するスキルだが、格下は2倍の差が無ければ基本的に1上昇だ。
なら格上を倒したらどうなるのか。当然の疑問だろう。
なので実際に倒してみたら上昇量は1ではなかった。
2か? 違う。
「格上なら一気に10上がる。それに耐久性上昇も合わせればタイマンじゃ負けない」
更に最近気づいたことがある。
この耐久性上昇は肉体だけではなく、俺の持ち物全てに効果が適用されている。
つまりだ。防具は本来の性能+スキルというとんでもないものに。
だが、何故かこれに気づいた後、デメリットが追加された。
スキル
《漢になれ》
・防具以外装備不可
・《漢になれ》及び《○神の祝福》を除くスキルの習得不可
・身体の耐久性が戦闘力に応じて上昇
・単独訓練及び戦闘でのみ戦闘力上昇
・戦闘力が伸びやすくなる
・魔法の習得不可 New!!
いやNew!!じゃないよ。他のスキルも魔法も習得できないって伸び代ぉ……。
力と力で語り合えってか馬鹿野郎。
「ま、まあ? 元々魔法も適性無かったし……」
声が震えてるぞ、俺。
「……あ、また涙」
泣いてない。泣いてないと言ったら泣いてないのだ。
このボディが悪いッ!
「……よしっ、気を取り直して8層いくぞっ! あ、よっこらせ」
腰が重いわけじゃないけれど、おじさんボディの時の癖が。
なんと締まらない立ち上がり方なんだろうか。
脚に力を入れて一歩踏み込む。
ダンッ! という音と共にダンジョン内を駆け抜けていく。
道中の雑魚をラリアットでふっ飛ばしながら。