1話 おじさん、倒れる
「はい、どうも~おじさんで~す。配信はじめま~す」
【はい】
【もう飲んでやがる】
【顔真っ赤】
【取り敢えず生で】
よくあるワンルーム。
部屋の中央のちゃぶ台には空き缶が2本。
「これね、3本目ね」
慣れた手付きでプルタブをぷしゅっ、と開ける。
喉を鳴らしながら胃の中へ酒を流し込む。
「くぁ~ッ! ……ふう」
【うまそうに飲みやがって】
【まあ俺も飲んでるんだけど】
【ワイも】
【僕も】
【あっしも】
【ご同類で草】
「この一杯の為に生きてると言っても過言じゃあないよねえ、ダンジョンなんて潜ってる暇ないよお~」
【それは過言】
【少しは働け】
【ここ1ヶ月くらい潜ってないだろ】
【枝豆うめえ】
【カシューナッツうめえ】
【たまにはその後ろにある装備使えよ】
辛辣なコメント、おつまみ感想コメントのちょっとしたカオスを少し眺めて呟く。
「スキルすら発現してない俺が行ったところでガキの小遣いくらいにしかならないんだよ……いやほんとに」
世界各地に突如として洞穴が多数出現してから50年。
それらはダンジョンと呼ばれ、奥深くへ行けば行くほど豊富な資源があることで世界が歓喜した。
だが、これには1つ問題があった。
「ご近所のダンジョンでも2層が限界、低レベルなダンジョンの2層よ。全10層あるうちのね」
【つ涙拭けよ】
【す、スキルが無くても(震え)】
【ランク1の1割はスキル無いからヘーキへーき】
【普通にバイトした方が稼げる(体験談)】
「泣くぞ」
【泣け】
【鬼で草】
冗談半分で言ったけど本当に泣きそう。
探索者なんて職業は実質フリーターのようなものだ。
高ランク探索者はそれこそ何億と稼いでいるが、底辺は月に数万稼げるかどうか。
【モンスター相手にするならスキルは欲しいよなあ】
【それはそう】
【むしろ無しでやろうと思う気がしれん】
「ここに無い人がいるんだが?」
【......ごめんね】
【......ごめんな】
「その反応は惨めったらしくなるからやめい。かぁーッ! ネガティブな話はやめて夢に浸ろうや。ちなみに1ヶ月前から潜ってないのは二角兎に脚を刺されたからでーす」
【どうあがいてもネガティブ】
【秒で夢終わっとるぞ】
【お、おじさん】
「まあ治ってるんだけどねえ。それはさておき、34のおじさんだけど世の中には40歳でスキル発現した人もいるしな。諦めるには早い、たぶん、きっと」
実際にその人は高ランク探索者として名を馳せている。
かなりのレアスキルを引いたらしく、並み居るモンスターをあっという間に殲滅できるという話だ。
俺もスキルさえ発現すればなあ。今よりは遥かにマシになる。
ふと、自分のステータス情報が埋め込まれているカードをパソコンの外部スキャナーに通す。
「見ろ、俺のステータスを。秘匿すべきスキルなんて何一つ無い」
名前:無力 日々人
ランク:1
戦闘力:230
スキル
【新人の方が強そう】
【ある意味で無敵の人だな】
【草】
【あまりに堂々とし過ぎている】
「まあね、こんなもんよ。ちなみに協会の情報だと新人の平均戦闘力が630らしいな。半分以下かよ」
【おじさん何年目だっけ】
【6年目】
【よく知ってんな】
【古参すげえな】
【ちなみに俺は4600】
【つっよ】
【私は9000くらいかなー】
【ふぁっ!?】
「9000!? やばすぎるだろ。なんでこんな人生の終着点みたいな配信にいるんだ」
【ほんそれ】
【それな】
【可愛い子見てわーきゃーするのすら疲れたおっさんの溜まり場だぞ】
【嘘の可能性】
「まあどっちでもいいや、ここにきてくれるだけでウェルカムよ。......酔いが回ってきてるのかなー、頭痛くなってきたわ」
頭痛が鈍く駆け巡る。
「んあ? 足、動かねえなあ」
【大丈夫か?】
【なんかつらそう】
【手震えてるぞ】
【救急車呼んだ方がよくねーか】
「ん? あ? ひたがまわりゃん」
視界がぐわんぐわんと歪んでいく。
呂律も怪しい。
思考があっちこっちに分散する。
「きゅう、きゅ……」
スマホを手に取ろうとするも、うまく掴めない。
何度も指から滑り落ちていく。
【私呼んどいたよ】
【え、家知ってんのか】
【そんなことよりナイス、一刻を争ってんだ。細かいことは気にすんな】
【てかおじさん光ってね?】
【ほんとだ、光ってる】
視界は頼りにならないが、コメント読み上げ音声だけは聞こえていた。
少しずつ意識が遠のいていく中、家の中に誰かが入ってくる気配を感じた。
助かった。
そう思った瞬間、俺は意識を手放した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『漢なら、武器なんて身ひとつで十分だ』
『は? 何言ってんのよ脳筋』
『漢なら、身ひとつであらゆる災厄を跳ね除けろ』
『あーダメだこいつ。筋肉で頭がいっぱいになってる』
額に手をあて、はあーっと大きいため息をつく女性。
隣にいる男性に呆れたような顔を向ける一方、内心で満面の笑みで目の前の映像を見ていた。
『あの男の子孫だというのになんだこの体たらくはッ! 漢力が足りんッ! そんな腑抜けた男にはこれを与えてくれるわ!』
《漢になれ》
・防具以外装備不可
・《漢になれ》及び《○神の祝福》を除くスキルの習得不可
・身体の耐久性が戦闘力に応じて上昇
・単独訓練及び戦闘でのみ戦闘力上昇
・戦闘力が伸びやすくなる
『ふう、我ながら良き仕事をしたものだ』
不快な鈍い音が響く。
『バカタレこの脳筋男! なあに妙なスキル与えてんのよ!』
女性が男性の脳天に拳骨をくらわせた音だった。男性はしゃがみ込み、痛みに耐えている。
『なんという漢力。さてはお主、男神……あばっ!?』
再び脳天に拳骨が入る。
『失礼な奴……あーあ、どうしましょ。流石に他の神が与えたスキルは取り消せないしなあ。……うん、もう趣味に走ってもいい気がしてきた』
それはどうなんだという男性の心の声は拳骨を恐れてか、口から出ることは無かった。
仮に言ったとしても『お前が言うな』と一喝されるだけである。
『うふ、うふふふ。たまには一から作らずに自分の御姿にするのもアリよねえ。そうそう、こんな感じで……こうね。うん、いい感じ』
《百合好物神の祝福》
・容姿が御姿に固定され、不変となる
・常に浄化される
・XXX(封印中)※条件を満たした時、限定解除
『む、このスキル名はちょっと恥ずかしいわね』
『ちょっと?』
『あ?』
女性が邪神すら一歩引くような形相で反応する。
『あ、なんでもないです』
『そ』
(お、漢なら、こ、こんな恐怖など……なんてことはない)
男性はとある界隈で真の漢と呼ばれているが、この女性の前ではそれも意味をなさなかった。
今はただただ震える仔鹿のような漢、いや、男である。
『取り敢えず他の神に手出しさせるつもりはないし、こうしておきましょ』
《女神の祝福》
・容姿が御姿に固定され、不変となる
・常に浄化される
『限定解除は不安がらせちゃうだろうし、隠すのが無難ね。まあ他の項目もちょっと変だけど』
『……趣味だな』
ばたりと何かが倒れる音が空間内に響く。
『『あ』』
この2人、ただの人間に特殊すぎるピーキースキルを与えたらどうなるのか、全く考えていなかった。
『負荷がかかり過ぎて倒れちゃったわね《ゴッデス・ヒール》』
『おい、神の回復ですら効き目薄いぞ。だが、これは……』
『ま、まあ? リジェネ系だし? 徐々に効いてくるでしょ』
女性は声を震わせながら明後日の方を向いた。
『……はあ』
それは誰のため息だったのか。
2人の様子を見た者は苦笑いで映像を見守っていた。