あたたかい粉雪。
しばらく舐め続けられて、僕は笑い疲れ ぐったりとなる。も、もうダメ……。これ以上、笑えない。
ひぃーひぃーと悲鳴を上げて、僕は息をする。
そ、それに腕……瑠璃姫さまの腕が、めちゃくちゃ重い。逃げる力も既になくなって、僕はただただ唸る。
『ん? どうした? 何を唸っておる……。
お、おぉ、そうであったな。すまぬ。すまぬ。
……けれどこれで、いくらか落ち着いたであろう?』
言って瑠璃姫さまはクスクス笑いながら、その腕をどけてくれた。
一気に体が軽くなる。
『! はい……でも、もう笑い疲れました……』
一通り舐められ、体は光らなくなったけれど、笑いすぎて力が出ない。僕はぱたり……とその場に寝そべる。
『……もう本当に、ダメ』
ぐったりと長くなる僕を、瑠璃姫さまは小さく笑いながら横目で見た。
けれどすぐに真面目な顔で、弦月和尚さまに向きなおる。
『弦月。このキツネは、どうしたのだ?
また、吾のように封じる気なのか……?』
怒気を押さえるかのように、震えた声で瑠璃姫さまは、和尚さまにそう尋ねた。
その顔は、少し、怖い――。
《封じる》……?
僕の耳がピクピクと反応する。
僕を封じる!? 僕は何もしていないんだけど? なんで? 僕が妖怪だから?
不安になって、僕は二人を交互に見た。
逃げればいいんだろうけれど、今の僕に、そんな体力なんて残っていない。
だってもう、夜なんだよ? 普通なら眠ってるんだよ? それなのに、変化の練習でたくさん飛び跳ねたし、長い洞窟は彷徨ったし、瑠璃姫さまに舐められて、ずっと笑ってたから、もう体力の限界だった。
和尚さまは瑠璃姫さまのその言葉に、小さく溜め息をつくと静かに口を開いた。
「……封じるつもりなどありはせん。儂にはもう、そんな力は無い。そんな気力もない。
……苦労を掛けるのは、お前一匹で十分。そうであろう……?」
そう瑠璃姫さまへ、言葉を返した。和尚さまは、瑠璃姫さまをふり仰ぐ。……まるで見えているみたいに。
「儂の最大の罪は、お主を封じたこと。
……例え、騙されていたとしても、この罪は消えぬ。
いや、神や仏が許したとしても、この儂自身が生涯、己を許すことは出来ぬ……」
そう言って、苦しそうに眉を寄せた。
「あの時もっと、お主の話を聞くべきだったのだ……」
『……和尚さま……?』
何かあったのだろうか? 《封じる》……なんて、穏やかな話じゃない。けれど二人の仲は、そうギスギスしたものでもないように見えた。
瑠璃姫さまは、和尚さまを詰っているようにも見えるけど、労わっているようにも見える。
和尚さまは和尚さまで、自分のした事を本当に悔いていて、だからあの時……僕が初めて和尚さまに会った時、あんなに遠慮がちに僕に触れたんだと思った。
『……』
過去を後悔するかのように、和尚さまは苦しげな表情を浮かべた。その姿を見て、瑠璃姫さまはホッと溜め息をつき、困った顔で……けれどドキリとするほど、優しく笑った。
『何を今更……』
瑠璃姫さまは言う。
『人と言うものは、往々にして話を聞かぬものだ。
そしてそこが、面白くもある……と、吾は思う』
優しくそう言って、和尚さまを見下ろした。
「……」
弦月和尚さまは、……けれど下を向いて黙り込む。
瑠璃姫さまは、困ったように溜め息をつく。
『お前の。……人の人生など、瞬き程度しかないではないか。
今、吾をここに留めてはおるが、それは吾にとって、ほんの一瞬の出来事でしかない……。
気に病む必要もない。吾は、ここにいれることが幸せだと思っているしの……』
言って、和尚さまに、ふっ……と息を吹き掛ける。
「!」
和尚さまの肩が揺れた。
パラパラと粉雪が舞う。
瑠璃姫さまの妖力で出来た、キラキラ光る粉雪。
瑠璃姫さまは機嫌がいいと、よくこの粉雪を降らせるのだと、後からタマが教えてくれた。
『うわぁ。綺麗……』
粉雪はとても綺麗で、僕は思わず溜め息を漏らす。
春になって、もう見ることも出来なくなった、柔らかい雪。
僕の大好きな、《雪》。
「……」
目が見えない弦月和尚さまにも、この粉雪が分かったようで、ハッとしたように顔を上げた。
見えなくても、触れさえすれば、その粉雪を感じることが出来る。
懐かしむように和尚さまは微笑んで、その粉雪を愉しんだ。
粉雪は和尚さまの手に触れると、ふわりと消えた。
「……」
和尚さまは溜め息を吐く。
「昔はそなたの作るこの粉雪が大好きで、《出してくれ》とよく強請ったものだな……」
若かりし頃の自分を思い出したのか、和尚さまはそう言って、少し微笑んだ。
『お前が気にすることなど、もう何もない――』
誰に言うでもなく、ポツリと瑠璃姫さまが呟く。
和尚さまに、その呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか……。ただ穏やかに微笑む、和尚さまの笑顔を、瑠璃姫さまは優しく見護った。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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