僕の名付け親。
僕は、グルルッ……と威嚇音を出す。
怒りで毛並みも逆立った。
和尚さまは、眉を寄せる。
それが怒っているように見えて、僕は悔しくなる。
『……僕、僕はね、そんな言葉知らない』
僕は必死に口を開いた。
思った事を口にする。
和尚さまの言葉はまるで、名前がないのが悪いみたいな言い方だった。それが癪に障った。
僕の今までの生活を、全否定されてような気がして、気分が悪かったんだ。
『僕には名前がない。生まれた時から一人だった。
だから、つけてくれる人がいなかったんだ。
名前がないのが悪いっていうんだったら。……だったら、和尚さまがつけてよ!
僕に名前をつけて!!』
半分怒って、半分期待して、僕は叫ぶ。
僕だって分かってる。名前は特別な贈り物。簡単に手に入るものじゃない。誰かが誰かを大好きで、たくさん話したいって思う時に必要になる。
『ねぇねぇ』って呼び方じゃなくて、自分だけの、特別な《存在の証》。
『……』
名前なんていらないなんて言ったけど、そんなの嘘だ! 本当は欲しい! 喉から手が出るほど欲しかった。だけど望んでも手に入らない。自分で付けても、誰も呼んでくれない。だから諦めてた。
僕には、手に入れることの出来ないものなんだって!
僕だって、……僕だって名前が欲しいんだ……!
……なのにそれを責めるなんて。
僕に言われて弦月和尚さまは、少し怯んだ。
「う、うーむ。……しかし、わしなどがつけるのは……」
煮え切らない反応に、僕はムッとする。
ほら見てみろ。そうくるって思ってた。
……僕は少しガッカリする。期待してなかったって言うと嘘になるから。
本当は、僕も名前が欲しい。名前をつけて貰えるかもって、ほんのちょっぴり期待した。
『……じゃあ、いらない』
だけど誰かがつけてくれないと、僕は名前を持つことが出来ない。つけてもらう意味がない。
ぷいっと僕は横を向く。
『今まで、なくても何ともなかったし、別になくてもいいよ……っ』
半ば、やけっぱち。
少しの期待……。
その事実が僕を傷つける。
必死にそっぽを向いて、ぷぅ……と頬を膨らませてみた。けれど心は収まらない。悲しくて悲しくて仕方がない。
……でも、いいんだ。しょうがない。
和尚さまは、今日会ったばかりの人なんだから。
今まで会話すらした事がなかった。
それなのに今こうして、僕と話をしてくれた。それだけで、十分じゃないか。
弦月和尚さまは唸った。
「いやいや、そんな訳にはいかぬ。……」
うーむうーむと悩んで、弦月和尚さまは、ぽんっと手を打った。
「分かった分かった! それならば名をつけてやろう!
お前の名前は、『狐丸』がいい!」
『……』
え? ……つけて、くれるの……?
僕は目を見張る。
……え"。でも、《狐丸》って……。
僕は少し尻込みする。
けれど和尚さまは、そんな僕の反応を知ってか知らずか、とても嬉しそうだ。
これはいい名をつけた! とばかりに和尚さまはご機嫌で、僕に微笑みかけてくる。
『……』
けれど僕は違う。
慌ててグルルッて、唸ってみせた。だって少し照れくさい。
狐丸? 僕は《狐丸》なんだって……!
けれど僕は、必死にその嬉しさを隠した。
だって《狐丸》だよ? 見たままじゃないかっと、僕は小さく呻く。
少し、おかしかった。
必死に笑いをこらえた。
笑いを堪えるために、怒ってみせた。
すると和尚さまが膨れた。大人なのに ほっぺを膨らませたんだ!
「お前がつけろと、わしに言ったのじゃ。何か文句があるのか?」
和尚さまが僕に、ずずずいっと凄んでみせる。
僕は、うぐっと息を呑む。
それから和尚さまは、にやっと笑うと、僕に告げた。
「そうであろう! 文句は言えぬであろう?
今日からお前は『狐丸』じゃ。よいな?」
和尚さまに念を押され、僕は仕方なく頷いた。
『……分かった。僕は……僕は狐丸……!』
僕は、自分の名前を宣言する。
すると『よろしい。』と弦月和尚さまは、満足気に頷いた。
文句を言ったけれど、僕は本当は嬉しかった。
こんなに沢山、誰かと話をしたことはなかったし、撫でられたことも無かった。
ましてや、名前なんて……っ。
小躍りしたくなるのをじっと我慢して、僕は和尚さまに撫でられる事を選んだ。
ポッカリ空いていた心の中が、なんだかあたたかくなったような気がした。
柔らかい風が吹く。
それは、氷のように凍てつく冬の風ではなくて、
ほんのり暖かい、春の香りを含んだ
──優しい風だったんだ。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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