和尚さまの弓。
「その地面に弓を引いていた月が《下弦の月》じゃよ」
『え? 下弦? 下弦って、弦が下に向いているっていう意味じゃないの? 僕が見た月の弦は上に向いていたけれど、それでも下弦って言うの?』
僕は尋ねた。
その言葉に、和尚さまは笑う。
「ふふ。お前は賢いの。……そうじゃ、下弦と言うのは弓の弦が下を向くから、そう名付けられた」
和尚さまは愉しげに喉を鳴らす。
「下弦の月が狙っているのは、本当は《天》なのだよ」
『天……?』
僕はわけが分からなくなって、頭を抱えた。
和尚さまはそんな僕を見て、くすりと笑うと優しく頷いた。
頷きながら、和尚さまは弓引く仕草をする。
シュルっと衣擦れの音がして、袖が和尚さまの右の手のひらを隠す。
和尚さまはそれを弓の弦に見立てて、袖の先を掴んだ。
「地に弓を向け引き絞り、沈む時に《天》を狙う。
……それが下弦の月」
真剣な顔で天を狙い、和尚さまは弓を引く。
カン──!
『!』
ビクッ!
僕には和尚さまの射る弓の音が、聞こえたような気がした。その音はとても悲しく響いて、僕は少し、恐ろしくなる。
『……うん。なんとなく分かった』
和尚さまの言葉に、僕は納得する。
『そうか。引き絞らないと矢は射る事が出来ないからね……。
じゃあ反対の上弦の月は、天に弓を向けて引き絞った後に、地に向かって矢を射るんだね?』
和尚さまは笑う。
「ふふ、そんなところじゃ。お前は頭がいいな」
言いながら、また僕の頭を撫でてくれる。
褒められて、僕は得意になる。パタパタとしっぽを振った。
『じゃあ、じゃあ、《弦月》って言うのは、その二つの月のこと?』
「そうじゃよ」
和尚さまはその言葉に、悲しげに眉を寄せながら小さく笑う。
「私は、天にも地にも、弓を引いてしまったのじゃからな……」
和尚さまは遠くを見つめるように、顔を上げた。
『和尚さま……?』
黙り込んでしまった弦月和尚さまを、僕は少し心配しながら、その顔を仰ぎみる。
泣いてはいないけれど、僕には弦月和尚さまが泣いているように見えた。
『……』
僕はそんな和尚さまを慰めようと思って、ぺろりとその頬を舐める。
「!」
舐められて、和尚さまは少し驚いた様子だったけれど、すぐに笑って僕に語りかける。
「ふふ。くすぐったいの。
そうじゃ、……お前の名はなんと言う?」
弦月和尚さまに問われて、僕は首をかしげた。
僕は、生まれた時から一人だった。
名前をつけて貰った覚えなんて、なかったから──。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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