安心できる、あたたかい手。
和尚さまの名前は、弦月と言った。
でもそれは、本当の名前じゃないんだって。
本当の名は、何か深いわけがあって、棄てたのだと、弦月和尚さまは悲しげに言った。
何かってなんだろう? 僕は不思議に思ったけれど、その理由を聞くのはやめた。言いたくないって顔をしていたから。
《弦月》とは、《天と地に弓引く者》と言う意味で付けたらしい。
『《弓引く》……?』
僕は小首を傾げる。
弦月和尚さまは笑って、僕に説明してくれる。
「月が形を変えるのは、知っているかい?」
和尚さまの言葉に、僕は頷いた。
『うん。知ってる。僕が生まれた時はまん丸だったけれど、日が経つにつれて、だんだん細くなったから』
弦月和尚さまは、僕の話を聞きながら、嬉しそうに頷いた。
「そう。その欠けた月が、弓のように見えた日があったろう?」
言われて僕は考える。
『うん。満月の後、しばらくしたら月は半分になった。月が登ってくるのがとても遅くなって、僕、眠らずに待ってた事があるんだ』
僕の言葉に、和尚さまは驚く。
「そんなに遅くまで、起きていたのかい?」
僕は、こくりと頷く。
『僕は、月の明るい晩に生まれたから、また月が出たら、僕みたいなのが生まれて来るのかなって、思って……』
呟きながら悲しくなる。
『でも……誰も生まれて来なかった……』
「……」
和尚さまは黙って、そんな僕の頭を撫でてくれる。
あったかい……。
その手が心地よくて、僕は頭を擦り寄せた。和尚さまの手からは、ほんのり香の匂いがして、ほっと落ち着く。
僕はそんな和尚さまの手が大好きだ。
いつもあたたかく、僕を迎えてくれる。
僕が今している話は、本当は悲しい記憶なんだけれど、和尚さまの傍にいれば、懐かしい記憶となって、話す事も出来た。
今は違う。
今は、優しい和尚さまの傍にいられて、僕は幸せだから。だから悲しい記憶も笑って話せる。
僕は小さく微笑んだ。
『その時出てきた月はね、まるで地面に弓を引いているようだったの。
しなる弓が下を向いていて、真っ直ぐな弦が上の方にあって……』
だからその時 僕は、それを見て納得したんだ。
『きっとね、月が地面に向かって矢を番えて待っているから、生まれてくるはずの僕の仲間は怖くって、生まれて来れないんだ……って、僕、そう思ったんだ』
目を閉じながら呟く。少し、声が震えた。
その時の事を思い出すと、心が壊れてしまいそうなほどに痛くなる。
ぎゅっと体を丸めて、震える体を必死に押さえた。
──でももう、ひとりじゃない。
「そうか。お前は、寂しかったんじゃな……」
和尚さまが呟きながら、僕の頭を優しく撫でてくれた。
『……』
僕は答えず、ただその手に擦り寄った。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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