寂しげに見えた和尚さま。
声を掛けてきたのは、ここのお寺の和尚さまだ。
白い衣の上に、小豆色の五條袈裟を掛けている。
いつからそこにいたのか、縁の上に座布団を置いて、静かに座っていた。
穏やかに笑うその姿は、とっても優しくて、ホッとする。だけど、騙されちゃダメだ!
きっとこの和尚さまって、只者じゃない。だって僕が、気づかなかったんだよ? 気配がまるでなかったんだ!
普通の人間に、そんな事できるわけがないもの!
和尚さまは、一見穏やかそうでいて、けれど何者にも揺るぎそうにない、どっしりとした風格を感じさせる。
まさに、このお寺のでっかい《木》みたいな人……。
初めて見た時、僕は、そんなふうに思った。
ちょっと怖い。
だけど凄く大きな《護り》の力を感じた。
『……』
僕は、恐る恐る様子をうかがった。
和尚さまは、目が見えないようだ。
瞼を軽く閉じていて、僕がいる方を向いて座ってはいるんだけれど、それが少し、視点がずれている。
背中がゆるく曲がっていて、とても優しそうな人に見えた。
『……こ、こんにちは』
僕は、おずおずと声をかける。
この人も、逃げるのだろうか? それとも僕を追い出す……? そんな不安が、僕の頭をよぎった。
けれど、和尚さまは逃げなかった。
僕を追い出しもしなかったし、威嚇することもなかった。
それどころか、興味を示したようで、縁の上から『落ちるんじゃないの!?』ってくらい身を乗り出してきた! 僕は驚く。
「な、なんと、こんな山寺に童子が来るとは……!
タヌキにでも化かされておるのかのう⁉」
ふふふと笑いながらも和尚さまは、丁寧に『こんにちは』と返してくれる。
どうやら、僕の声が幼さなくて、びっくりしたみたい。
そりゃそうだよね、こんな山の中、人間の子どもが一人でやって来れるはずがない。僕は少し《しまった》って思った。もうちょっと低い声を出せばよかった……。
だから和尚さまは僕のことを、あんなに必死になって、気配を探っていたのか……。
『……』
だけど僕は、すぐにそんなこと どうでも良くなった。
だって、和尚さまは僕がここにいることを、喜んでくれたんだよ!
そう思うと僕は嬉しくって、勝手にしっぽがパタパタと動いた。だって初めてのことだったんだもん!
ぼ、僕、僕僕! 誰かとお喋りしちゃったよぉ……!?
空に舞い上がりたいくらいに、僕は嬉しかった。
すごく嬉しくて、どうにかなってしまいそう!
『ん?』
けれど、ハタと気づく。
『………………』
けれど僕はキツネだ。タヌキじゃないない。
もしかしたら、和尚さまは、僕のことを《タヌキ》って思って話し掛けてくれたのかも知れない。
ここはすごく重要な事だ! ちゃんと訂正しておかないと!!
僕はコホン! と咳払いをする。
『ぼ、僕は、タヌキではないよ!』
僕は出来るだけ、ムッとして答えてみせた。舐められたらおしまいだ! ここはビシッとキツネの威厳を示さないと……!
けれど僕の言葉が面白かったのか、和尚さまの顔がほころぶ。ぶふっ……と小さい声が聞こえた。
……む? 今、笑わなかった?
「お、おぉ。……それは、すまない事を言ったの。
どれお詫びにこの饅頭をやろう。
……饅頭は好きか?」
言われて、僕は首を傾げる。
『饅頭……?』
尋ねる僕に、和尚さまは笑って答える。
「菓子の事だよ。
さぁ、おいで。ここで食べるといい」
和尚さまはもしかしたら、僕を人の子と思っているのかも知れない。
……そっか、だから怖がらないんだ。
『……』
僕は少しガッカリする。
和尚さまは なにも、僕の姿を見て話してくれたわけじゃない。もしも僕の正体がバレたらどうなるんだろう……?
僕は少し、不安になる。
でも、それでもいいって思った。少しの間でも、お話出来れば、僕は満足だったから。
目が見えないのだから、仕方がない。
けれどそれでも僕は、嬉しかった。
今まで、誰かと話したことなどなかった。
誰かと話すのは、こんなにも幸せな気持ちになれるのかと、僕は初めて知った。
もっとたくさんお話がしたい。
だから、もしかしたら人間の子どもだと、勘違いしているのかも知れないけれど、《おいで》と和尚さまに言われ、僕は素直に上機嫌になった。
気づかれるまでの間、しっかり話しておこうっと!
……そんな風に思うのは、本当はいけないことだし、悲しいことだって分かってる。
でも、ちょっとだけ……。
僕はそう思って、和尚さまに近づいた。
和尚さまは『さぁ! ここに!』と、自分の座布団をひっくり返して、勧めてくれた。
『座布団はいらないよ』
僕は断った。
座布団なんかなくったって、僕は平気。
それよりも和尚さまが床の上に直接座ったら、きっと足が痛くなるかも知れない。僕はそれが心配だった。
けれど和尚さまは、そのまま僕に座布団を差し出して、床に座る。
『……』
僕はそれを見て、濡れ縁に飛び上がると、そのまま和尚さまの隣にちょこんと座った。
誰かが傍にいてくれる。それだけで、こんなにも安心するもんなんだ……僕は初めてその事を知った。
思わず顔がほころんでしまう。
その様子に、和尚さまはふふふと笑う。
「そうか、お前は人ではないのだな?」
『え!?』
僕はキョトンとする。
少し血の気が引いた。
……え? もう? もうバレちゃったの?
『……ど、どうして、分かったの?』
おずおずと尋ねた。
ひどく嫌がるのなら、サッサとどっかへ行ってしまおうと、腰を上げる。
けれど和尚さまは、そんなに怖がってはいないように見えた。
あったかい、お日さまみたいに微笑んだ。
『……』
「それは、分かるさ。ここの縁に、ひとっ飛びで登れる子どもがいるものか」
愉快そうに和尚さまが言った。
『え……?』
僕は縁に腹ばいになって、もといた場所を眺める。
寺の縁はずいぶんと高い。
子どもどころか、大人でも勢いをつけなければ、登るのは難しいだろう。
いやもしかしたら、大人であっても、目の前の和尚さまのような小柄な人は登れないに違いない。
『……』
和尚さまに言われて、そのことに初めて気がついた。
『……もしかして、試した?』
僕は急に、不安になる。
もしかしたら、騙して僕を捕まえる魂胆なのかも……。
そう思って、僕はギュッと眉根を寄せる。
今まで出会った動物たちは、僕を恐れて逃げて行った。
けれど目の前にいる和尚さまは、自分の事を恐れはしないけれど、試してはいる。何か良からぬ事でも考えているのかも知れなかった。
もしかしたら、僕の事を食べちゃうのかも……!
そんな不安まで押し寄せてくる。
今まで、そんな自分の心配なんて、しなくてよかった。だって今までみんな、僕を見て逃げて行っていたから。だけどこの状況は、今までと違う。
和尚さまは僕を恐れていない。
むしろ僕を、捕らえようとしている……⁉
僕は小さく、ぐるるっと唸る。
僕の警戒の念を感じたのか、和尚さまは慌てて言葉を紡いだ。
「あぁ……すまない。不安にさせてしまったかい? しかし、私も目が見えぬ。見えぬモノが何なのか、少しでも知りたいと思うのは仕方がないだろう?」
オロオロと言い訳を始める和尚さまの姿が、なんだか可笑しくて、僕は目を細める。
和尚さまの言葉に、僕も最もだと思って、安心した。
『それも、そうだね……』
こくりと頷いて、返事をする。
和尚さまからは、やっぱり嫌な感じはしない。
優しくて、ほんわかするような、あたたかい おひさまのような匂いがした。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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