月の昇る頃に⑥
時刻は午前0時。
空海は三日月墓地へとやって来た。
直感的に、赤いスポーツカーは三日月墓地に停車していると思えたからだ。
男が墓石に腰を下ろしていた。
「こんばんは。空海と言います」
「こんばんは。私はエドガーと言う」
空海と男は挨拶を交わした。
赤いスポーツカーのオーナーでもあり、あのコンビニの上の人。
空海は目の前の男をしげしげと見つめた。
黒ずくめの出で立ちに長身痩躯。
目にはかすかな皮肉っぽさをたたえながらも、知性をひけらかすのを好むような傲慢さは感じられない雰囲気。
これみよがしなところがまったくない。
また、どこかクラシックな範に則った静穏な魅力をたたえながらも、威圧感もあった。
実は、空海はあの赤いスポーツカーの雄姿に感動していたのではなく、あの赤いスポーツカーの醸し出す神秘的なパワーに感銘を受けていた。
空海は、軽く指を這わせた時の感触をまだ覚えていた。
不意を突かれた。
柔らかかった。
機械の硬い肌に触れているはずなのに、まるで人肌のような弾力があったのだ。
肉の柔らかみを吸いとった生物のような感触。
怪奇なロマンスが、掌をじんわりと伝わってきた。
また、あの時は日が照っていた。
暑熱で熱くなってもおかしくないはずの車のボディーは、冷たかった。
まるで死体のように。
生物の肌のような触感を持ち、死体のような暗い冷たさを持つ車。
内心の高揚を抑えながら、空海は窓ガラスに近付き、車内を覗いた。
異様な内部に目を射抜かれ、度肝を抜かれた。
シートの下がどこまでも続く暗黒の穴のようになっていた。
思いがけず、笑みをこぼしてしまった。
言語を絶するほどに、車を形容していなかったことに。
そのとき、空海は直感的に理解した。
もし他に類を見ないこの神業な車に、しっくり合うだけの持ち主が存在するのならば、きっと人間ではないだろうと。
今、目の前にその車の持ち主が立っている。
この男は悪魔だ。
だからこそ夜を選んでやって来た。
だからこそ、これだけ揺るぎない魅力に満ちているのだと空海は思った。