月の昇る頃に⑤
時刻は午前0時。
陸は三日月墓地に着いた。
うっすらと立ち込めていた霧が、墓地に近づくにつれ、濃密に立ち込めていった。
死者の枕元にふさわしい情景であると言えた。
気づけば吐く息も白くなっている。
左右に目を走らせると、何かの影が陸の注意を捉えた。
男が墓石に腰を下ろしていた。
月の光が、それを印象的に浮かび上がらせる。
捻れた枝には鴉がとまっていた。
鴉というものは、大概、何か上の存在の、目の良い見張り役であることが思い出された。
恐怖がひしひしと口中を乾かす。
「私は」
にわかに遠雷の響きを持つようなバリトンが静寂をやぶった。
「そこに誰かが潜んでいるのが分かっている。つまらないかくれんぼだ。この世の中はそんなつまらないもので、満ち満ちている」
言葉とは裏腹に、男の口元には軽い笑みが浮かんでいるようだった。
「この世で一番残酷な罪は退屈。人を退屈させることなのだよ、陸くん」
男が頭を立て、害意を浮かべた黒い硝子のような目を陸に向けた。
うなじの毛が逆立つ。
陸は逃げるために、後ろに身を翻した。
不意に、あるシルエットが陸の前方に現れた。
赤いスポーツカーであった。
赤いスポーツカーが陸にその車首を向け、小石を跳ね飛ばしながら、迫っていた。
身をかわす暇もなかった。
はね飛ばされた陸の身体は、思い切りよじれ、宙を舞った。
靴は遠方へともげ飛ぶ。
赤いスポーツカーは自分のボディーに撥ねかかった陸の血を嬉しそうに啜り込んだ。
エンジンは歓喜の音を響かせる。
男は言った。
「退屈という罪には、沈黙という罰を。しかし、私にだって慈悲の心はある」
赤いスポーツカーが、仰臥した陸の身体を再びはねた。
すると、陸の頭部がきれいにちょん切られ、宙を舞って、男の両手へと落下した。
「これで母親と一緒になった」
次いで、男は陸の顔を炎で焼き上げた。
「これで父親とも一緒になった」
男はソファーに腰掛けるぐらいの気軽さで、墓石に腰を下ろしていた。