5話 天才少女と異世界のお勉強(一般知識編)
さすがに一週間も文字と言葉の勉強をみっちりとやって、日常で会話もしていればなんとなく覚えてきてしまうもの。
私もなんとか教師のシスターさん…えっと、名前はプリシラさんって言うんだけど…とある程度雑談が出来るくらいには話せるようになってきた。二日目にはペラペラと喋っている兄様は異常。おねえちゃんが比べられて困惑するわけだよ。
そうそう。この世界では基本的に相手のことは名前呼びが普通らしいから、私達の間でも名前呼びを定着させたよ。綾さんは、兄様のこと名前で呼ぶの嫌そうにしてたけど、口をへもじにしながら納得はしてた。勢いで呼ぶときあるんだから、諦めて普段から呼べば良いと思う。往生際が悪いよ。
プリシラさんは、肩ぐらいの長さの金色の髪に月のような優しい金色の瞳をした女性で、私達に言葉を教える為に遠方からやって来たそうだ。なんだか迷惑をかけてごめんなさい。
昔は孤児院の院長として子供達に勉強を教えていたり、今でも教会で文字を書くのに不慣れな人に教えていたりしているらしい。だから教えるのが上手なんだね。それにしても、『昔』という表現がちょっと気になった。見た目は30代ぐらいだけれど、実はもっと年上?異世界は見た目と年齢が一致しない詐欺が多いのかな?私の身近にも居るけどね。千鶴さんとか。
「うふふ。まさかここまで早く言葉を習得するとは思いませんでした。日常会話だけでも一ヶ月は掛かると思っていましたので」
プリシラさんが「とても優秀です」とにこやかに私達を褒めてくれる。うんうん。特に私は頑張ったよ。もっと褒めて!
「もう言葉の壁で困ることはそうそうないでしょう。なので、次のステップに進みたいと思います」
私が褒められて上機嫌になっていると、次のステップとい言葉が聞こえて思わず固まってしまった。え?まだ何か勉強するの?
兄様がさも当然かのように頷いているのを見て、私は隣に座る綾さんに小さな声で話しかけた。もちろんこの世界の言葉で。
「ね、ねぇ?このあと何を勉強するの?」
「別に私に聞かなくてもすぐプリシラさんが教えてくれると思うけれど…。多分、この世界のことをいろいろじゃないかな?地理とか歴史とか魔法のこととか一般常識とか」
……なるほど。確かにそれは重要だ。
綾さんの推察通り、プリシラさんは新しい教科書をいくつか私達に手渡してきた。地理や歴史に関するもの、それと各国共通のマナーや常識が書かれた本のようなものみたい。たぶん。文字は読めてもまだ意味の分からない言葉も多いから、ざっと読んだだけではさっぱりだった。
「では、まずは一般常識から始めましょう」
プリシラさんは私達に手渡した本の中の一冊を手に取って、今はもう見慣れた虫メガネ型プロジェクターのようなものでその本のページを拡大した。どうやらこの大陸の地図のようだ。
「まずはこの大陸についてから。この大陸の名前はエデン大陸と言います。実は、つい数十年前まではこの世界にはこの大陸しか無いと思われていたので、もともとは私達の住む世界の名前でした。他の大陸については普通に暮らす分には必要のない情報なので割愛しますね」
ほーん。ほんの数十年前までは海に出ないで今住んでいる広い大陸を一つの世界として認識していたってことだよね。よほど他の大陸と距離が離れているのか、海を渡れない原因が何かあったのか…。気になるけれど、今は私達の居る大陸について学ぼう。
……しかし、一般では手に入らない情報をさも当然かのように持っているプリシラさんって一体何者なんだろう?…気にはなるけど、今は気にしないで良いか。
「今のエデン大陸には7つの大きな国があります。まず、大陸を二分している山脈の南側の西側に位置するアスタルト聖国。私達が今居る国がここです。そこから東に行って魔の森と呼ばれる大森林を越えた場所にオズワルド王国。王国から南に行くと獣王国ガルガンティア。王国から更に東に向かい、国境の森を越えるとエスタシオン公国。公国から大陸を二分している山脈の北側まで移動して魔国。魔国から西にある山脈を越えた雪原地帯にあるフルート皇国。皇国から西に進み、雪原地帯を抜けて広い平野側にダース新帝国があります。その他には、エルフの住まう精霊郷があるそうですが、具体的な場所は知られていませんので割愛しますね」
七つの国か。地図を見た感じでは王国が一番広い感じかな。次に新帝国と聖国。いや、公国も広いな。小さい国は獣王国と皇国だね。
私が各国の領土の広さを確認していると、隣に座っている千鶴さんが手をあげてから席を立った。
「一つ、質問です」
「はい。なんでしょう?」
「各国で言語は異なるのでしょうか?」
あぁ、まあ普通は違うよね。英語とか中国語とか、他国と交流するためにある程度の共通語はあるだろうけど、普通は各国独自の文化で成り立ってきた言語があるはずだ。私達がここ一週間で覚えた言語が聖国でしか使えないとしたら、しばらくはこの国で暮らすことになりそう。いやいや、そもそも他の国に行けるかどうかよりも、今後の私達の処遇もわからないんだった。
「ふふ。他の大陸までは分かりませんが、この大陸の全ての国の言語は共通ですので、安心してください」
「えっ?」
思わず声をあげてポカンとしてしまう。どういうこと?文化が違うはずの国々なのに言葉と文字だけ一緒ってこと?意味わかんない!
でも、プリシラさんは何の疑問も持っていないようだ。嘘を吐く理由もないし。この大陸の国々の言語が共通なのは間違いなさそう。理解不能だけど、いちいち新しい国の言葉を覚えるよりは楽だと思っておこう。
……一つの大陸内にある国々だし、そういうこともある…のかな?知らないけど。きっとそういうことだ。うん。
私が脳内で勝手に納得している間に、千鶴さんがプリシラさんにお礼を言って着席した。プリシラさんが他に質問者が居ないか見渡してから説明を再開する。
「次は人族について説明しましょう。次のページを見て下さい」
言われた通りに教科書の次のページを開くと。そこには私達と見た目の変わらない人や、尖った耳を持つ人や動物の耳や尻尾を持つ人、更にはこれってモンスターじゃないの?っていう見た目の絵が並んでいた。
……ふぉおおお!これってもしかしなくても亜人。エルフとか獣人とかそういうやつだよね!?
心なしか隣に座っている綾さんも興奮したように目をキラキラさせている気がする。やっぱりファンタジー的な生き物が居るんだね!私も興奮するよ!
「人族と呼ばれる種族は、主に人間、獣人、エルフ、魔族などが居ます。人によっては人間以外の人族は亜人と一括りにされている方も居ますが、場所によっては差別的な扱いをしたと諍いに巻き込まれる可能性があるので注意してください」
特に見た目が魔物に近い魔族は、酷い風評被害と虐めを受けた人たちが逃げ出して一ヶ所に集まった。そうして出来た魔族の国が魔国らしい。言葉が共通でコミュニケーションがとれても、そういった見た目や異能で差別するのは変わらないんだね。これは人として生まれたからには仕方のないことのなのかも。
私も、小学生低学年くらいの時は他とはちょっとおかしい子としていじめられていた。あの時はおねえちゃんが毎回庇ってくれたんだよね。その学校を卒業する前に私は外国に行っちゃったんだけど。外国でもいろいろあったなぁ。唯一の心のオアシスが一日一回のおねえちゃんへの電話だったよ。
「人族の中でも特に魔力が多くなり、特別な進化をした人を聖人と言います。聖人は体の老化が完全に止まり、寿命がありません。世界的にも重要な立場の人が聖人の場合が多いので覚えておいて下さい」
進化ねぇ。普通の人でもその魔力とやらを沢山増やして進化したら不老になるってことなのかな。
兄様が静かにさっと手を上げた。プリシラさんがにこやかに「どうぞ」と言うと、兄様が席から立ち上がって質問した。
「その魔力というのはどういうものなのですか?」
「そういえば、魔力の無い世界から来たのでしたね。私も一般的なものしか語れませんが…」
その後プリシラさんが話してくれた魔力というものを簡単に纏めると以下のようなもののようだ。
・魔力は全ての生物、一部の非生物に含まれてるエネルギーのこと。
・このエネルギーは思いや願い、感情などによって様々な現象を引き起こす。
・魔力を使ってイメージした現象を引き起こすことを魔法というらしい。
・また、大きな括りとして、魔力を標準的に備えた生き物を動物。魔力を多く含み、肉体と魔力が一体化している生き物を魔物と呼ぶ。
私はこの説明を受けてちょっと引っ掛かりを覚えた。
……イメージで様々な現象を引き起こす?なんか最近ドタバタして忘れているけれど、なんか聞いたことがあるな?なんだっけ?
私がうーんと腕を組みながら思い出そうと唸っていると、兄様の「ありがとうございました」という爽やかな声が邪魔をしてきて、私は思い出すのを一旦やめた。
大事なことならすぐに思い出すでしょ。
「魔力について説明したのならば、ついでにスキルについても説明致しましょう」
「スキル?」
また新しい単語が飛び出してきたので、私は一気に考え事を隅に追いやって目の前のことに集中することにした。