閑話 黒猫少女と弟子
あの子の所属する冒険者パーティー『白の夕霧』は、今は聖国の聖都に居るという情報を得たので、私は早速転移で聖都まで飛びました。
私は一応種族的には魔人…つまりは魔物に属するので、聖都に張られている魔物除けと魔物感知の結界の対象になるのですが、私はそれらの感知から逃れる魔法を予め使っているので反応することはありません。もっとも、魔物除けは高い魔力を持つ魔物が相手では機能しないですし、魔物感知を無力化してもセラさんや聖天使には侵入がバレるとは思いますけど。
今回は事前に連絡していますし、連絡しなくても魔力の質から私だとわかると思うので問題ありません。
……夜も遅い時間ですし、手っ取り早く用事を終わらせるとしましょうか。
今の時間は十の鐘が過ぎた頃、冒険者ならばまだ起きているかもしれませんが、普通の家庭ならば既に就寝の時間です。こんな時間に人を訪ねるなんて、マナー違反も甚だしいですが、冒険者ならばいつ何時なにが起ころうとも動けるようにしている筈なので大丈夫でしょう。
……と言っても用事があるのはトリアだけですし、他の方と顔を合わせると面倒な事になりそうなのでこちらから呼び出しますか。
『白の夕霧』はかつて私が所属していた冒険者パーティー『白の桔梗』に憧れた人達が集まっていると聞いています。いろいろと聞かれるのも恥ずかしいですし、避けておいた方が良いでしょう。
そう判断した私は早速、トリアにだけ通じるように〈思念伝達〉スキルを使います。
(お久し振りです、トリア。今大丈夫ですか?)
(…これは驚いたの。お久し振りなの。師匠)
すぐに返事が来たことから、彼女がまだ起きていることが分かって小さく息を吐きます。さすがに、寝ているところを起こすのは忍びないですからね。まぁ、彼女は夜型なので、この時間に寝ていることはないと思っていましたけど。
(一対一で話したいことがあります。少し出れますか?)
(問題無いの。どこに行けば良いの?)
〈思念伝達〉で聖都の地図を見せながら私が今居る場所を教えます。トリアは「すぐに向かうの」と言って〈思念伝達〉を切りました。言葉通りすぐに来ると思うので座って待っていましょうか。
………………
「お待たせしたの」
「いえ、全然待っていませんよ。とりあえず、座ってください」
身体強化魔法を掛けて深夜の街中を走ってきたのであろう。言葉通りそれほど待つこともなくトリアが現れた。トリアはあまり表情を表に出さない子ですが、ほんの僅かに嬉しそうに兎の耳がぴくぴくと動いていました。そんな可愛らしい弟子に思わず笑みを浮かべてしまっても仕方ないことでしょう。
「師匠がこんなところに来るなんて驚きなの」
「ふ、ふふ。私の過去を知っていれば、聖国に来るのは別におかしなことではないでしょう?」
「まぁ、それもそうなの。…なんで笑っているの?」
私の前まで来たトリアが不服そうな顔で私の対面に座ります。ちなみにここは聖都の中でも人気が無く、元々は家があったのであろう小さな空き地です。そこで収納魔法からテーブルとイスに紅茶のセットを準備しています。人気が無いとはいえ、騎士達の巡回がたまに近くを通るので、認識阻害と消音の結界も張っています。
「いえいえ、相変わらず可愛らしいなと思ったのですよ?」
「師匠は相変わらずよく分からないの」
ちなみに、師匠である私の贔屓目を覗いてもトリアは可愛い美少女です。そもそも、兎獣人という種族が愛くるしい顔をしている人が多く、女の子みたいな顔をした男の子も結構います。その中でもトリアは表情が硬い点を除けばかなり可愛い部類に入るでしょう。
「それで、話したいことってなんなの?」
私に質問しながら、トリアは私が用意したティーカップの中身を魔法で異物が無いか確認してから口をつけます。これは冒険者になりたいといったトリアに私が教えたことです。女性の冒険者、それも見目が良いというのは良くも悪くもいろいろな事に巻き込まれやすいですからね。どんな相手でも自分の用意した食事以外は毒物などが無いか確認させています。今でも実践しているようで安心です。
「ここ最近の貴女達の冒険譚を聞きたいと思いまして」
「それはまた唐突なの。図書塔の管理は良いの?」
「私が離れていてもほぼ自動で動いていますから問題ありませんよ」
「そうだったの…。改めてあの場所は異常なの」
異常と言われて思わず苦笑してしまいます。あの人が聞いたら憤慨しそうですね。でも、私も概ね同じ意見ですが…。
「ここ最近とはどのくらい前から話せば良いの?」
「そうですね。トリアが印象に残ったことならば全て聞きたいですね」
「はぁ…。そんなことで真夜中に呼び出された身にもなってほしいの。とりあえず、わかったの」
トリアは私のお願いを基本的には断れません。私が彼女に魔法や魔力の使い方を教えた師であるというのも理由の一つですが、私は彼女が幼少の時に彼女の両親から引き取った保護者でもあるからです。
獣王国では未だに魔法使いというものに対して忌避感があります。端的に言えば嫌いなのです。かといって魔法自体が嫌いなのかと言えばそうでもありません。獣人は身体強化魔法にとても特化した種族で、人間が使うような魔法が苦手で、彼らの中で魔法といえば身体強化魔法になります。しかし、極稀に魔力の扱いが人間並みにある子が生まれることがあります。そういう子達は普通の獣人よりも身体強化魔法の適合率が低く、また体も少し弱いという特徴があります。脳筋の獣人からしたら、なよなよした体で身体強化もまともに出来ないような弱者であり、代わりに自分たちが上手く使えない魔法を平然と使う異端児…。そういった異端児達は同じ獣人であっても仲間として扱われずに迫害されてしまうのです。
今はかなりマシになりましたが、私がまだ種族が獣人だった頃は酷いと生まれてすぐに忌み子として処分される部族もあったと聞きます。反吐がでますね。その分、私はいろいろありましたが、かなり自由にさせて頂きましたので、兄たちを除いては家族に感謝しています。
今でもそういった文化が根付いており、マシになったとはいえ未だに差別はあります。獣人の特徴である群れと仲間意識、それと獣人たる誇りというやつがとても厄介で、長い月日が経っても中々本能に根付いた意識というのは消えません。長くなりましたが、トリアはそういった事情で異端児として迫害されていたところを彼女の両親が私に保護してくれと頭を下げてきたのです。まぁ、その辺りの話は長くなりますので割愛しましょうか。
っと、獣王国に根付く問題にまで頭の中で思考しながらも、トリアの冒険譚もしっかりと聞きます。本当にいろいろな事があったようです。トリアが良い冒険者として成長してくれて保護者である私も胸の中が温かくなります。
「と、まぁ、こんなところなの」
話し終えたトリアは私の様子を伺うように視線を合わせます。彼女の話の中には輪音さん達に関することはありませんでした。彼女自身もたとえ私が相手であろうとも下手に話してはいけないことだと判断しているようですね。
だから私は、ちょっと意地悪をしてみることにしました。
「沢山の冒険をしてきたのですね。そのひとつひとつが貴女の糧になっているようで、私も嬉しいです」
「ん…」
「――それで、変わった冒険者達に会いませんでしたか?…例えば…魔力を持たない体質の人とか」
「……そんな変わった人に会ったのならば、さっきの話の時と一緒に話しているの」
ほんの一瞬、トリアが驚いたように目を見開こうとしたのを見逃しません。親しい人にしか分からないレベルで表情を変えませんでした。まぁ、合格と言って良いでしょう。
「ふわぁ…。今は休養期間とはいて、もうこんな時間なの。そろそろ宿に戻っても良いの?あんまり遅くなると仲間が探しにくるかもなの」
最もな理由で退出を求め、更に話を続けようとするならば仲間が来ると脅す。流石はトリアですね。ここまではほぼ満点です。
……でも、唯一にして最大の減点は、私の要求に従ってのこのこと一人でここまで来たことですが…。
「くすくす。そんなこと言わずに。夜は長いのですからもっと語り合いましょう?」
私がそう言うのと、トリアが突如椅子を蹴るように立ち上がって私から距離を取るのは同時でした。私は彼女の突然の行動に何もせず、のんびりと紅茶を飲みます。
「認識阻害…消音…それに内側から出られないように物理結界もあるの。油断したの…」
「ふふふ…」
撤退が困難と判断したトリアは左手に付けていたクロスボウを私に向けます。私に向ける瞳には先ほどまでの親愛の籠ったものから、警戒するものに変わりました。
「何が目的なの?」
声も刺々しいものに変わっています。私は嬉しくなってつい笑みが溢れてしまいましたが、トリアはそれを見て一層警戒感を強めました。
「魔力を持たない人…。そんな体質をしているのに、珍妙な魔法を使った子が居ましたよね?彼女とどのようなことを話したのですか?」
「だから、知らないって言っているの!」
ここで初めてトリアが声を荒らげました。激しい敵意を感じます。睨むように私を見るトリアを尻目に、私はカップに残っていた紅茶を飲み干します。
椅子からゆっくりと立ち上がると同時に、トリアがクロスボウの引き金を私に向けて放ちました。彼女のクロスボウは普通の矢の他にも魔力だけで作られた魔矢も放てる魔術具です。魔杖と一緒で、魔法行使を補佐する機能もあります。
トリアが放った魔矢は、私の少し手前で軌道が逸れて後方へとそのまま飛んで行きます。私の周囲には空間を湾曲させる結界が張ってあり、並みの攻撃では全てがこれに弾かれます。トリアもそれを知っているので動揺している様子はありません。一射目は防御魔法があるかどうかの確認のために放ったのでしょう。すぐに二射目が放たれます。
……あまり時間を掛けすぎるのもよくありませんね。トリアの言うように夜も遅いですし、意地悪はこの辺にしておきましょう。
二射目の魔矢は私の少し前で炸裂し、大きな風の渦と共に砂塵を舞い上がらせます。風と土の複合魔法ですね。魔法陣と詠唱無しで扱うとは、末恐ろしい子です。
視界を塞いで時間を稼ぎ、撤退するつもりのようですね。私は自分を中心にした猛烈な風で強引に視界を塞いでいた嵐を吹き飛ばします。更に、外に脱出を試みようとするトリアに重力を掛けて動きを封じました。
「くっ……」
悔しそうに私を睨み付けるトリアに一歩一歩近付いていき、彼女の前で笑みを浮かべます。
「合格です。それだけ口が固ければ問題ないでしょう」
「……はっ?」
「くすくす。ちょっとした悪戯です。今、輪音さん達は私の塔に居るのですよ。なので、貴女に聞くまでもなく彼女達のことは知っています」
「……はぁぁ~。質が悪いの、師匠」
重力魔法を解いても、トリアは立ち上がらずにそのまま力が抜けたように地面に座り込んでしまいました。少し意地悪し過ぎましたかね?
ぐったりしているトリアの手を取って立ち上がらせて、彼女が蹴り飛ばした椅子を元に戻してそこに座らせます。私は自分の椅子をトリアの隣まで持っていき、彼女の隣に座って頭をそっと撫でます。
「驚かせてごめんなさい。私相手にも安易に話さなかった貴女は正しい判断をしました。よくできました。さすが私の自慢の弟子ですね」
「……」
私が頭を撫でながら褒めると、トリアが両手で顔を覆いました。どうやら照れているようですね。うさ耳がぴくぴくとしているので丸わかりです。
しばらく彼女を撫でていると「もう落ち着いたから良いの。撫でるの止めるの」と顔を真っ赤にしたトリアが私の手を払い除けたので、大人しく止めることにします。
「それにしても、師匠がわざわざこのために出向いてくるなんて、やっぱり輪音達は特殊な境遇なの?」
「詳しいことに関しては貴女が相手でも言えません。ですが、トリアならばいくつかの仮説があるのではないですか?」
まだ少し顔の赤いトリアの質問に、私は質問で返します。私が答えを知っているということも立派な情報であり、私が答える気が無いということがどういう意味なのかも彼女には理解出来るはずです。
「……それにしても、まだまだ師匠には勝てそうにないの。今ならば少しは戦えると思ったけど、手も足も出なかったの」
彼女もまた私の質問に答えることもなく、輪音さん達の話はそのまま流すことにしたようです。深入りするべきか、退くべきかをきちんと見極めているようで安心です。私も彼女達に関するけん制は十分にしたと判断し、トリアの話題転換に乗ることにしました。
「ふふふ。まずは私と同じくらいの魔力量を手に入れてからですね」
「いやいや。魔人で、神獣の眷族でもある師匠と同じ量の魔力なんて無理なの。技術で頑張ってカバーするの」
「楽しみにしていますよ?」
「いつか絶対一矢報いるの」
それからはお互いに他愛ない話をして、そろそろ解散をしようと話を打ち切ります。私は一睡もしなくても問題ありませんが、トリアは普通の人族なので睡眠が必要ですからね。ですが、最後に釘を刺しておきます。
「トリア、輪音さん達から得た情報で手に入れた知識と技術は、貴女自身が使う分には私から何も言いません。ですが、その知識を下手に吹聴したりすることはいけません。理由はわかりますね?」
「影響力が高すぎるの。私も理解しているの」
トリアが分かっていると深く頷きます。私もそれに応えるように頷き、可愛い弟子に別れを告げるために、右手を上げて微笑みます。
「理解しているのならば安心です。それでは、またいずれ会いましょう。…何ならば、定期的に会いに行ってあげましょうか?」
「そんな過保護なことをしなくて良いの!…今度は私から会いに行くの」
「くすくす。分かりました。待っていますね?」
もうほとんどの人が起きていないであろう深夜の街中に彼女が消えていくのをじっと見詰めます。彼女の背が見えなくなったところで、小さく息を吐きました。これで、トリアが自分たちのパーティーメンバーに対しても釘を刺してくれるでしょう。場合によっては私と敵対する可能性もあると考えてくれれば良いのです。…まぁ、あの人が動かなければ『私達』が動く可能性は十分に考えられることですが、そんな事態にはならないことを祈ります。
……でも、あの人が直に動いているのを考えると、再び面倒なことが起きる気がしてなりません。今のうちにセラさん、エルさんと密に情報を集めて動けるようにしたほうが良いですね。
このまま帰ろうかと思っていた私は、今回のことについてセラさんとも直接意見を交わそうと寄り道をすることしました。
…久し振りに直接会ったセラさんになすすべもなくもみくちゃにされた時には、会いに来たことを一瞬後悔しましたが、今後のことについて話せたので良しとします。




