4話 天才少女と異世界のお勉強(言語習得実践編)
建物の中を綾さんと千鶴さんと3人で歩いていると、突然鐘の音が周囲に鳴り響いた。今回は1回しか鳴らなかったけれど、先ほどと音が違う。少しだけ頭に響くような高い音色だった。
鐘が鳴ったということはまた何かあるのかもしれない。そう思った私達は一度講堂まで戻ると、そこには1人で黙々と勉強している兄様の姿だけがあった。私達に気付いた兄様が顔を上げた。
「戻って来たのかい?」
「鐘の音が聞こえたから、何かあるのかなと思って」
「あぁ、なるほど。ここへは誰も来ていないよ」
……誰も居ない広い講堂の中で黙々とずっと勉強してたの?兄様、真面目過ぎ。
私が呆れながら最初に座った席と同じところに座ると、綾さんと千鶴さんも私を挟むようにして座った。
特にやることもないので、私達も兄様と同じ様に教科書を開いて文字を読んだり書いたりして時間を潰す。ちなみに、文字を書く練習用に羽ペンとインク、それとノートが用意されている。紙質は植物紙みたい。ということはある程度紙は流通しているということかな?時代によっては高価なものだからね。そもそも、教材に本が配られているのだから、紙もインクもある程度普及しているはず。私達の待遇が特別なだけかも知れないから、本の価値がどの程度なのかまではわからないけどね。
兄様はこの短時間で基本文字の書き方とその読み方を完全にマスターしていて、次のページから描かれている、絵と単語が書いてあるページを読み進めている。絵を見た感じ、どうやら日常的によく使われる言葉が例として使われているようだ。
この4人の中では、たぶん私が一番物覚えが悪いだろうから、文字と言葉の習得には時間が掛かりそうだ。天才だなんてよく言われていたけれど、自分の得意なジャンル以外は、というか興味のないものに関してはてんで物覚えが悪かった。
……今回は興味云々の前にこれから過ごすうえで必須的なものだから、頑張って覚えるけどね!
それから、綾さんや千鶴さんと確認しながら練習して徐々に文字も読めるようになり、基本文字のほとんどがなんとか書けるようになってきたところで、先ほどの少し音域の高い鐘が2回鳴り響いた。ふぅっと顔を上げて伸びをしながら左右を確認すると、千鶴さんは本の中程まで読み進めていて、綾さんももう言葉を覚えるところまで進んでいた。なんでこんな早いの!?しかも千鶴さんのノートの文字がお手本と変わらないくらい綺麗だし!ていうか、私の勉強手伝ってたよね!?なんで私だけ進行が遅いのさ!!
あまりの差に愕然としていると、教師役のシスターさんが講堂にやって来た。開きっぱなしになっていた入り口を閉めて私達を見回すと少し驚いたように目を瞬く。でも、すぐに笑顔に戻って正面の台まで移動するとたぶん挨拶であろう言葉を呟いた。既に挨拶の部分はマスターしたらしい私以外のメンバーはシスターさんの発音を真似するように意識しながら挨拶を返した。
まさか挨拶が返ってくると思わなかったらしいシスターさんは驚いたような、困ったような顔で固まってしまった。困らせてごめんなさい。この人達無駄に優秀なんです。私は普通ですから!
それから、私達の進捗状況を察した教師のシスターさんが助っ人用でシスター服の少女を急遽呼んできて、本に書いてある日常会話を実践していった。それが終わると、私達にも同じ様に実戦形式で言葉の使い方を教えていく。
高い音色の鐘が3回鳴り響く頃には私はぐったりして椅子に深く座って沈み込んでしまった。
「お疲れさまでした」
なんとか意味がわかるようになってきた言葉で、教師のシスターさんが終わりの挨拶をしてきた。私達も同じ様に挨拶をする。
講堂の扉を閉めて出ていったシスターさんを見送ると、綾さんが「あ~」っと声を上げて机に突っ伏した。千鶴さんも「ふぅ…」と息を吐きながら肩をトントンと叩いている。見た目は学生だけど、仕草は完全に仕事で疲れたキャリアウーマンだね。
兄様は…教科書開いて復習してる。どれだけ勉強が好きなの?いや、陰でいつも努力をしているのは知っているけどね?
次の鐘が鳴る前に1時間ほどで帰って来たシスターさんは今度は絵本をいくつも持って来た。まぁ、言葉と文字を覚える鉄板教材だよね。
絵本が一冊読み終わったタイミングで低い音の鐘が1回鳴り、シスターの少女達が再びワゴンで食事を運んできてくれて昼食を食べた。今度はちゃんと言葉でお礼を言ったよ。
また自由時間になったようで講堂の扉が開けっ放しの状態で放置されたけれど、私達は残された教材を読みながら暗号を解くようにして言葉を覚えていき、分かる範囲で会話をするようにして言葉の習得に努めた。
低い鐘が2回鳴り、新しい本を持った教師のシスターさんが帰ってきて、再び実戦形式の言葉の練習と、いろいろな絵本を読んだりしながら勉強を続けて、低い鐘が3回鳴ったところで食事が運ばれてきて、初めて教師のシスターさんと一緒に食事をした。なんだか、いただきます的な長いお祈りの言葉を言っていた時には驚いてしまったけれど、私達も見様見真似でお祈りしてから夕食を食べる。
夕食を食べた後は、いくつかの教材を借りて部屋に戻って来た。湯船にお湯が張ってあり、使って空になっていた水の入った容器に水が補充されているのを見るに、私達が勉強している間に部屋に入っていろいろと支度してくれていたようだ。別に盗られて困るようなものなんてないので(スマホとか財布とかあるけどこの世界じゃあまり役に立たないからね)、勝手に部屋に入られても特に気にならなかった。鍵も閉めていないし。そもそも閉め方分からないし。
それから1週間。私達は言葉の勉強をする生活が続いた。私以外があまりにも言葉の習得が早いせいで、後半は教師のシスターさんはほぼ私に付きっきりだった。
必要な事なのはわかるけれど、みんな優秀すぎてついていくの大変なんだよ!もうちょっと私に合わせてよ!




