53話 天才少女と鬼討伐
【名前】
【種族】鬼
【構造】魔霧体
「はい?」
思わず変な声が出てしまった。
魔霧体なる状態のようだけど、周囲一帯を改めて見回してみても普通の肉眼では霧になっているようなところは見当たらない。魔力眼の魔法で確認しても魔力の濃さにそれほど違いは無い。若干魔力が濃い感じはするけど、ぶっちゃけ誤差の範疇だと思ってた。
「妹ちゃん、どうしたの?」
「何か見付けたのですか?」
私の様子がおかしいことに気付いた綾さんと千鶴さんが隣に立って心配そうに声を掛けてくる。兄様が無言で剣の柄を掴んで警戒を始めたのを目の端で捉えた。隣に居る二人の袖を引っ張りながら兄様の後ろに隠れるようにして後退してから、声を潜めて鑑定結果を報告する。
「今この場に鬼がいるみたい。魔霧体って、魔力の霧になって隠れているみたいだけど…」
「…輪廻の反応からそうではないかと思ったよ。とにかく、ここを離れよう。今回はただの調査だ。討伐までする必要はな…」
兄様が言い終わる前に周囲に異変が起きた。先ほどまでは気付けなかった霧が段々と濃くなっていき、一カ所に集まって形を形成していく。
「今から逃げても逃げきれないかもしれないな…。ならば、開けているこの場で仕留めるしかないか」
「ああもう!結局戦うことになるんだ!」
「綾さん、泣き言は後でお願いします。輪音さん、魔力は大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、そこまで余裕はないよ?」
「私と全くんで戦ってみて、ダメそうなら一撃で仕留められそうな魔法を準備してください。帰りのことを考えると、出来れば温存しておいてほしいですが…」
「わかった。気を付けてね!」
とりあえず、いつもの戦闘スタイル…私と綾さんが後ろで見守って、兄様と千鶴さんが戦うスタイル…で、すでに人の形にまでなっている鬼を迎え撃つことになった。
ちなみに、一緒に後方で待機の綾さんは、安全な位置から弓で攻撃して敵の意識を誘導させてヘイトを管理したり、前線で戦っている二人に状況を報告したり指示したりする役目がある。私への魔法の指示も全体を見ている綾さんの仕事だ。基本的には兄様達がぱぱっと倒しちゃうから何もやらないことが多いいから楽だ~とか言っていたけど、とても重要なポジションに収まっていた。
綾さん曰く、綾さんの能力的に、大盾を持ったタンクの役割をするのも効果的じゃないかとも思っていたらしいんだけど、千鶴さんに相談したら「貴女では魔物の目の前に立つことは出来ませんよ」と反対されたようだ。本人も「悔しいけど、千鶴さんの言う通りだね」っと、結局盾を持つのは諦めたらしい。
……っと、綾さんのことは今はどうでも良いね。戦闘に集中しようか。
霧が集まって実体化したそれは、赤い肌の青年みたいな見た目をしていた。額に一本の角がある。これだけなら人っぽいんだけど、顔は明らかに人間の顔をしていなかった。
「ひぇ…。こわっ」
「妹ちゃん、意識を強くもった方が良いよ。どうやら〈威圧〉スキル持ちっぽい」
〈威圧〉スキルとは、気のようなものを放って格下の相手に恐怖と存在感を与える能力だ。対象との力の差次第では、相手を動けなくすることも出来る。対抗手段はいたって簡単で、恐怖に駆られずに気をしっかり持つことだ。それが難しいんだけどね。ちなみに、〈威圧〉の上位スキルである〈覇気〉というスキルを持っていると、魔力を使って強引に相手を動けなくすることも出来るらしい。〈覇気〉の対抗手段は相手の放っている魔力を上回る魔力を放つことなんだって。スキルについては千鶴さんが「覚えておきましょうね」と時間の空いた時に耳にたこが出来るほど聞かされたのだ。いや、私の為を思ってのことだから感謝しているけどね。
鬼の威圧に対抗するために大きく深呼吸して頭の中を落ち着かせる。とにかく、心が恐怖でかき乱されないようにするのだ。私や綾さんはそうして威圧に対抗したけれど、兄様や千鶴さんは威圧が全く効いていないように見える。まぁ、正直、二人共表情を隠すの上手いから効いてても分からないけどね。少なくとも、私で容易く対抗出来るならば問題ないと思う。
私達に威圧が効かないと見るや、鬼は魔力を練り上げて武器と防具を作りだした。刀みたいなやつと武者鎧みたいなやつだ。魔力ってそんなことも出来るんだね。それとも何かのスキルかな?
とか考えているうちに兄様が正面から突っ込むように動いた。それに合わせて千鶴さんは回り込んで相手を挟むように移動を開始する。どちらも私の眼で追うのは大変なくらい速い。
「はぁ!!!」
兄様が目にも止まらぬ速さで下から上に剣を振り上げる。鬼も即座に反応して刀で剣を受け止めた。鬼レベルになると兄様の剣を受け止められるんだね。兄様の剣を受け止められるというだけで実はかなり凄い。あの人めっちゃチートな人だからね。でも、受け止めるだけが精一杯のようだね。兄様のその後の連撃であっという間に体勢が崩れた。その隙を背後に移動した千鶴さんがナックルで攻撃する。
「ふっ!!」
「グァアアア!!?」
これなら出番無さそうかなぁ?とか兄様達の戦っている様子をぼんやりと見ていると、つんつんと綾さんが私の肩をつついてきた。何?っと思いながら隣を見上げると、綾さんが真剣な顔で私に聞いてくる。
「ところで、霧化した相手を倒すことって出来るの?」
「ん。私ならなんとかなるかも?やってみないと分からないけどね」
魔霧体の構造はさっき視て把握している。霧をまるごと霧散させてしまえば良いだけだから、私の雷魔法でまるごと焼けるはずだ。私がそう言うと。
「じゃ、いつでも撃てるように準備して。たぶん、あの鬼は負けそうと判断したら霧化して逃げると思うから」
「なるほどね。準備だけはしておくね」
そんなわけで、魔力を練り上げていつでも雷魔法を放てるようにした状態で兄様達を見守る。
「ァアアア!!」
「っ!?霧化か!?」
「全さん、千鶴先生退いて!!」
「なるほど…。全くん」
綾さんの〈声量強化〉で声を大きくした指示に、千鶴さんは即座に意味を理解して兄様とアイコンタクトしてから一斉にその場から飛び退いた。それと同時に、鬼の体の半分ほどが霧化した状態のところを私の雷魔法『放電・雷の剣』で霧ごと一刀両断した。
「指示される前にやっちゃった…」
「減点だよ~妹ちゃん。まぁ、タイミングはばっちりだったから良しだけどね」
「ふぅ。私からしたらそこそこ強敵でしたが、全くんはまだまだ余裕のようですね」
「ご冗談を。千鶴さんでも一対一で余裕倒せるでしょう」
「それは過大評価ですよ。…ふむ。少し焦げていますが角がそのまま残っていますね。討伐証明になるでしょうか?」
私が綾さんからダメ出しを食らっている間に、兄様と千鶴さんが鬼が居た場所を確認して残骸を回収している。といっても、角しか残らなかったようだけど。
「ところで、妹ちゃん。雨の中、雷魔法なんか使って私達は危険じゃないの?感電したらどうするのさ?」
「雨だからこそ効果的に効いたんだよ!そもそも、魔法の雷なんだからそれくらいどうにかなってるよ!……たぶん」
「たぶん?」
実はあんまり考えていなかったとか言えない。たぶん大丈夫じゃないかなとは思っていたけど。結果的に術者である私とすぐ隣に居た綾さんも感電しなかったし。
なんてお気楽に考えていたら、千鶴さんがとても怖い笑顔で私の目の前に立って見下ろしているのに気付いた。ひえ。
「とりあえず、お説教は無事に帰ってからにしましょうか。雨で地面がぬかるんでいます。帰りはより足元に気を付けてくださいね」
「私がトドメ刺したのにぃ~!!」
「きゅい…」
相変わらず、戦闘になると気配が消えるルナちゃんが呆れたように鳴いた。っていうか、知らないうちにまた私の頭の上に乗ってるし。
こうして、偶然とはいえ無事に鬼の討伐まで果たした私達は、後日冒険者ギルドに報告して調査と討伐の両方でたくさん報酬をもらえた。まだ鬼が潜んでいる可能性が高いので、これからはギルドのほうで対応するようだ。猫耳受付嬢さんもとても感謝してくれた。なんでも、直接ギルド長に報酬を上乗せするように直談判してくれたらしい。
そして、ついに王都方面の街道の魔物の駆逐が終わったみたいで、今まで足止めを食らっていた商人や冒険者達が一斉に行動を始めている。私達も『知識の塔』に向けて獣王国を出る準備を整えていく。
鬼の討伐から一週間後。私達は予定よりも長居してしまった獣王国から徒歩で王国方面の街道へと出たのであった。




