閑話 扇動者の懸念
千鶴先生の強い押しで獣王国の東にある熱帯雨林地帯の調査をすることになった。冒険者ギルドの受付嬢の話ではどうやらこの辺りには居ないような魔物の目撃情報が出てるって話だけど…。
「…」
前を歩く千鶴先生に視線を送る。どう考えても普段の千鶴先生ならばこんな不確定要素の高い依頼はデメリットが無いと言っても反対するはずだ。今回の依頼を私達に受けさせたい何かがある…。そんな気がする。考えすぎなのかな…?
私の中では千鶴先生は一番信頼しているし相手だ。だからこそ千鶴先生のこの妙な行動が気にかかって仕方ない。千鶴先生に限って私達に危険が及ぶようなことはしないとさせないと思うけど、なんか月の領域を出てから少し様子がおかしいから今後の言動にはもう少し注視しておくべきかも。
月の領域といえば、私達で預かることになった月兎…ルナちゃんにもいろいろと不可解なところがある。
さすがに私以外も気付いていると思うけど、月の領域の教会前に居た月兎達とは雰囲気も違うし、容姿も若干違う。普段は妹ちゃんの傍に居ることが多くて、千鶴先生が居る時はそっちに移動しているのをよく見かける。私のところにもたまに来るけど、全さんにはまったく近寄らない。かと思えばちょくちょくと姿をくらましたり、気配が感じられない時もある。絶対に普通の月兎では無いことはわかるけど、逆に言えば、分かることといえばそれぐらいが限界。月の領域の主の腹心の可能性があって、監視の為に私達の傍に派遣したんじゃないかとは睨んでいるけど、確信は掴めないままだ。
……ルナちゃんに関しては本当に監視されているのだとしてもどうしようも出来ないし、それこそ千鶴先生や全さんが静観している以上、現状は危険がないから放っておくしかないか。
「輪音さん。何か変わったところとかありましたか?」
「ううん。王国方面の街道よりも魔力が濃いくらいしか分からないよ。魔物もちらほら見掛けるし、ここの方があっちの森よりも危険度が高いみたいだね」
「この辺りの魔物ならばまだ苦戦するような相手ではないけれど、これ以上奥に進むのならば、輪音と綾さんを守りながら進むのは難しくなってくるかもしれないね」
「むぅ~。私は自分の身くらい守れるよ!一番心配なのは綾さんでしょ!」
「否定はしないけど、妹ちゃんだって魔力が無くなったら無力じゃない」
「むぅ~……」
私の指摘に、妹ちゃんは頬をぷくっと膨らませて私を見上げてくる。なんでいちいちやることが子供っぽくて可愛いのかな?本当に18歳なの?しかも素でやっているのが余計に性質が悪いよね。何をどうやったらこういう成長をするのか…。
じゃなくて、妹ちゃんの可愛さに思考が逸れるところだったけど、全さんはこれ以上奥に進むのは否定的のようね。そもそも、この依頼を受けるのも最初は乗り気じゃなかったし。たぶん、千鶴先生の様子を見る為にこの話に乗ったんだと思う。この人はこういうことよくやるんだよね。
そんな全さんの視線にあの千鶴先生が気付いていない訳もなく。見ただけではいつもと変わりのない様子で妹ちゃんを見ながら「ふふっ」と小さく笑っている。
「全くんの言う通り、私達全員でこれ以上進むのは難しいかもしれませんね」
「えー。どうせなら何かしらの痕跡は見付けたかったなぁ」
「危険を冒してまでやる必要はありませんよ。最初からそういう話でしょう?」
「そーだけどさー」
妹ちゃん的には、中途半端に首を突っ込んでしまったから結果が知りたいって感じみたいね。でも、私は千鶴先生の言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えた。
「『全員』では難しいね…。まさか、千鶴先生は調査を続ける気なの?」
「私の『眼』ならば、輪音さんのような魔力の痕跡を見付けらずとも、別の痕跡を見付けられるかもしれません。全くんと違って入り組んだ森の中でも十全に戦えますし、一人の方が身軽で動きやすいですから」
「え!千鶴さん一人で調査続けるの!?危ないよ!」
千鶴先生なら確かに何かしらの痕跡を見付けることは出来るかもしれない。剣を扱う全さんでは森の中では満足に振り回せなくて戦いにくいのはたしかで、反面、徒手格闘で戦う千鶴先生ならばその辺りは関係ないというものそうだけど、やっぱりちょっと怪しいなぁ。いつもの千鶴先生なら私達と別れてまで依頼を遂行するようなことはしないと思うんだけど。
「さすがに、千鶴さん一人で奥に進むのは危険だと思いますよ。俺も一緒の方が…」
「いえ、全くんには輪音さんと綾さんを安全に街まで送り届けて頂かなくてはなりませんから。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私が無理をするように見えますか?」
「先生なら引き際も分かっていると思うし大丈夫だと思うけど…。なんだかいつもの千鶴先生らしくない気がするんだけど?」
千鶴先生相手にあの手この手で聞いても無駄だということは学園生活で散々経験してきた。だから直球で聞いてみる。すると、千鶴先生は苦笑交じりに頬に手を当てた。困った時によくやるポーズだけど、千鶴先生の場合は裏が見えにくいから、ブラフの可能性もある。ホント、過去一番やりにくい人だよ。読みにくいという点だけは先輩と同じくらいだと思う。
「確かに、今回の件については私らしくありませんね。綾さんが疑問を抱くのもわかります。それでも私を信じてくれているのならば、深く聞かずに行かせてもらえませんか?」
「はぁ…。それはずるいよ、先生」
全幅の信頼を寄せている千鶴先生がそこまでいうならば、もう私から問い詰めることなんて出来ない。妹ちゃんもそうだろう。この中で唯一意見を言えそうなのは全さんくらいだけど…。
全さんの方をちらりと見ると、私の視線に気付いた全さんが私の方を見て小さく顔を横に振ってから肩を竦めた。どうやら、ここでどうこう問い詰めるつもりはないらしい。私達のやり取りを見ていた千鶴先生が安心したように息を吐いたのを目の端で捉えた。
……これで、千鶴先生が私達に何か隠し事をしているのが確定したか。
ショックが無いと言えば嘘になるけれど、誰にだって隠し事のひとつやふたつはある訳だし、千鶴先生ならば全幅の信頼があるからきっと大丈夫。少なくとも、私達に危害を与えるようなことを容認する人じゃない。お人好しな先生だからね。ちょっと過剰なくらいに。
「それじゃあ、千鶴さんの言う通り、私達はここで引き返すね。無茶しちゃダメだからね!」
「はい。分かっていますよ」
「あぅ…って、自然な流れで子共相手みたいに頭を撫でないで!」
傍から見たら小学生の妹と中学生の姉が戯れているようにしか見えないわ。あと、妹ちゃん可愛すぎでは?「あぅ…」ってなに?
千鶴先生は一通り妹ちゃんの反応を楽しんだ後(羨ましい。あとで私も妹ちゃんの頭なでなでしよう)、私達の方に向き直った。
「それでは、後はお願いしますね」
「はーい。先生も早く切り上げてよ?妹ちゃんが心配しちゃうからさ」
「あら?綾さんは心配しないのですか?」
「…私も心配するに決まっているじゃん。本当に、無茶はしないでよ?」
「ふふ。はい。もちろん」
見た目的には反則級の可憐さのウィンクでおどけるように答えた千鶴先生は、全さんの方に視線を向ける。全さんは心得ていると言わんばかりに微笑みながら頷いた。
千鶴さんと別れて先に街へと帰るが、その道中にも魔物に襲われる。もちろん、全さんが居るから私達が何をするまでもなく倒してしまうけど。
「千鶴さん大丈夫かなぁ」
魔物の死体を収納袋に入れながら妹ちゃんが心配そうな声で呟いた。私も心配だけど、ここで妹ちゃんの不安を煽るのは良くないか。私は妹ちゃんの頭をぽんぽんと叩きながら軽い口調で答える。
「大丈夫大丈夫。あの千鶴先生だよ?すぐに戻って来るって」
「うーん……。そうだよね!」
私の言葉に妹ちゃんは一瞬迷う素振りを見せたけれど、すぐににぱっと笑顔になった。はい可愛い。こんな妹欲しかったなぁ…。先輩羨ましいわ。
ゆっくりと引き返す中、私はそっと後ろを振り返って森の中を見回す。もちろん、千鶴先生の姿は既に見えない。
……いつもと違う様子の千鶴先生。何も起きないと良いけれど……。
不安な気持ちになりながらも、それを振り切るように視線を前に戻して先を歩く妹ちゃん達の後を追いかけた。




