49話 天才少女と魔物の調査
森の中をある程度まで進んでから気付いた事だけど、街道に比べると森の中は全体的に魔力が濃い感じがする。これが今回の件に関係あるのか、通常通りなのかは分からないけど。分からないことは質問して聞いてみようかな。知ってそうな人がちょうど居るし。
「ねぇねぇ、クーリアさん。ちょっと質問して良い?」
「輪音さん、その聞き方は質問する側の聞き方ではありませんよ?」
「あはは、構いませんよ。変に畏まられるよりはマシです。…それで、質問とはなんでしょうか?」
千鶴さんに怒られそうになったけど、クーリアさんが良いって言っているんだから大丈夫だよね?…千鶴さんも先生じゃないとか言いながら先生っぽいことをしているから、綾さんにいつまでも先生って呼ばれるんだよね。自覚あるのかな?
「輪音さん?」
「な、なんでもないよ!…そ、それで質問っていうのは――」
あ、危ない…。今の千鶴さんの笑顔は怖い方の笑顔だった!逸らせる話題があって良かった!私が何考えているかまでは分からないと思うけど……分からないよね?相手の心の声を聞くスキルとか覚えてないよね?
冷や汗をたらりとしながら、私はクーリアさんの森の魔力の濃さについて質問してみる。クーリアさんは一通り私の話を聞いた後、ニコリ笑って頷いた。こっちの笑顔は怖く無いから癒されるな~。
「はい。かなり精密な魔力感知系が出来る人しか分からないレベルではありますが、街の中や街道といった人が整備した場所は、森などの人が手が入っていない自然の場所に比べて魔力濃度がやや高くなっています」
「あーやっぱりそうなんだ。理由は分かってるの?」
「まず一つ目ですが、木や草などの植物に蓄えられた魔力がほんの少しずつ放出されていることが原因です。なので、深い森ほど魔力濃度が高くなり、その影響で魔力溜まりが発生しやすくなり魔物が生まれやすい環境になります。更に、魔力を多い環境で育った植物はその環境に適応する形で高品質な薬草になることもあります。また、多くの魔力により変異が起きて、魔木のような魔物になるケースもありますよ」
「へぇー植物達にとっては周囲の魔力も養分ってこと?でも、体の中に多くありすぎると毒だから排出しているって感じなのかな?」
「はい、そうです。植物でもそうですが、動物や人族であっても、周囲に濃い魔力がある環境に長く居ると体に不調をきたしたり、最悪は魔物になってしまう可能性があります」
「人間も魔物に…?」
私達の会話を横で聞いていた綾さんが不安そうな声で呟いた。クーリアさんはそんな綾さんに「心配ありませんよ」と手をぱたぱたと振って苦笑いする。
「人族が魔物化する可能性はありますし、前例がないことはありませんが、人為的に環境を作らない限りは基本的にはありえませんので安心してください」
人為的に環境を整えれば人間を魔物にすることは出来ないことではないし、前例もあるってことか。そういえば、クーリアさんは魔人…つまりは魔物なわけで…この雰囲気からして元は人間(獣人?)だったとすると、やっぱり昔に人為的に魔人になったきっかけがあったってことだね。確かこの世界の歴史の授業で人工魔人っていうのが出てきた話があったっけ?それと何か関係しているのかな。
「…」
「話が逸れましたね。では、森が魔力が濃い理由の二つ目ですが、それは魔物の存在です。魔物には〈魔力体〉というスキルがあります。これは自分の体が魔力と密接に繋がっている状態なのですが、その弊害として生命活動として魔力を消費します。魔力を消費するということは魔力の痕跡を残すということ、つまりは魔物が居る場所は魔力が残るということです。なので、魔物が多い、又は強力な魔物が多い場所ほど魔力が濃い傾向にあります」
おっと、私が考え事をしている間にクーリアさんが説明を再開してしまった。今はこっちに集中しよう。
「それで痕跡も残るから魔物を見付けるには〈魔力感知〉とかあると良いんだね。ん?ということは、ルナちゃんとかクーリアさんにもそういう痕跡が残るの?」
「日常的に普通に過ごしていれば痕跡が残りますよ。ただ、魔力の扱いに精通している相手ではその痕跡を消したり偽装したり出来るので、魔力の痕跡だけを全面的に信用するのも良くありません。ところで、何か痕跡は見付けましたか?」
こんな話をしている間も私の魔法は常に発動していて、歩きながら周りを見ている訳だけど…う~ん、特に怪しい痕跡は無さそうだなぁ。
「魔力は他の場所より濃いけど、今のところそれっぽい痕跡は無さそう」
「…そのようですね。もう少し奥まで行きましょう。そろそろ魔物が出てきてもおかしくない頃です。十分に警戒してくださいね」
「わかりました」
クーリアさんの言葉に頷いた千鶴さんが手にはめたナックルの状態を確かめる。そして、満足したように頷いてから先導を再開した。私達も千鶴さんの後を追うように歩き始める。
「そろそろ街からも結構離れた位置になるんだけど…まだ痕跡が…ん?」
「どしたの妹ちゃん?何か見付けた?」
「うん。なんか他より魔力の多いところが……っ!千鶴さん魔物!!」
「安心してください。気付いていますから」
私が注意をする前に僅かな異変を感じ取った千鶴さんがその場から大きくバックステップした。次の瞬間、さっきまで千鶴さんが居た場所に何かを叩きつけたような大きな衝撃音がして、地面に小さなクレーターが出来た。
サーモグラフィーみたいな感じで魔力が見えている私には、千鶴さんを襲ったそれが何なのかはっきりと捉えることが出来た。えっと、この形は…。
「カ、カメレオンかな?」
「私にはさっぱり見えないけど、妹ちゃんにはわかるの?」
「うん。あっ!移動した!こっち来るよ!」
「ふっ!」
私がカメレオンっぽい魔物の居る場所を言う前に、千鶴さんが手刀で地面に叩き落とした。ってあれ?
「あれ?千鶴さんには見えてるの?」
「忘れていませんか?私には『魔眼』があるのですよ?」
「ああ!」
そういえば、元から観察眼が凄いせいで忘れていたけど、千鶴さんには〈看破の魔眼〉っていうスキルを持っていたね。確か、潜伏系スキルや魔法による隠匿を看破するスキルだ。このカメレオンの迷彩能力と潜伏スキルぐらいならばお見通しって訳だね。
「便利な『眼』をお持ちですね。こいつには天敵のような能力です。……さてさて……予想はしていましたが、やはりこいつですか」
クーリアさんが千鶴さんに叩き伏せられているカメレオンに近付くと、ピクリとも動いていなかった状態からいきなりがバリと起き上がってクーリアさんに襲い掛かった。
「あ!あぶなっ」
叫ぼうとした瞬間、クーリアさんからおぞましいほどの圧を感じて思わず口を閉ざして後ずさりする。更に魔法で魔力を視えるようにしている私の視界には、クーリアさんからおびただしい量の魔力が一気に噴出して、目の前が濃い魔力で真っ赤に染まった。驚きと本能的な恐怖で体がぐらりとして倒れそうになるところを、綾さんが咄嗟に支えてくれてなんとか倒れずに済んだ。けど、綾さんも僅かに震えているのを支えてくれている手から感じる。
「この程度で良いでしょう。やれやれ。魔力を抑えているとこんな下等な魔物にまで襲われるのですから、困ったものですね。……おっと、驚かせてしまって申し訳ありません。ちょっと〈威圧〉が強すぎましたか」
さっきまでの圧が消えて、普通の状態に戻ったクーリアさんが振り向いて私達の表情を確認してから、バツの悪そうな顔をして謝る。いや、本当に怖かったよ。まだちょっと体が震えているもん。
「きゅいきゅい!」
「はい、予め言うべきでしたね。こちらの落ち度でした…。魔物を屈服させるにはこれが一番手っ取り早かったもので…あ、いえ、反省してますよ。はい」
「きゅい」
きゅいきゅいと怒っている(?)ルナちゃんに何故か平謝りしているクーリアさんを見ていると、段々と先ほどまでの緊張がほぐれて来た。
それにしても凄い圧だったよ。前に聖国で出会った魔物の変異種とは全然比べ物にならないくらいだった。私達に向けての威圧でもないのにこんなに恐怖を抱くなんて…。これが魔人っていうやつなんだね。
「って、綾さん、もう大丈夫だから離して。は~な~し~て~」
「むぅ。仕方ない。…それにしても、私や妹ちゃんはホントに戦場には向かないね。これでも慣れたつもりなんだけど…」
「慣れなくても良いのですよ。危険を感じたら逃げる。それさえ出来れば十分でしょう」
「逃げ出すことも出来なかったけどね…。たはは。」
途中から私に抱き付くような形になっていた綾さんを引き離して、私はクーリアさんの目の前でピクリとも動かないカメレオンを見に近寄る。背後で綾さんと千鶴さんが何か話している気がするけど、そんなことよりも目の前の魔物の方が気になった。
「死んでるの?」
「いえ。私の威圧を間近で受けて動けなくなっているだけです」
「ほうほう…。なんで殺さないの?報告に使うなら死体でも大丈夫なんだよね?」
「貴女意外と物騒ですね…。これを生かす理由は、まぁ、私のちょっとしたイタズラに使うためです。もちろん、調査の報告にも使いますがね」
それから、クーリアさんにいくつか質問してみたところ、この魔物の名前はクリアリザードって名前で、ここからずっとずっと東の奥地の方に稀に現れる魔物らしい。街からそんなに離れていないこの場所に現れることは滅多にないのだとか。
念のためこの魔物が今回の街道の件に絡んでいるのかどうか確認することにした。索敵の範囲を視覚のサーモグラフィーから兄様を探した時みたいなレーダータイプに変えて確認してみると、私達が今居る場所からそんなに離れていない場所にクリアリザードらしき反応があちこちあることがわかった。場所を千鶴さんに教えてこっそり魔眼で確認してもらって間違いないことを確認した私達は、事前に用意していた地図に大まかな生息地域の場所を書き込む。
「この場所が調査対象の魔物の巣ってことで良いのかな?巣にしては妙に点々としているけど」
「クリアリザードはそもそも団体で行動する種ではありませんからね。クリアリザードがこの近辺に多く現れたことで生態系のバランスが崩れ、元々この場所に生息していた魔物や危険な動物が街道付近にまで現れるようになったのでしょう。この付近にあった魔物の巣も街道沿いまで移動した可能性がありますね。私達は元凶を見付ければそれで調査完了です。さすがに、ゴブリンの巣ぐらいならば獣人達でも見付けられます。私達がそこまで洗い出ししてあげる必要はありませんよ」
クリアリザードは冒険者規定だとCランクに指定されるかなり強い魔物らしい。今後は魔物の特性上、魔力感知力の高い獣人以外の冒険者を中心にして討伐隊が組めるように話を付けるそうだ。
「そんな簡単に行くのかな?」
「そのためにこいつを生かして捕まえたのです。これを王宮に放って、あいつらがどれだけ無力なのか分からせてあげます」
それ、反逆罪か何かでクーリアさんが捕まるのでは?と思ったけど、クーリアさんならその気になれば獣王国の王都を滅ぼせるくらいの実力があるのかもしれない。…いや、たぶん、あるんだろうなぁ…。それこそ魔法でクリアリザードみたいに姿を消して、臭いとかも魔法で誤魔化せば見えないところからやり放題だもんね。怖いなぁ。
私達の調査はひとまず終わり、森から出て街道で魔物に襲われていた馬車を助けていた兄様と合流することにした。威圧で動けないクリアリザードはクーリアさんが魔法の結界で閉じ込めて運び出すことに。生きているから収納に入らないんだよね。……後でこの結界魔法のやり方も聞いておこう。




