46話 天才少女と足止め
獣王国に来てから一週間が経った。
え?まだ『知識の塔』に向かってないの?って思うかもしれないけど、これまた思わぬ事態が発生してしまって王都方面の道が行けないのだ。つまり、足止めを食らっている状態ということ。
なんでも、街道にまで魔物が現れるケースが増えたみたいで、近くに巣があるのではないかと捜索中ということらしい。なんでこんな街の近くに魔物の巣が出来るのか。もっと早い段階で見付けられなかったのか。とかいろいろと言いたいことはあるんだけど、どうやら獣王国ではこういうことは度々起きるらしい。
なんでそういう事態になりやすいのかというと、もちろん獣王国ならではの原因があるのだ。
前にも少し説明したけど、獣人は魔法が苦手。正確には魔力を体外に放出して操作するのが苦手なんだけど、身体強化魔法みたいな自分の体の中にある自分の魔力とかは結構器用に扱えるみたいなんだよね。もちろん獣人全員が苦手という訳でも無いし、種族による差もあるんだけどね。
そんな獣人は魔力に関係するスキルが覚えにくかったり、普通の人間よりも性能が劣っていたりするんだって。そんなスキルの一つが〈魔力感知〉。名前の通り周囲にある魔力を感知する能力なんだけど、獣人は生物学的に魔力の感知能力がかなり低いらしいの。…トリアさんみたいな例外的な存在も居るみたいだけどね。
似たようなスキルに魔力を視認出来る〈魔力眼〉というものもあるんだけど、何故か獣人はこのスキルも覚えにくい体質らしい。これは私の考えだけど、恐らくは身体強化による視力の強化と『魔眼』に与する〈魔力眼〉を上手く切り替えることが出来ないのではないかと思うんだよね。
それで、これらの話から何が言いたいかというと、〈魔力感知〉又は〈魔力眼〉は魔物を探す上でとても有用なスキルなんだよね。もっといえば、これらのスキルを駆使しないと感知しにくい魔物もちらほら居る訳なの。今回の街道に出た魔物は恐らくこのタイプの魔物である可能性が高くて見つけるのに時間が掛かった可能性があるということなんだね。
「それにしたって、それこそトリアさんみたいな魔法が扱える人を派遣すれば良いと思わない?全くいない訳じゃ無いんだし…」
「獣人にとって魔法が扱えるということはある種異端な存在です。種を重んじ、結束力が高く、誇り高い獣人にとってはそういった異端な人達は迫害の対象になることもあると聞きました。そういった扱いを受けた者が、国の為に働こうと思いますか?」
冒険者ギルドに向かう途中、私が呟いた言葉に、千鶴さんがなんとも言えない表情で苦笑交じりにそう答えた。私は無言で首を横に振る。自分をいじめるような人の為なんかに働きたくないよね。
「私が集めた情報だと、獣王国の兵士…この国だと戦士か…の中に魔法使いの獣人も所属しているようだけど、それでも数は少ないし立場も風当たりもあんまり良くないみたいだね」
「自分達と違うから、みんながやっているから、そんな理由で有能な人達の扱いを無下にするなんて理解不能だよ…」
「ある意味では、私達も普通とはちょっと違ったから、いろいろあったよね…」
……おっと、この辺りの話は地雷が埋まっていそう。話を変えよう。
「それでもう三日以上こんな状態だけど、どうするんだろうね?」
「そうだねぇ…。このままだと物流にも問題が出てくるだろうし。そろそろ冒険者ギルドに話が持ち込まれる頃じゃない?」
「いや、冒険者ギルドは今回の事態をもっと事前に把握していると思う。冒険者は獣人だけという訳でもない。〈魔力感知〉が出来る冒険者が出入りをしている筈だし、街の近くにまで魔物が来ている状況をギルドに報告しないなんてことはしないだろう。何故ギルドが積極的に対応に動かないのかは分からないけどね。なんにせよ、王都方面に行けないようならば知識の塔に向かうのは難しいし、事態が収まるまでは適当な依頼を受けて時間を潰すのが一番じゃないかな」
「全くんの言う通りですね。私達が無理に関わる必要もないでしょう。時期に国が、それかギルドが解決に動くはずです」
「妹ちゃん関連で出費もそこそこ多いし、お金も溜められる時に溜めとかないとね」
「えー、私の実験材料以外にも、武器とか防具の手入れでもお金使ってるじゃん。まぁ、お金があった方が良いし、どうせ暇だから兄様の意見には賛成だけどね」
兄様の意見に全員で賛成の声を上げる。獣王国の王都って聖都に比べるととても小さいし、観光スポット的な場所もほとんどないから長居していてもつまんないんだよね。今一番欲しい魔術具関連の知識がありそうな人も物もないし…。
そんなわけで、結局は兄様の言う通りちまちまと依頼をやってお金を稼ぎつつ時間を潰すしかないね。
話をしている内に冒険者ギルドに到着した私達は、ギルド内のがやがやした喧騒の中、一直線に依頼の貼ってある掲示板の前まで移動する。
「あ、王国方面の街道の調査依頼って出てたんだね」
「昨日は無かったと思うから今日から募集しているんじゃないかな?」
「そちらは他の冒険者達に任せましょう。王国方面に行きたくて困っている人も居るでしょうし。優秀な人達が受けてくれるでしょう」
「そもそも、私と妹ちゃんはランク的に受けられないからねー」
「ねー」
ということで、調査依頼は無視無視っと。Eランクの依頼が貼ってあるボードを綾さんと一緒に見ていると、突然ギルドの入り口辺りからざわざわとした空気を感じた。なんだろうと振り返って見てみると、冒険者ギルドの入り口から誰かが入って来たようだ。漆黒のローブに身を包んだ小柄な…ってあの人はたしか…。
「きゅい」
「しーっ!ルナちゃん静かに。これは面倒事の香りがするよ…」
「だね。一旦ここから離れようか」
綾さんの言葉にみんなが頷き、私達はそっとその場を後にする。その途中で、やけにかしこまった対応をしているギルドの受付嬢さんと黒ローブの少女の話が少しだけ聞こえて来た。いや、ギルド内がめっちゃ静かだからね。普通の声量でも聞こえてくるんだよね。
「なるほど、獣王国はまたそのような対応をしているのですか…」
「はい。こちら側は事前に事態を把握していましたので、協力要請を出していたのですが、今朝ようやく返答が来まして…」
「どうせまた余所者の手など借りないーっという奴でしょう。本当に進歩の無い連中です。仕方ありませんね…」
私達がこそこそと移動して、ついに建物の入り口まで到着した瞬間、突然背後からパチンと指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、目の前の扉に魔法陣が浮かび結界のようなものが張られた。えぇ…。
兄様が魔法陣に触るとパチンっと弾かれる。と、閉じ込められた!
「では、私がそこの人達とその調査依頼を受けましょう。獣王国側には私から言っておきますので安心してください」
私と綾さんはとても嫌そうな顔をしながら、千鶴さんと兄様は苦笑いしながらお互いに顔を見合わせてから背後を振り返った。冒険者ギルドの受付前に立っている黒いローブを着た少女が私達のことを見詰めながら指を指しているのが見える。
なんとなく、こうなりそうな予感はしたんだよね…。げんなりとする私達をよそに、足元に居るルナちゃんだけは呑気に伸びをしていた。




