閑話 転生うさぎと黒猫少女
輪音達が寝静まった夜深く、わたしはそっと彼女達が借りた宿屋の部屋から抜け出して獣王国の森の中に転移しました。
普通の人の目ではほとんど前が見えないであろう月明かりも少ない暗闇の中、わたしは前もって〈思念伝達〉で呼び出しておいた彼女に声を掛けます。
(…突然呼び出してすいませんね)
「いえ、気にしていませんよ」
黒いローブ身に纏った黒い猫耳の少女…クーリアさんがフードを脱ぎながらわたしの前に座り込みます。
彼女と初めて出会ってから100年以上が経ちますが、当時から彼女の容姿は全然変わっていません。普通の獣人ではなく、魔力の体で出来た魔人なのですから当然と言えば当然の話ですけどね。容姿こそ変わっていませんが、初めて出会った頃に比べると落ち着いた雰囲気になりましたね。
そんなことを考えながら、わたしはうさぎの姿から人の姿に変わります。一瞬、彼女が残念そうな顔をしましたが無視です。貴女は一度もふもふするとなかなか離さないではありませんか。
「…それで、この先に居るのでしょう?」
わたしが話を進めると、クーリアさんはゆっくりと立ち上がりながら夜の森の奥を見据えて頷きます。
「間違いないですね…それにしても、街のこんな近くに居て今まで気付かれていないなんて…」
「…獣王国の兵士や冒険者はこの辺りをうろつかないのですか?」
「街道からは離れているので兵士は気付かないかもしれませんね。ですが、冒険者は非常に広範囲を移動、探索しています。こんな街の近くに居たら気付かないことはないと思いますよ。少なくとも、私が現役の頃なら気付いていました」
さっきからなんの話をしているのかと言うと、輪音達がこの辺りに来た時に見かけた魔木について話をしています。実はこの魔木は強力な魔物の近くに移動し、魔物から逃げて来た動物や弱い魔物を捕食する習性があります。そして、この場合の強い魔物というのが、他の地方の魔物が入り込んできて生態系を脅かしているか、魔物の変異種が発生した可能性があります。なので、この魔木が周囲を包囲するように並んでいる場合は冒険者ギルドに報告をして変異種の有無を調査する必要があるのです。
ですが、今日の冒険者ギルドの様子ではそのようなやり取りは見掛けませんでした。裏で動いている可能性もありますが、他所から来た冒険者である輪音達にここについて知らせなかったということは、ギルド側が把握していない可能性が高いです。…他の冒険者も輪音達のように魔木についての情報を知らなかった可能性もありますけどね…。
「…わたしが直接手を出すのはちょっとマズイので、クーリアさんに処理をお願いしても良いですか?」
「厳密に言うならば、私が手を出すのも問題があると思うのですが…トワちゃんのお願いなら断れませんね」
クーリアさんが苦笑しながら頷くと、収納魔法から一丁の拳銃型魔術具を取り出して歩き出します。そして、魔木まで一定の距離に近付いた彼女は、手に持った拳銃の銃口を魔木に向けました。
「とりあえず、サクッとやってしまいましょうか」
そう言って彼女はおもむろに引き金を引きました。銃口から緑色の魔法陣が浮かび、風の刃が目の前の魔木を真っ二つに両断していきます。彼女は簡単に魔法で倒していますけど、この魔木は魔法耐性がそこそこあるので、魔法でこんなに綺麗に真っ二つに切るのは中々面倒なのですよね。
しかも、拳銃型魔術具は一定の魔力を拳銃に流すことで魔法を瞬時に発動させることが出来るものですが、その代わりに登録された魔法の威力がほぼ一定という弱点があります。…クーリアさんはこの拳銃型魔術具をかなり魔改造していますし、彼女の魔法技能ならば威力の調整ぐらい簡単に出来てしまいますがね。
ものの数分でクーリアさんは周辺の魔木を一掃しました。まぁ、これぐらいの相手ならばこんなものでしょう。残った死体…木材?…は収納魔法に入れて証拠隠滅しておきます。それにしても、予想よりも多くの魔木が居ましたね。クーリアさんが一掃した魔木を全部収納に入れたら、周辺が小さい広場みたいになってしまいましたよ。この魔木もそこそこ上質な素材なのですよね。…他の神獣達からもっと上質な素材を沢山頂いているので、わたしにはあまり必要のないものですけど…
「この先も確認するのですよね?」
「…はい。……この辺りに地脈の乱れは無さそうですし、変異種が出現する環境ではありません。状況を確認しておくべきです」
「相変わらず便利な魔眼ですね。でも、あまり多用しないでくださいね。弥生に怒られますよ?」
「…怒られるのならばまだ良いのですが、悲しそうな顔で懇願されるのだけは勘弁です…」
あれ、怒られるよりも心にぐさぐさ来るのですよね。そこに卯月や如月も加わるのですから余計に性質が悪いのです。
「…こほん。…とりあえず、先に進みますよ」
「くすくす…。あんまり弥生達を心配させてはダメですよ?それでは、この先にいる存在を確認しに行きましょうか」
この先に面倒な存在が居るかもしれないというのに随分と呑気そうに見えると思いますが、わたしは魔物界でトップクラスの強さを持つ神獣ですし、クーリアさんもドラゴン種に囲まれても大丈夫なくらいには強いのです。魔物の変異種ぐらいでそんな警戒する必要はないのです。
そんなわけで、和やかな雰囲気のまま暗い森の中を歩いているとついに魔木達が囲んでいた『強い魔物』を見付けました。
「…おやおや」
「これはまた、なんとも珍しいのが居ますね」
人種に近い見た目で頭に角が付いています。体格は十代半ばの少年ぐらいですね。魔物のオーガや魔族の鬼人族に一番近い容貌ですが、微妙に異なった感覚がします。
「…妖ですか」
とっても紛らわしいですが、日本に近い文化を持つエスタシオン公国…以後、公国と略します…では一部の魔物や魔人のことを妖と呼びます。これらは公国独自の進化を遂げた魔物達で、公国が長い間他国と鎖国状態だった大昔の時に定着した名称らしいです。
しかし、公国の領土から出ることなどほとんどない妖が、獣王国の森林、しかもこんなに首都に近い場所にまで来ているなどなんだか妙ですね。
「魔人では無いようですが、変異種で間違いないですね。どうします?」
「…放っておいても面倒な事になりそうですし、討伐しちゃいましょう」
「トワちゃんがそう判断するならば従いますよ。後程、私の方から冒険者ギルドにこっそり伝えておいても良いですか?」
「…お願いします」
わたしの言葉に頷いたクーリアさんは右手に持った拳銃を鬼に向けました。すると、敵対意思を感じ取った鬼が猛烈な速さでクーリアさんに突撃してきます。
それを見ても特に動じた様子を見せず、クーリアさんは無表情のまま拳銃の引き金を引きました。先ほどとは違う魔法陣が浮かび、属性の無い魔力で構築された弾丸が鬼に向かって飛んで行きます。ですが、突如鬼の姿消えて魔法の弾が空を切っていきました。
「霧化ですか。ならば面攻撃にしましょう」
クーリアさんの言う通り、どうやらこの鬼は体を霧状に変化させて魔法を躱したようです。鬼にこんな吸血鬼みたいな能力ありましたっけ?変異種の能力でしょうか?
霧状の物体が先ほどと比べて速度は落ちつつも、こちらに迫って来ます。クーリアさんは収納魔法から今度はショットガンのような見た目の魔術具を取り出して、銃口を霧状になった鬼に向けてから再び引き金を引きました。
無数の炎が散弾のように放射線状に広がって霧状の物体を包み、接触と同時に空間を爆発させる魔法『フレアバースト』が発動して幾度も連鎖して広範囲に爆発を引き起こします。あ、遮音と遮光はばっちりです。こんな真夜中に爆発音と眩しい光は迷惑になりますからね。そもそも、ここで戦っていること自体が内緒ですし。
フレアバーストによる光が消えた後には鬼の姿は綺麗さっぱり消えていました。付近の木ごと吹き飛ばしているのでまた小さな広場が出来てしまいました。
「…やりすぎではありませんか?」
「少しでも霧を残すと生き残る可能性がありますからね。これぐらいでちょうど良いです」
まぁ、確かにそうなんですけどね。報告するのはクーリアさんなのですけど、どう説明するつもりなのでしょう?まさか私の命令とか言うのではありませんかね?私はここまでしろとは言っていないので無罪ですよ。
「…それでは、ここでの用が終わったのでわたしは一旦彼女達の下に戻りますね。…また近々お会いしましょう」
「いろいろ聞きたいこととか、言いたいことかありますけど…次に会った時にゆっくり話しましょうか」
「…では、後始末よろしくお願いします」
「はいはい。任せてください」
クーリアさんの言う通り話すべきことはいろいろあると思いますが、緊急の案件は〈念話〉で伝えてありますし、このような場所で今話す必要もないでしょう。クーリアさんもそれは分かっているようで、あっさりとした挨拶だけして転移でその場を離れていきました。
わたしは念のためもう一度周囲を索敵して異常が無い事を確認してから、うさぎの姿に戻ってその場から転移します。
輪音達が借りている宿の部屋に戻ったわたしは、木窓を少しだけ開けて夜空を見上げます。相変わらず変わらない満月と満天の星々が夜空に浮かんでいます。いつもと変わらないはずなのに、何故かわたしは言いようのない嫌な感覚を感じながら仄かな明かりを暗闇の中照らし続ける月を眺めていました。




