45話 天才少女と獣王国の熱帯雨林
まさか獣王国に来て二日目で目的地である『知識の塔』の場所を知ることが出来て、しかもその管理者に会えるとは思わなかったけど、せっかく獣王国に来たのにもう離れるのは勿体ないということで三日目の今日は冒険者活動をするということになった。
という訳で、私達は今獣王国王都近くにある森の中に居ます!なんちゃらタイガーっていう魔物の討伐依頼を受けたんだよ。私や綾さんは受けられないランクの依頼だから、それぞれ適当な収集の依頼を受けて一緒について来てるの。こんな面倒くさい事するくらいならばパーティー登録しろって話だけどね。結局手続きをしていないから、私達はそれぞれ別々の個人の冒険者という形になっているの。狼耳の受付嬢さんが凄く不思議そうな顔をしていたけど、必要になったら一時パーティー申請をすることも出来るし、今回のように登録してない状態でも一緒に行動することが出来るし、今のところ特に必要性を感じていないから登録は後回しになっているの。
私なんかは今後も冒険者としてやっていくのか怪しいところもあるし、綾さんなんかは商人にでもなった方が稼げそうでもある。そんな理由も冒険者パーティーの登録に後ろ向きな理由だったりするんだけどね。
……ま、そんなことは今は置いておいて…。
「えーっと…なんちゃらタイガー居た?」
「エンティタイガーですよ。今のところはまだ見当たりませんね…シロクログマならさっき見掛けましたよ」
「シロクログマ…って、パンダ?」
「見た目はパンダに似ていましたね」
「ほぇー。こんな森の中に生息しているんだー」
獣王国付近の森林は温暖で雨が多い地域…つまり熱帯雨林ということで、ここでしか採れない素材や魔物、動物も多く居るらしい。パンダって熱帯雨林に生息するの…?ま、まぁ、異世界だからね。見た目がパンダっぽくても中身は違うかもしれないよね。
……それにしても、こんな鬱蒼とした森の中を奥の方まで見渡せるって、相変わらず千鶴さんは凄いよね。
「わぎゃ!?」
「わっ!…っと、もう!妹ちゃんぼーっとして歩いていたでしょ?森の中なんだから足元気を付けないとダメだよ!」
「あぅ…ごめんなさい」
千鶴さんに感心しながら歩いて注意力が散漫になったせいで、足元大きな木の根っこに気が付かなかった。綾さんが抱き止めてくれなかったら顔面から転ぶところだったよ…反省反省。
「…しょんぼりした妹ちゃん可愛いなぁ…」
「ねぇ千鶴さん!絶対に綾さんが私を見る目怪しいよ!後で矯正した方が良いよ!?」
「二人共、今は魔物も出てくる危険な場所に居るのですよ?そんなに説教をされたいのならば後でじっくりやりますが…」
「「ごめんなさい!」」
って、思わず謝っちゃったけどおかしいよね!?なんで私まで巻き込まれてるの!?ヤバかったのは綾さんだよ!いざという時はスタンガンの魔法も躊躇わないよ!
ぐぬぬ…としていると、綾さんに肩をとんとんと叩かれる。今度は何?セクハラですか?と思って見上げると、綾さんが不思議そうな顔で私に質問してきた。
「そういえば、不思議に思っていたんだけど…索敵魔法とかでささっと目的の魔物とか素材とか見付けられないの?」
「出来ると思うけど、索敵魔法って結構魔力使うんだよね。狭い範囲ならそうでも無いけど…狭い範囲くらいなら〈索敵〉スキルとか千鶴さんの目で見て確認出来るだろうから必要無いよね」
「なるほどねー。そういうことならば、緊急時でもない限りは広範囲索敵は使わない方が良いもんね。…魔力絡みはいまだに妹ちゃん頼みなのもなんとかしないとね…」
「こればっかりは仕方ないよ。それをなんとかする為にデバイスの作り方を模索しているところなんだし」
「実際のところ、輪音の見立てでは作れそうなのかい?」
いつの間にか一番前を千鶴さんが歩いていて、兄様が近くまで来ていた。私は兄様の方に顔を向けてにっこりと笑って頷く。
「構想は出来ているから、後は知識と技術かな。そこから更に必要な材料を追加で探さないとかも」
「俺の予想では魔術具だと思うけど。輪音が作れるように勉強するのかい?」
「兄様当たり!この世界でデバイスの需要なんて無いかも知れないけど、念のために私自身の手で作った方が良いと思うんだよね」
「デバイス自体に需要が無くても、知識や技術から想定外の副産物が出来るかもしれないからね…。妹ちゃんの言う通り、出来るなら妹ちゃんの手で私達の分を造った方が安全だね」
現状、魔術具を作るには魔力を精密に操作する技術が必要だから、この四人の中では私しか作れないんだよね。そもそも、一度地球に居た頃にデバイスを作った私が作る方が手っ取り早いというのもあるんだけどね。…一部の部品は職人さんの特注品なんだけど、まぁなんとかなると思う…。
そんな会話をしながら足元に気を付けつつ先に進んでいると、先頭を歩く千鶴さんから待ったの合図が来たので立ち止まる。何か見付けたみたいだね。
「特徴は…確認出来ました。エンティタイガーを見付けました。全くん、二体居るので片方お願いします」
「わかりました。…あれですね。じゃあ俺は左をやります」
「では私は右を。輪音さんと綾さんは念のためにここで待機していてください」
「「はーい」」
手早く分担を決めた千鶴さんと兄様が二手に分かれて森の茂みの中に消えていく。私には全然先が見えないけど、なんで二人共この鬱蒼とした森の中を先まで見通せるよね。
残された私と綾さんは、周囲を警戒しながら近くにある素材を適当に採取して時間を潰すことに。雑談をしながらのんびり二人を待っていると、それほど時間も経たずに二人共帰って来た。特に怪我をした様子も無さそうだ。それは良いんだけど…。その手には綺麗に頭が切り落とされた魔物の死体を持っていた。
……うわぁ、ぐろい。これ映像にモザイクかかるやつだよね。テレビじゃないからモザイク無いんだけど。
これくらいではほとんど動じなくなってきた辺り、私もこの世界に順応して来たのかもしれない。それにしても、兄様は剣を持っているからわかるけど、千鶴さんはどうやってそんなに綺麗に魔物の頭を斬り落としたんだろう?怖いから詳しいことは聞かないけど。気になる。
「輪音さん、お願いできますか?」
「ん、おっけー。収納袋に入れちゃおっか」
私が収納袋を取り出して袋の口を開けて差し出すと、兄様と千鶴さんがそれぞれなんちゃらタイガーの死体を中に入れた。…まだ余裕で入りそうだね。
「素材収集の方はどうですか?」
「依頼分は確保したけど、余分に確保したいからもうちょっと欲しいかな」
「なら、この辺をもう少し探索しようか。輪音と綾さんは俺達から離れないようにしてくれ」
「了解です」
「ついでに鑑定眼で色々と調べるかな~」
「さすがに奥地に行くと危険が増しますので、それほど遠くまでは行きませんよ?」
目的は達成したけれど、この場所で手に入る調合用の素材とかを集めるために少しだけ寄り道をすることになった。
鬱蒼とした森の中を〈鑑定眼・科学〉を使いながら歩き回る。こうして見て歩くだけでも色んな情報が入ってくるから面白いんだよね。……ん?
「兄様ストップ」
「ん?どうしたんだい?」
「そっちの辺りにある木、魔物っぽい」
「木の魔物…そんなものまで居るんだ…」
「そうか、魔物だと分かっていてわざわざ近くに行く必要もないかな。きりも良いし、探索はここまでにしよう」
「そうですね。無理にこの先に行く必要もないでしょう」
千鶴さんの一言にみんな頷いてその場を後にする私達。もう一度だけ振り返って再び鑑定眼で魔物の木を調べてみた。
【名前】固有名無し。種族名、魔木フォビアトレント。
【性質】日が落ちてから活動を開始する。
【構造】魔力体
まだ日は高いから大丈夫だと思うけど、この木が動いて襲ってくるのかぁ。それにしても、見た目は普通の木だなぁ。初見だと訳も分からずに襲われて大変な目に遭いそう。
「きゅい…」
「ルナちゃんも行くよ~」
森の中を探索している間ずっと静かに私の足元をうろうろしていたルナちゃんがやけに魔木の方を気にしてる。ひょっとして、この先に何かあるのかな?でも、今日はもう帰るからとりあえずルナちゃんを抱き抱えて勝手にどこかに行かないようにしておく。
その日は私達の受けた依頼を各自冒険者ギルドで報告してから宿に帰ってのんびりしていた。のんびりしている間も最後に見かけたあの魔木が妙に気になった。どこかにあの魔木について載っている本とか無いかな?探してみよう。




