44話 天才少女と黒猫魔女
兄様と獣人達が騒ぎをやっていた場所まで戻ってくると、あれだけ騒がしかった人達が一様に静かな声でざわざわとしていた。え、なに?兄様何かやらかした?
私達は慌てて人混みの間をぬって兄様が見える場所まで出てくると、そこには兄様とお店の人と恐らくは代わり代わりに戦っていた獣人達が固まっていて、その向かいには黒いローブを羽織った人が立っていた。
周りから聞こえてくる声は「魔女」とか「黒猫の魔女」とか聞こえてくるから、黒いローブの人は黒猫の獣人で獣人には珍しい魔法使いってことなんだろうけど、なんでこんなにざわざわしているのかわからない。なんかヤバそうな人なのかな?
「全く。一般人も往来する中でこんな馬鹿騒ぎをして…貴方達の習性は理解しているつもりですが、こんなことばかりしているから獣人が戦闘狂の野蛮人だと周りの国々に言われるのですよ?」
黒いローブの人…声的にまだ若い女の人っぽい…がぐるりと周りを見回しながらそう言うと、周りの獣人達は一様にばつの悪そうな顔して俯いた。それを見た黒いローブの人は深々と溜息を吐いてから手をぱんぱんと叩く。
「では、解散してください。今後は限度を考えてくださいね?」
黒いローブの人の言葉で集まっていた獣人達素直に言う事を聞いてあちこちに散らばっていく。なんだか獣人の人達が怯えているようにも見えるけど…この人一体何者なんだろう?絶対にただ者じゃないよね。なんかこう、小柄な体型なのにすごい存在感を感じるもん。
「あ、にいちゃん。お店のもの好きなやついくつか持っていきな。迷惑かけちまったしな」
「ありがとうございます。いや、こちらも良い訓練になりました」
「そう言ってもらえるとありがたいぜ」
兄様と事の発端になったお店の人の会話が聞こえてくる。それにしても、私達があちこち行っている間ずっと戦ってたの?その割には全然息切れてないけどなんなの?兄様もう人間やめてない?
集まっていた獣人達が一通り解散すると、その場に残ったのは私達と黒いローブの人だけになった。やっぱり、どことなく獣人達がこの黒いローブの人を避けているような気がする。
人混みからぽっかり空いた穴のような状態の私達の間に微妙な沈黙が流れる。すると、突然足元に居るルナちゃんが黒いローブの人に向けて一鳴きした。
「きゅい!」
「………なるほど、貴方達がそうですか」
ルナちゃんの方に視線を向けながら黒いローブの人がそう呟くと、おもむろに被っていたフードを取った。
フードに隠れて見えなかったけど、黒髪のツインテールに金色の瞳。ぱっと見た感じでは15~17歳くらいの女の子だ。そして、頭の上に猫耳が付いてる。まごうことなき獣人だね。そしてなによりめっちゃ可愛い。ホント、この世界の人って美人とか可愛い人とか多いよね。
……それにしても、私達のことを知っていそうなそぶりだったけど…?
「妹ちゃんは後ろに居て」
「え?あ、うん」
綾さんが私の前に立って黒いローブの黒猫少女と対峙する形になった。それに合わせるように兄様も近くに移動してくる。千鶴さんは特に動くことなく静観しているようだった。ん~?こういう時は兄様と一緒に前に出そうなものだけど…。千鶴さんらしくない気がする?
「そんなに警戒しなくても良いですよ。…話したいことはありますが、そう急ぐ必要もないでしょう。それでは、そう遠くないうちにまたお会いしましょう」
それだけ言うと、黒いローブの黒猫少女はサッと身を翻してその場から立ち去っていった。…何しにここに来たんだろうね?それに、そう遠くないうちにって…う~ん?
「周りの反応から見ても、ただの獣人の女の子って訳じゃないみたいだね」
「あぁ、最初にここに来た時は背筋がゾッとするほどの威圧を感じたよ。只者ではないのは確かだね」
「魔女って言葉が聞こえたし…トリアさんと同じで魔法が得意な獣人さんなのかなぁ?だとしたら、少し聞き込みしたらわかりそうだね」
という訳で、さっそく騒ぎの元凶である雑貨屋の店主さんのところでさっきの黒猫少女について聞いてみた。
「あぁ、さっきの…あの人は黒猫族の魔女だ」
「黒猫族の魔女?」
「ああ見えて100年以上生きている獣王国の相談役だな。元々黒猫族は獣王である金獅子族の護衛と宰相としての補佐の仕事をしているんだ。それに厳密に言うと、あの人は『人じゃない』。知識の塔に住む魔人だ」
「知識の塔って…!」
私達がこれから行こうとしてた場所だ!あの人が知識の塔の管理者ってこと?それに魔人だったんだ…普通の獣人にしか見えなかったよ。というか、魔人が普通に街を出歩いているってどういうことなんだろう?一応、魔物なんだよね?
「知識の塔への行き方ってわかりますか?」
「知識の塔に行きたいのか?」
気になることは多いけど、今は『知識の塔』のことの方が大切だね。でも、綾さんの質問に店主の獣人さんが顔をしかめた。この様子だと獣王国の人達の間では『知識の塔』はあまり良い場所ではないみたいだね。
「知識の塔は近くまでいけば見えるような結界が張られていたはずだ。王都に行く途中の道でたしか見える場所があったはずだぜ」
「ありがとうございます」
「いやいや。そっちの若いのを長々と借りちまったからなぁ。あんたらも、好きなもの一つ持っていきな。…出来れば安いやつをな」
思わぬ形で知識の塔の情報が出に入った私達は思い思いに店の中のものから商品を選んで遠慮なく好きなものを頂くことにした。荷物はもちろん私が持っている収納袋の中に入れていくことになる。兄様の荷物が一番増えたね。まぁ、二時間戦ってたからね…これくらいはね…。
「もし知識の塔に行くとしたら気を付けろよ。あの魔人は怒らせると危険だぞ」
最後にそんな忠告を受けて私達はお店を後にした。その後は特に何事も起こることもなく平和に宿まで帰ったよ。さて、これからの話をしないとだね。




