38話 天才少女と月兎との再会
いろいろあったダンジョン探索(探索なんてしてないけどね!)から次の日…次の日だよね?外の景色は常夜だからわからないな。スマホ、スマホっと、うん。次の日だね…私達は当初の目的も済ませて月の領域でやることも無くなっているし、これ以上長居する理由も無いだろうということで、聖都に戻るための支度をしていた。
ここまで本当にお世話になった『白の夕霧』はまたダンジョンに潜るらしいので、ここでお別れとなる。彼女達は常にあちこちを旅する冒険者なので、次はどこで会えるか分からない。改めてきちんとお礼を言わないとね!
「ということで、今まで本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「本当に助かりました」
私、綾さん、千鶴さんの順番でそれぞれお礼を言う。兄様はまだダンジョン前広場にある自分の荷物を纏めている。私達が自分達の荷物を整理している間に先にお礼を済ませていたみたい。
私達のお礼に『白の夕霧』のメンバーは恥ずかしそうにしている。このような形で面と向かってお礼に言われるのは気恥ずかしいみたいだね。
「ぐぬぬ…。輪音からもう少し情報を引き出したかったの」
トリアさんの台詞は照れ隠しということで聞き流しておくことにする。というかすでにいろいろと聞き出されているし。これ以上は本当に困る。
「生きていれば必ずまた何処かで会うでしょう。貴方達に精霊の御加護を」
「ここ1ヶ月は楽しかったよ!また会おうね!」
「ふわぁ…。ん~またねー」
「仕方ないの。次に会うまでに聞きたいことを用意するの」
「今後お前達がどうするかは知らないが…。達者でな」
『白の夕霧』のメンバーからそれぞれ別れの挨拶と再会の約束をして、私達はその場から離れた。彼女達もダンジョンに潜る準備をしないとだから、あまり長居しては悪いからね。
別れの挨拶を終えて、兄様の様子を見に行くと、丁度荷造りが終わったようで野宿用のセットが入ったバックパックを背負っているところだった。
「兄様、いつでも行けそう?」
「大丈夫だよ。そっちももう終わったみたいだね」
「ええ。では一度教会まで戻って私達の荷物を取りに行きましょうか。それに、プリシラさんにも挨拶をしなければいけませんからね」
「おっけー。っと、そうだ、妹ちゃん」
綾さんが何か思い出したように手をポンと当ててから私を呼んだ。なんだろうと見上げると綾さんは兄様の背負っている荷物に視線を移した。
「収納袋が手に入ったんだから、そのバックパック入らないの?」
「うーん、どうなんだろ?容量までは分からないんだよねぇ。試してみよっか」
兄様が背負っていたバックパックを下ろしてもらい、私は収納袋を口の部分を開けた状態で持って、その口の部分をバックパックに当てる。すると、バックパックがスルリと収納袋の中に入っていった。
「何度見ても不思議だねぇ」
「うーん、中の空間が拡張されているのはまだ分かるけど、どうやってこの小さな口から中に入ったり出たりするんだろう?」
私が頭を撚りながらまじまじと収納袋を見てそう呟いていると、千鶴さんが唐突に私の左手を繋いで引っ張ってきた。
「わわっ!?」
「ほら、そんな呑気にしていたら領域を出る頃には外が夜になってしまいますよ?聖樹の森は安全とはいえ、夜の森は歩きたくないでしょう?」
領域までの行きは聖国の騎士とシスターさんの付き添いがあったけど、帰りに関しては基本的に付き添いは無いみたい。入場は厳しいけど、退場はゆるゆるなんだね。
千鶴さんに手を繋がれた状態で教会までたどり着き、周囲から生暖かい視線を受けながら建物の中に入っていく。って…
「いやいや、いつまで握ってるの!?」
「あら、つい」
「つい、なに!?」
「ほらほら妹ちゃん、そんなにかりかりしないの。…あー可愛いなぁ」
「最近の綾さんの私に対する視線が怖いんだけど!?」
「くすくす。仲睦まじいようで何よりです」
教会の中でわちゃわちゃと騒いでいたら、奥からフェイさんがくすくすと笑いながらやって来た。千鶴さんが教会内で騒いだことに申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、騒がしくしてしまって」
「いえいえ。こういう感じの騒がしさならばむしろ大好きなのでお気になさらずに」
そういうフェイさんの顔には懐かしいものを見るような表情が浮かんでいた。とりあえず、迷惑になってなくて良かった…。
フェイさんに領域から出ていくことを伝え、プリシラさんにも挨拶をしたいと伝えたけど、残念ながらプリシラさんはお出掛けしているらしい。ダンジョン前では見掛けなかったし、ひょっとしたらプリシラさんは進入禁止区画にも出入り出来るのかな?先日の聖獣とも親しそうだったし、交流がある感じだよね。
だとすると、プリシラさんって聖国のシスターじゃなくて、この領域の関係者?うーん、あんまり突っ込まない方が良いかな。面倒事は嫌だし。
兄様には一度礼拝堂で待っていてもらい、私達は部屋に置いてきた荷物を収納袋に入れていく。うん。まだまだ入りそう。便利だなー、これ。地球でもこういうの欲しかったね。
いくつかの携行品は各自で持ちつつ、武器や防具を身に付けた状態で部屋を後にする。忘れ物が無いかは千鶴さんに最終チェックをしてもらえばオッケーだ。千鶴さんが忘れ物とか見落とす筈ないからね。千鶴さんが大丈夫と言えば大丈夫なのだ。
礼拝堂で待っていた兄様と合流し、フェイさんとお別れの挨拶をして教会から外に出た。後は初めてこの領域に来た時と同じ光の道に沿って領域から出ればオッケーだ。
「妹ちゃん?どしたの?キョロキョロして?」
教会を出て広場を見回していた私に綾さんが不思議そうに声を掛ける。私は広場をうろうろするうさぎ達に視線を送りながらそれに答えた。
「うん。ルナちゃん居ないかなぁって思って」
「あぁ…。ここに届けてから姿を見ていないもんね。…いや、月兎ばっかりだから実は来ていたかもだけど」
「来てないよー。来てたらすぐ分かるもん」
「分かるんだ…」
そりゃあ、ルナちゃんは他のうさぎよりも毛並みがもふもふしていて魅力的だからね!…今更だけど、他のうさぎと違うということは特別な子なのかなぁ?
「ほら、行きますよ」
「「はーい」」
私と綾さんも混じって一緒に探してみたけどやっぱり居ないみたいだった。うぅ~、お別れのもふもふしたかったのになぁ…。
しょんぼりしながら帰り道をてくてくと歩く。キラキラな光の粒子があちこちを漂っていて相変わらず幻想的な風景だ。この風景を見るのも次はいつになるかわからない。居心地も良かったし、また来たいな。
「きゅい!」
「ふぇ?」
領域の出口近くまで来たところで、背後から聞き覚えのある鳴き声が聞こえた気がして振り返る。
「ルナちゃん…?」
私がそう呟いたのと同時に他のみんなも立ち止まって振り返った。その視線の先には一匹のうさぎが私達に向かって走ってくるのが見えた。
……見送りに来てくれたんだ!
そう思った私は走ってくるルナちゃんを抱き止めようと両手を広げて…
「あいたぁ!?」
「きゅい」
「おっと」
ルナちゃんは私の手前でジャンプして頭を踏み台にして千鶴さんの腕の中に収まった。うぅ…解せぬ…。
「はぁ…はぁ…。良かった。間に合いました…」
「プリシラさん?」
ルナちゃんに気をとられていたけど、その後を追ってきていたのか、息を乱したプリシラさんが私達の前で立ち止まった。
何度か深呼吸をして息を整えたプリシラさんはいつもの柔和な笑みを浮かべる。
「間に合って良かったです。実はみなさんにお願いしたいことがあるのです」
「お願い、ですか?」
兄様が聞き返すと、プリシラさんは視線をルナちゃんに向けて頷いた。
「はい。お願いです。その子…ルナちゃんでしたか。出来ればみなさんの旅に同行させてあげて欲しいのです」
「良いの?」
そもそも私達はルナちゃんを届ける為にここまで来たのだけど…。もちろん、私的にはルナちゃんが来てくれるのは大歓迎なんだけどね。かわいいし、もふもふだし。
「実は、領域の主がせっかくなのだから領域内に閉じ籠ってないでもっと世界を見に行きなさいと指示したようで…。みなさんさえ良ければ、この子の面倒を見て頂けませんか?」
私が良いかどうかみんなの顔を窺うと、私の顔を見たみんなが苦笑いをしながら頷いた。なんか気になる反応だけど、やった!
「あんな顔した妹ちゃん見て反対出切る訳が無いよね…」
「実は年齢詐称しているのではありませんか?」
「千鶴先生にだけは言われたくないと思うよ」
「『先生』ではなく『さん』。ですよ?」
なんだかこそこそ話をしているけど、今の私は気にしない!やった!まだルナちゃんと一緒に居られるんだね!
「次にこの場所に来る機会があった時か、領域の主が引き取りの使者を寄越した時に返して下さいね」
「わかりました」
その他、兄様がルナちゃんに関する細かいやり取りを数度プリシラさんと交わし、しばらくの間ルナちゃんは正式に私達の仲間になることが決まった。
「プリシラさん、ここでもお世話になりました」
「いえいえ、私は大したことはしていませんよ」
「また会いに来るね!」
「ふふ。はい。お待ちしております。みなさんに月のご加護があらんことを」
プリシラさんに見送られながら私達は月の領域から外に出た。先ほどまでの景色が一変して、久し振りに感じる日の光な木々の隙間から私達を照らす。
なんだか夢みたいな不思議な場所だったなぁ…。
みんなもそれぞれ思うところがあるのか、暫しの間無言のまま空を見上げていた。
「よしっ!行こっか?」
そして、私の一声でのどかな森の中を歩く。次の目的は聖都に戻って熾天使さんと話をすることだ。また馬車に乗って戻らないとだね!…また馬車かぁ…




